第7話 裏切者の愛国者

 魔族帝国皇帝は、オークの女性であった。

 人間からすると、オークは男性のイメージが強いが、子供ができなければ種族は途絶える。

 その褐色の女帝、アレクシアは陳情書に感心する。

(この男がねぇ)

 報告書によれば、戦争の宣伝プロパガンダに利用された孤児出身の人間らしい。

 帝国に人間が居ること自体驚きだが、公務員として働いているのも驚愕だ。

 諜報員の透明人間が言う。

「陛下、お調べした所、奴は内通者ところか、反人間主義者です」

 透明の為、生身は見えないのだが、魔族には分かるのだ。

「人間なのに?」

「はい。両親がハト派の反戦活動家なのですが、タカ派の人間に殺され、以来、人間を憎んでいます」

「……では、何故軍人にならない?」

「親が聖職者で、非暴力主義者だったからでしょう。前科を調べた所、何も怪しい所はありませんでした」

「……」

 人間の癖に人間を嫌う。

 自己同一性アイデンティティーを根本から否定しているが、それほど壮絶な体験をした結果なのだろう。

 市役所がそれを込みで採用したのかもしれない。

 この男なら裏切らない、として。

「その男がなんと?」

「『軍事を優先するのは否定しませんが、他の予算を削減した時のデメリットも御再考下さい』だと」

「……不敬ですね」

「急ぐな」

 殺気を露わにする忠臣を手で制しつつ、アレクシアは感心する。

「奴が寄越した資料は、非常にわかりやすい。万が一、福祉予算を削減し、補助金も少なくなれば生活困窮者が生きる為に犯罪に走る可能性を指摘している」

「……国内の治安が悪化する、と?」

「ああ。それを『人間が嗅ぎ付けて扇動することも考えられる』とさ」

「……内憂外患ですね」

「そういうことだ」

 生活困窮者が暴動を起こせば、帝国は鎮圧の為に軍人を割かなければならない。

 それを人間は利用すれば、流石の帝国も苦戦を強いられるだろう。

「首相に伝えろ。『福祉系の予算は極力削減するな』と」

「は」

 オルグレンが出した陳情書は、国策に歯向かう内容なので最悪、反逆罪。

 軽くても懲戒免職の可能性も否めない極めて危険な行為だったのだが、オルグレンはその賭けに勝ったのだ。

(……勇気ある男だ)

 アレクシアは、内心で激賞するのであった。


 ―――

『【帝国議会、方針転換。福祉系などの予算は、削減対象外に】』

 帝国議会は臨時国会で先日、発表した予備費の投入の件で一部修正した。

 予備費が尽きた場合、

「他の予算が削減され、それが軍費に充てられるのでは?」

「福祉系が削減されると、生活困窮者の経済に大打撃になりかねない」

 などの国民の声が届き、急遽、臨時国会を開いた形である。

 決め手になったのは、アレクシア女王陛下に直接、陳情書を提出した匿名の愛国者の意見である。

 それによれば、愛国者は、

「生活に困った困窮者が、生きる為に窃盗などの犯罪に走り、治安は悪化。それを人間が利用し、戦争自体に悪影響を及ぼす可能性がある」

 と不敬罪覚悟で、訴えたのだ。

 アレクシア女王陛下はその内容に関心を示し、帝国議会にそれを御送りなされ、「再考するように」

 と、御指示された。

 愛国者の個人情報は開示されていないが、陛下はその勇気と分析力を高く評価し、報奨金の授与を決定した』

 ―――

「……」

 振り込まれた報奨金の額にオルグレンは、目を剥いていた。

 通帳の入金額は、3千万エン。

 一般的な公務員の退職金に相当する額だ。

(要らないんだけどなぁ)

 報奨金目当てでしていないし、何よりオルグレンが面倒に感じているのは、副収入の申告だ。

 言わずもがな、公務員は、副業が禁止である。

 国によっては警察官が、副業で警備員を行ったりしているのだが、この国では基本的に非合法だ。

 振り込んだ、ということは身分をしっかり調べ、公務員であることも承知の上な筈なのだが、申告の手続きはオルグレンがするのは複雑だ。

(マーヤの貯金に回すかな)

 読書くらいしか趣味が無いオルグレンの貯金は、増える一方だ。

 だが、お金は使わなければ経済は回らない。

 その役目は、マーヤに託せばいいだろう。

 オルグレンは通帳を持って、ランの下に報告しに行くのであった。

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