第6話 魔族帝国
魔族が多く住むこの国は、帝国暦を採用しているように帝政だ。
魔族はそれぞれの種族によって生き方や文化、思考がまるで違う。
その為、人間より上回る力を持っていても、険悪な種族同士の仲間割れや内戦になる可能性も考えられる。
そこで魔族は人間に付け入る隙を与えないように戦争中、首長同士が話し合いに話し合いを重ねた結果、帝政が誕生した。
出来た役職は、
・皇帝(軍のトップ)
・国王(皇帝が暗殺された場合に皇帝に昇格)
・首相(行政のトップ)
の三つ。
これをくじ引きで決める。
当初は選挙で決める案も出されたが、
・戦時下の為、魔族が集まる投票所と人間族の攻撃を受けやすい
・魔族によっては個体数が違う為、1票の格差が大きい
などの理由からそれは、成立することは無かった。
任期は基本1年ごとで再選が禁止されている為、独裁者は生まれにくいのが、この制度の利点だ。
市役所ではその3人の肖像画が掲げられ、毎日清掃が欠かせない。
帝国暦1560年5月15日。
この日、オルグレンは朝から肖像画を綺麗に拭いていた。
雇い主である国家の頂点に位置する3人の為、日々、敬意を払わなければならないのだ。
肖像画を全て拭き終えた後、オルグレンは、元にあった場所に戻す。
「ふぅ……」
冷房の効いた部屋ではあるが、こういう肉体労働は、デスクワーク専門のオルグレンには、不向きだ。
無論、仕事の一部なので苦手でもしなければならないのだが。
少し水分補給をした後、次の仕事に移る。
今度は、古紙の処分だ。
市役所の古紙は、一部、個人情報を含んでいる為、その処分は慎重にしなければならない。
電子化されたデータは削除し、更に基データも削除すれば済むが、文書の場合は訳が違う。
ある程度の期間、保管しなければならない場合はその部分を黒塗りにする必要があり、保存期間が過ぎれば業者に出すのが、一般的だろう。
しかし、魔族領では人間族の襲撃対策の為にこのような個人情報を含んだ古紙は、暗号化された上で、ガチガチの呪術が仕掛けられている。
何も知らない人間が触れば、たちまち呪いをかけられ、血反吐を中で死ぬ。
それほど危ない呪術が仕掛けられているのだ。
「―――」
新卒者に一任されることは厳禁な重要な業務なのだが、オルグレンはそれほど優秀なので一任されているのだ。
(……意外と多いな)
文書の保存期間は、30年。
その為、今回処分するのは、帝国暦1530年以前の書類だ。
オルグレンの生まれる前の話なので、ある意味歴史的価値があるだろう。
ランから貸してもらった使い魔の化け猫が、中に入ってその書類を探し始める。
オルグレンもそれに続き、倉庫に入る。
室内は、100㎡ほどで市民の個人情報や備品が所狭しと並んでいる。
備品は補充すれば良いが、個人情報の方はそうはいかない。
漏洩すれば悪用される可能性がある為、管理には細心の注意が必要不可欠なのだ。
「……ん?」
天使や妖精が、飛んで来ては、手伝い始める。
「ありがとうございます」
「仕事、仕事」
「感謝ヨリ手」
彼らは、少し無愛想だ。
普段は優しいのに、この態度は恐らく昼前だからだろう。
彼らのような小さなの体の魔族は、少し動くだけでカロリーを消費し、疲れやすい。
その為、昼食を摂らなければ、低血糖に陥る可能性があるのだ。
「そうですね」
オルグレンも首肯し、化け猫と共に処分に励むのであった。
個人情報を含んだ古紙は、
「メェ~」
ムシャムシャと幸せそうに食べている。
燃やしたり、業者に回したりしないのは、単純に経費削減だ。
山羊が食べれば確実にこの世から消えるし、肥えた山羊は家畜に回すことも出来る。
食費も実質無料なので、使わない手はないだろう。
山羊の頭を撫でつつ、オルグレンは暇潰しに国営紙を読んでいた。
―――
『【戦時下で軍費優先へ】
増え続ける死傷者に対し、帝国議会は今後、
「勝利の為には、あらゆる予算を軍費に優先する必要がある」
とし、予備費の一部である80兆エンの投入をこの
国防大臣によれば、
「半年は保つ」
とのこと。
しかし、半年後のことは明言を避けた。
ある閣僚は、
「予備費が尽きた場合は、他の予算を削減し、軍費に回す可能性もある」
としている』
―――
(……不味いな)
オルグレンは、頭を抱えた。
予備費は良いのだが、他を削減されるのは、非常に不味い。
そうなった時、生きる為に窃盗を行うなどして治安が悪化することが予想される。
果たして帝国はそこまで頭が回っているのだろうか。
戦争を優先するのは分からないではないが、感情論だけで動けば、逆効果になる可能性もある。
(……賭けに出るか)
山羊の顎を撫でつつ、オルグレンは決意するのであった。
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