第5話 追憶

 レヴィと家庭訪問を行ったその日の晩。

 オルグレンは、久々に昔の夢を見た。

 場所は、人間領農村部の宗教施設。

 そこで若い2人の男女が、信者たちを集めて説法を行っていた。

「現在、人間族と魔族は両者の歴史が始まって以来、最悪の戦争を繰り広げていますが、元々は仲良くしていた間柄です」

「いずれ、分かり合える時が来るでしょう」

「「「……」」」

 男女の肩書は聖職者。

 もっとも、最近はもっぱら反戦運動に尽力している。

 会場の最前列には、幼いオルグレンが居た。

 こんな状況下にも関わらず、周りに流されないまま反戦運動を行う両親を尊敬していた。

 信者の中には、コボルトやエルフなどの魔族も居る。

 彼らもまた、反戦派だ。

 戦争は過激派同士が勝手に始めたことなので、彼らには知らないことである。

「神様が教えには、こうあります。―――『なんじ』―――」

 母親が言いかけた時、突如、礼拝堂後方の扉が蹴り倒された。

「「「!」」」

 全員が振り返る。

 そこには数人の黒づくめの集団が、自動小銃を天高く掲げていた。

「居たぞ! 裏切者と化け物だ!」

「全員殺せ! 女も子供もだ!」

 叫んだと同時に銃口が向けられ、発射される。

 逃げる間も与えないほどの攻撃の速さだ。

 信者たちと父母は次々に撃たれていく。

「ああ!」

 オルグレンも叫ぶが、コボルトが倒れてきてその下敷きになる。

 幼子には大の大人から這い出るほどの力は無い。

 死体の隙間から、父母を見た。

「「……」」

 2人とも手を取り合って、息をしていない。

 子供から見ても死んだと分かるくらい、呆気ないものであった。

 銃撃は30秒ほどで終わる。

「隊長、どうします?」

「全部燃やせ! 死体すら残すな」

「は」

 人間領では、その信仰宗教上、死後、復活の日の為に土葬を採用している。

 その為、火葬されると復活出来ないのだが、武装集団は死体に鞭打つほどの残虐さであった。

 礼拝堂に油がかれ、火が放たれる。

「うう……」

 悔しさと悲しさ、そして喪失感で発狂しそうなオルグレンであったが、煙を吸い込んでしまい、その時間すら与えられない。

(……今、行けば会えるかな?)

 やがて、這いずることをやめた。

 死体の下で動かない。

 全ては目の前で死んだ親に会いに行く為に。


「……」

 オルグレンは、目を開けた。

 何度目かの夢だろうか。

 最初こそ起きた時は泣いていたが、今は出ない。

 代わりに寝汗をびっしょりといている。

「兄さん、大丈夫?」

「うん? まぁ……」

 いつの間にかマーヤが隣に居た。

「ごめん。起こした?」

「いや、トイレで起きたら丁度ね」

 わかりやすい嘘だが、優しい子だ。

「何か悪夢でも?」

「うん……マーヤが嫁入りする夢を見た」

「……兄さんより先に嫁入りしないよ?」

 心配して損した、とばかりにマーヤは唇を尖らせる。

「ごめんごめん。でも、本当、たいしたことないから」

「それは私が判断すること。さぁ」

 オルグレンの手を握ってベッドから引きずりだす。

 いくら女性でも、マーヤはコボルトだ。

 人間以上の力がある。

「何だよ?」

「寝汗掻いたんだからさっぱりする為にお風呂だよ。私が背中流すから」

「いいって。自分で出来るし」

「いいからいいから。兄さんに学費や生活費、お小遣い貰っている分、これくらいさせてよ」

「え~……」

 マーヤの強い力に、オルグレンは引きずられるように、浴室に連れていかれるのであった。

 

 入浴後、オルグレンは再びベッドに入った。

「zzz……」

「……」

 ちゃんと寝たことを確認したマーヤは、その隣に寝転ぶ。

 昔は一緒に寝ていたのだが、マーヤが小学校高学年あたりになると、オルグレンから避け始めた。

 思春期に入る義妹への配慮なのは、分かったがそれでも納得できないのが、ブラコンの定めだ。

 オルグレンが養子として家に来て以来、べったりなマーヤには、彼から離れることは考えられない。

 だからこうして時々、一緒に寝るのだ。

(……兄さん)

 心の中で呟き、そっと抱き締める。

 義兄の過去の出来事は、数年前、親から教えられた。

 炎上し、崩壊した礼拝堂の中から奇跡的に発見されたのだ。

 発見者はマーヤの両親。

 帝都から故郷に帰る途中で発見した。

 必死の介抱の末、故郷に連れ帰るも、地域社会は、

・タカ派「処刑すべき」

・ハト派「子供は関係ない」

 の意見に分かれ、大論争の末、「人間族の蛮行と我が魔族の寛容さを表す為の広告塔にする」という折衷案せっちゅうあんが採用された。

 存分に広告塔に利用した後は、処刑することまで予定に入ったのだが、養育していく間、魔族の間に情が出てきて結局、処刑は白紙となり、今に至る。

 オルグレンもこのような詳細は知らないだろう。

(……魔族全体が敵になっても、私は兄さんの味方だからね)

 オルグレンの手を握り、マーヤはそっと目を閉じるのであった。

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