第4話 外勤

 生活福祉課の仕事は、内勤だけでない。

 シングルマザーや重度障碍者、引きこもりの家庭訪問など外勤もあるのだ。

 帝国暦1560年5月5日。

 オルグレンは朝からレヴィと一緒にケンタウロスに乗り、家々を訪問していた。

 今日の訪問先は、人魚だ。

 年収は無く、生活費は全て補助金で賄っている。

 所謂いわゆる、生活保護受給者だ。

『申し訳御座いません。戦争で御覧の通りに働けない体になってしまいまして……』

 人魚マーメイドは人工声帯を使って説明する。

「……失礼ですが、そのお声は?」

『……その、言いにくいのですが』

「はい」

『……人間が放った爆弾により、喉をいため、歌手を廃業せざるを得なくなりました』

「なるほど」

 オルグレンが頷くと、レヴィがメモを取る。

「お子様は?」

『高校に通っています。ただ、大学も公立校しか行けないんですよね?』

「……まぁ、はい」

 血税を財源としている以上、子供が私立に入学するのは、流石に国民の顰蹙ひんしゅくを買いかねない。

「私立にこだわる理由はなんですか?」

『医者を目指す子供の志望校だからです。私のせいで将来の選択肢を閉ざすのは、忍びないです』

「……はい」

 力なく頷くオルグレンとは対照的に、レヴィは無表情でメモって行く。

 あくまでも仕事に徹しているようだ。

『何か策はありますか?』

「……お二つ、あります」

『! 本当ですか?』

「はい。一つは自治体が行っている減免制度です。これだと年間約30万エンまでなら支援が出ます」

『……30万エン』

 学校によっては学費が違う為、一概に言えないが、医学部であれば30万エンは雀の涙ほどだ。

 それでも補助金で暮らす一家には、30万エンは魅力的お金である。

『……もう一つは?』

「奨学金です。これは、国が一時的に学費を負担します。お子様の状況だと、卒業後、10年間こちらで医者としてお仕事された場合、奨学金は半額になります」

『……』

 奨学金は魅力的だ。

 しかし、もし返せなかった場合、犯罪者になる為、人生を左右する大きな賭けだ。

 現実的には奨学金だが、医学部を絶対に卒業出来るとは限らないし、卒業したとしても、次の国家試験に合格しなければんらない。

 その為、これまで沢山の逮捕者が報じられている。

 中には返せず、病んでしまった例もあるほどだ。

『……オルグレンさんは、どちらの方が良いと思いますか?』

 この手の質問は、答え方次第によってはいさかいに発展する可能性が高い。

 これで自分の意見を述べ、相手が採用し、その後、失敗した場合、責任転嫁の言質げんちをとられる可能性がある。

「申し訳ないですが、自分は提案する立場なので意見を述べることは出来ません。御理解下さい」

『……分かりました』

 人魚は、嘆息する。

 生活福祉課は、社会的なサービスを提供する部署であって救世主ではない。

 その為、全ておんぶにだっこは不可能なのだ。

 

 次の家は、DV家庭内暴力の被害者である元シングルマザーのコボルト。

 男性に抵抗感がある可能性がある為、家に入って聞き取り調査を行うのはレヴィだ。

 本当はDVシェルターに避難した方が最善なのだが、DVシェルターは集団生活であり、生活費も最低限しか受給出来ない為、泣く泣く辛い記憶が残る被害者も暮らしている。

「……」

 レヴィが聞き取りしている間、オルグレンはケンタウロスに乗ったまま、被害者の収入を調査していた。

 この世は、性善説では成り立っていない。

 補助を受け取りつつ働いて生活費の足しにしたり、補助金を遊興費ゆうきょうひてている者も居るのだ。

 こういった悪者が居る時、1番被害を食らうのは真面目に受給している人々だ。

 補助金受給者=不正受給者のイメージが浸透し、何の非も無い人々も同一に見られてしまう。

 その為、被害者の無実を晴らす為にも収入調査は必要なのだ。

(大丈夫そうだな)

 シングルマザー名義の通帳には、怪しい入金の記録は無い。

 無論、他者の名義を使っている場合もあるのだが、魔族領では基本的に1人1銀行しか登録出来ない。

 しかも、給料も手渡しは不可の為、銀行振り込みしかないのだ。

 他人様ひとさまの通帳を見るのは心苦しいものがあるが、これは仕事である。

「ふぅ……」

 通帳以外の書類もチェックした後、オルグレンは茶封筒にそれを戻し、郵便受けに投函とうかんする。

 直接渡すのが筋だが、DV被害者な以上、配慮も必要だ。

「お待たせ」

 レヴィが戻ってきた。

 少し疲れた顔だ。

「お疲れ。結果は?」

「心の傷が深いね。近くの病院を紹介したよ」

「……分かった」

 レヴィはケンタウロスに飛び乗ると、オルグレンに抱き着く。

「……貴方は女性に暴力を振るう男をどう思う?」

「相手が誰であろうと暴力は反対だよ」

「……オルグレン?」

「何でも無いよ」

 一瞬、雰囲気が変わったオルグレンにレヴィは気付くものの、彼は不愛想に否定し、手綱を握るのであった。

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