第3話 コボルト族・マーヤ

 人間族と魔族の関係は、当初、良好な関係だったとされる。

 人間が雪女と結婚するような所謂いわゆる異類婚姻いるいこんいん』もごく普通にあったのだが、悲しいかな

 やがて人間族が少子化の時代に入ると、人間族の中で扇動者アジテーターが現れた。

「魔族が人攫ひとさらいしている!」

 と。

 魔族の中には、古くは食人カニバリズムの文化があった山姥やまうばも居た為、その偏見が反魔族主義に拡大したのだろう。

『嘘も100回言えば真実になる』

 という言葉が表す通り、人間族の間で嘘が真実のようにり込まれ、魔族に対する排斥はいせきが始まった。

 当然、魔族も自衛に動き、ここで両者の間で開戦。

 一進一退の攻防が続く状態が、手風琴アコーディオン蛇腹じゃばらふいごが開いたり閉じたりするようなのと似ていることから名づけられたこの『手風琴アコーディオン戦争』は、開戦から100年以上経った今でも、停戦の兆しは無い。

 その為、魔族の間では反人間族主義が浸透しているのだが、そんな環境下でオルグレンが、公務員になれたのは奇跡に近い。

「ふぅ……」

 新卒者歓迎会で文字通り、10回殺されたオルグレンは、帰宅するなり風呂場に飛び込んだ。

 飲酒後の入浴は医学上、あまり良くないのだが、それでも疲れを癒すのは入浴が1番だ。

「兄さん」

「おお、マーヤ。お帰り」

 コボルト族の女の子が顔をドアから覗かせる。

 コボルト族は獣人系魔族の一つで、帝国国内各地で集団生活を送っている。

「一緒に入っていい?」

「いいよ」

 マーヤは獣耳をヒョコヒョコと動かして、一旦、ドアを閉めた。

 更衣室から衣擦れの音がした後、再び開く。

 自分から言ったくせに恥ずかしいのか、バスタオルで大部分を隠している。

 昔は恥じらい無くオルグレンと混浴していたのだが、最近では精神的に成長したのか、この具合だ。

「兄さん、今日は何回死んだの?」

「10回だよ」

「課長とレヴィ?」

「うん」

「あの2人、罪に問えないの?」

 怒りつつ、マーヤは掛湯かけゆをしてから同じ浴槽に入ってくる。

 そして、隣まで来た。

 バスタオルが濡れ、マーヤの体のラインがはっきりと分かるが、オルグレンは気にしない。

 2人は義理の兄妹。

 オルグレンが養子に来て以来、昔から一緒に居る為、今更恋愛感情に発展することはないのだ。

「どうなんだろうね。考えたことないよ」

「でも、殺人罪じゃないの?」

「この国に人は居ないからその刑法は無いよ」

「あ……ごめん」

「責めてないよ」

 オルグレンは笑って、マーヤの頭を撫でる。

 魔族と人間が共存共栄していた時代にはあったが、人間が人間領に帰った今、態々わざわざ、魔族領でが存在する必要性は無い。

 その為、魔族領で人間は虫けら同然だ。

 見つけ次第、どうしてもいい修羅の世界なのである。

「それよりも学校はどうだ?」

「うん。無事、慣れてきた」

 マーヤは今春、中学を卒業し、高校に入学したピチピチのJKだ。

 といってもオルグレン同様、陰キャラなので目立つことはほぼ無いが。

「兄さんは、高校生活どうだった?」

「う~ん。数年前だから覚えてないな」

 中卒、高卒が珍しい魔族社会において、オルグレンは最終学歴が魔族帝国大学の所謂、知識層インテリだ。

 庁内の先輩後輩の多くも高卒が多数派なので、オルグレンのような大卒は少数派である。

「兄さんくらいの頭なら一流企業でも良かったのに」

「大手からも数社内定を貰ったけど、やっぱり安定が1番だよ。民間だと経済状況に左右されるからね」

 オルグレンは、高給より安定派だ。

 不景気になると、公務員も給与ボーナスが削減したりするが、人員削減になることはほぼ無い。

 入庁すれば、初日から有給休暇を貰えるし、退職金も数千万エン単位貰える。

 レジャー施設やホテルなども公務員割引で安く利用することも出来る。

 公務員が不人気になる時代は、好景気が来ないと、まず無いだろう。

「兄さんは堅物だね? 人生楽しい?」

「う~ん。どうだろ?」

 生まれてこの方、楽しいと心底思ったことが無い為、オルグレンは腕組みをして考える。

「……多分、無いな」

「じゃあ、私が兄さんを楽しませるよ」

「どんなこと?」

「結婚相手を探す」

「え~……」

「嫌なの?」

「今ん所、その願望は無いよ。仕事で忙しいし」

「でもお父さんとお母さん、初孫を楽しみにしているよ?」

 2人の父母は、帝都で働いている為、この家には居ない。

 帰ってくるのは、年末年始くらいだ。

 因みに、この家の生活費は全てオルグレンがまかなっている。

「初孫ねぇ……そもそも他種族同士で子供、出来るのか?」

「さぁ? 『田螺長者たにしちょうじゃ』とかの例があるし、大丈夫なんじゃない?」

『田螺長者』は子供ができなかった夫婦が神様に祈った所、田螺が生まれた、という異類婚姻譚いるいこんいんたんの一つだ。

「てきとーだな?」

「だって身近な例を知らないから」

 マーヤは、こちらを見た。

「課長やレヴィと結婚したら、証明出来るよ」

「何であの2人なんだよ」

「もう半分付き合ってるじゃん」

「あの2人は揶揄からかっているだけだから」

「……兄さんって、罪作りな人だね?」

「何が?」

「その内、刺されるよ。両側から」

「何の話だよ」

「知らない」

 そっぽを向くマーヤ。

 仕事が出来るオルグレンであるが、女心にはうといのであった。

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