第2話 鬼のラン、エルフのレヴィ

 魔族がほぼ100%の国でオルグレンが、公務員になれたのは元々、魔族に対して差別意識が無いからだ。

 人間族は、エルフを見て欲情し、ゾンビが放つ死臭に鼻をまみ、鬼を怖がるのだが。

 オルグレンには、その意識は一欠ひとかけらも無い。

 その為、多くの魔族からは「名誉魔族」の認定を受けていた。

 帝国暦1560年5月1日。

 オルグレンが、入庁してから丁度1か月経った日曜日。

 新卒者歓迎会が、市役所近くのホテルを貸切って行われていた。

「―――」

 人魚マーメイドが、魔族に伝わる奉祝ほうしゅくの歌をなめらかに歌い上げる。

 小川のせせらぎの音のような、心地良い揺らぎが、その場の聴衆に癒しをもたらしていく。

 盛大なOPに終わった後は、どんちゃん騒ぎだ。

 鬼は大酒飲みに変身し、夢魔サキュバスは新卒者に手あたり次第に声をかけて隣室に連れ込む。

 今日は無礼講だ。

 犯罪さえしなければ、例え上司にため口を働いても許される日である。

「オルグレン」

 女上司、ランがオルグレンの肩に腕を回す。

 彼女は、鬼族おにぞく

 額に2本の角を生やした、筋骨隆々の美女だ。

「課長、セクハラですよ?」

「今日くらい、いいじゃないか?」

 普段は法令遵守コンプライアンスに厳しい上司も、この時ばかりは無礼講だ。

「仕事は慣れて来たか?」

「ええ、まぁ」

「そうかそうか」

 ランは酒臭さを撒き散らしつつ、笑顔になる。

 魔族から憎悪されている人間を部下に持ったのだ。

 人一倍、気に掛けるのは当然のことだろう。

「市民からもお前の勤務態度はおおむね好評だぞ? ただ、もう少し笑顔を増やせ。不愛想にも見える時があるから」

「生憎、そんな顔なんですが」

「お? 口答えか? 減給だな」

「無礼講じゃなかったんですか? あと、パワハラですよ?」

「ガハハハッ」

 豪快に笑うとランは、オルグレンの胸板を指でなぞる。

 パワハラの次にセクハラだ。

 否、上下関係もある為、これもパワハラに含まれるかもしれない。

 2人がイチャイチャするしても、周りは特に反応を示さない。

 ランがオルグレンに好意を抱いているのは、誰の目で見ても明らかだからである。

「どうだ? 本気で私の情夫じょうふにならないか?」

「課長、酔いがすぎますよ?」

「結構、本気だぞ?」

 ランはオルグレンを抱擁する。

 本気を出せば全身粉砕骨折も出来るくらいに鬼は力があるのだが、折れてない所を見るに、相当力加減ちからかげんしているのだろう。

「そんくらいお前が可愛いんだよ」

「―――課長」

 オルグレンの隣にレヴィが座る。

 彼女もまた、酔っているようだ。

 缶ビールを片手にオルグレンに寄りかかる。

「また、言い寄って」

「レヴィ、これは私とオルグレンの話だ。あっちに行ってろ」

「い~や~で~す~」

 犬歯を剥き出しにしつつ、レヴィは反対側から抱き寄せる。

「ぐえ」

 左右から引っ張られた為、オルグレンは変な声を漏らした。

 首の骨が折れたのだ。

「あ、死んだ」

「全く。レヴィ、天使を呼んで」

「は~い」

 2人は酔ったまま冷静に行動する。

 人間族であるオルグレンは、魔族と違い簡単に死ぬ。

 生老病死という四字熟語がある通り、生きるのは魔族と同じだが、老いたり、病んだり、寿命を迎えるのは多くの魔族には縁遠い話だ。

「また死んだのか。オルグレンは有能だが、弱いのが失点だな」

「そうだな。不老不死になれないのか?」

「魔法使いになるしかないな」

 ゾンビや鬼、狼男の同僚が憐れむ。

 皆、オルグレンと親しいのだが、直ぐ死ぬことに関しては、あまり好意的ではない。

 人間族は魔族を外見的に差別し、魔族は人間族の弱さを軽視している。

 お互いの溝が中々、埋まらないのだが、その原因の一つであった。

 天使の死者蘇生により、オルグレンは、息を吹き返す。

「ぐふ」

「簡単に死にすぎ」

「病弱」

 ランとレヴィは、苦言を呈した後、再び両側から挟み込む。

(ある種、生き地獄では?)

「「なんて?」」

「なんでもないよ」

 心を読まれ、オルグレンはお手上げだ。

 男勝りな鬼の美女と、魔族嫌いの人間でさえ惚れるエルフの美少女を侍らすオルグレン。

 同僚たちは囁き合う。

「(可哀想に。どっちも性格キツイから結婚しても苦労しそうだな)」

「(全くだ。でも、あの2人と付き合えるのは、あいつだけだよ。忍耐強いし)」

「(そうだな。殺されても怒らないくらい慈悲深いし)」

 魔族領では、人間領のような一夫一妻制ではない。

 婚姻制度は種族の文化に任せている為、一夫一妻でも一夫多妻でも、その逆でも合法だ。

 オルグレンは、公務員であるから結婚しても収入面では安定していることから引く手数多だろう。

 また、先述のように殺されても怒らないくらい、寛容な心の持ち主なので、我儘わがままも許してくれるだろう。

 問題は、人間なので、やがては来る寿命には太刀打ち出来ないことだ。

 外的な死因ならば妖精が対応出来るが、老衰ろうすいだと、流石の天使でも無理な話である。

 その為、オルグレンが魔族と結婚した場合、その夫婦生活は離婚しない限り、彼が寿命を迎えるまで続くことになる。

「私の酒が飲めないの?」

「オルグレン、私のも飲みなさい」

 両側から飲酒を強要され、オルグレンは無理矢理飲まされる。

 魔族は鬼のように酒豪の種族も居る為、酔いをそもそも知らない。

 泣き上戸や笑い上戸はあっても、嘔吐したり、酔い潰れることは無いのだ。

 その為、人間が魔族と飲む時は、死を覚悟しなければならない。

「ぶべ」

「もう吐かないのwww」

「下戸ねぇwww」

 2人はゲラゲラと笑う。

 急性アルコール中毒などの概念が存在しない魔族には、その辛さが分からない。

「もう……無理」

「あら、赤ちゃんになっちゃった♡」

「よしよし。いいこでちゅよ~♡」

 一時的に幼児化したオルグレンを2人は、頬を指でつついたりするなどもてあそぶ。

 その後、オルグレンは急性アルコール中毒で直近で二度目の死を迎えるのであった。

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