異世界生活福祉課

パンジャンドラム

第1話 人間族地方公務員・オルグレン

「生活が苦しくて……」

「それでは、補助の対象になるかどうかお調べしますね」

 わいわいがやがや。

 ここは、巨人や人魚、ゾンビなどが跋扈ばっこする市役所。

 人間族は1人も居ない。

 否、1人の職員を除いて。

「ベケットさんのこれまでの納税歴をお調べした所、去年の1か月分、未納です」

「そんな!」

「残念ですが、未納な以上、払って頂かななければ補助金を出すことは出来ません」

「殺生な! 『死ね』というのか?」

 ゾンビに死、という概念が存在するのだろうか。

 黒髪黒目のオルグレンは、毅然とした対応をとる。

「そうは言っていません。補助金は皆さまから頂いた税金でまかなわれています。残念ですが未納な方には、まず未納な分をお支払いして頂いて、それが証明出来次第、対象になります」

「でも、もう金は無いんだぞ?」

「お車を売却し、そのお金の一部でお支払いして下さい」

「う……」

 ベケットはうなる。

 相手は魔族より弱い人間族なので、少し叫べば簡単に補助金を出してくれると思ったのだが、目の前の男は痩躯そうくな癖にしんがある。

 オルグレンの冷静沈着な対応に、待合スペースの魔族から歓声が上がる。

「流石、公正中立こうせいちゅうりつが信念のおとこだ!」

「他の人間は大嫌いだが、あいつは別だ。理路整然としているからな」

「本当本当。唯一の欠点は、堅物かたぶつすぎる所だよ」

 オルグレンは、睨む。

「聞こえてますよ。順番遅らせましょうか?」

「こいつは手厳しい」

 狼男のツッコミに、庁内は和やかな雰囲気になる。

 一方、ベケットだけは興奮がおさまらない様子でオルグレンに言い募った。

「お前もここに住んでいるなら車が必須なのは分かるだろう? 竜のような飛行系魔族と違う陸上系魔族は車が必須なんだぞ?」

「補助の対象になれば公共交通機関は無料になります。それをご利用下さい」

「毎日遅延する! 運転は下手! 道は間違える! そんなバスに乗れというのか?」

「私は御提案しかしていません。それが嫌ならお納め下さい」

 無慈悲な言葉に、ベケットの目の色が変わる。

「……人間のくせに」

「はい?」

「魔族よりも弱い人間のくせに、なんだその口の利き方は! 恥を知れ! くそ野郎!」

 庁内に響き渡るほどの大声だ。

 窓口の衝立パーテーションを思いっきり叩く。

 途端、鬼の警察官が走って来てベケットを取り押さえた。

「公務執行妨害罪で逮捕する!」

 行政施設は民間施設と違い、公共の建物の為、出入禁止が出来ない。

 その為、ベケットのような問題のある市民が来ることもあり、場合によっては職員が犯罪被害に遭うことも珍しくない。

 なので、屈強な鬼が警察官となって常駐しているのだ。

 オルグレンが冷静沈着に対応出来るのも、この為である。

「人間め! 死ね!」

 呪詛の言葉を叫びつつ、ベケットは唾を飛ばす。

 衝立にそれが付着すると、硫酸りゅうさんのような効果があるのか、衝立はどんどん溶けていく。

「危ない所だったな」

「お疲れ様」

 コボルトや狼男の同僚に慰められ、オルグレンは、

「どうも」

 と首肯するのであった。


 市役所は、基本的に午前8時半に開庁し、午後5時15分に閉庁する。

 その中で午後12時から午後1時までの1時間は、昼休みだ。

 午後12時になると窓口は一斉に締められ、電話も根本ねもとからコンセントが引き抜かれる。

 昔はこの時間帯でも市民の為に開庁していたのだが、

「労働基準法の『8時間以上働く場合は、その内、1時間休むべし』の条項に違反している」

 との指摘を受け、このような形になったのだ。

 仕事などの関係で、この時間帯にしか行けない市民には不便な話である。

 しかし、職員も生き物なので疲労が溜まらない訳ではない。

 代替の職員を用意しても良いが、それだと人件費の高騰こうとうになる為、市民もこれには反対だ。

 その為、結果としてこの極端な方法が取られているのである。

 ベケットのようなクレーマーが居たり、部署によっては激務な市役所では、この時間帯が心から休息出来る時間帯であった。

「……ふぅ」

 午前中、気を張り詰めて仕事していたオルグレンも、この時ばかりはOFFになる。 

 最上階の食堂で好物のうどん(300エン)をすすりつつ、唐辛子をめいっぱいふりかける。

 緬と汁は、激辛鍋げきからなべのごとく真っ赤に染まっていく。

「摂り過ぎは何でも体に悪いわよ?」

 そう言って、はす向かいの席に座ったのはエルフ族の美女。

 雪のような白い肌と、猫じゃらしのような緑色の髪の毛が印象的な彼女は、レヴィ。

 オルグレンの同期入庁の知人だ。

 カツカレーが好物らしく、いつも見る度にカツカレー(500エン)を食べている。

 今回も案の定、それを食べている。

「毎日、それだな?」

語弊ごへいがあるわね? 週5よ」

「……それって毎日じゃないか?」

「土日祝日は、野菜だからセーフ」

 にっしっしとレヴィは笑う。

 美女なのだが、大食いなのが玉にきずである。

(結婚出来なさそう)

 ビュン!

 と、何かが頬を掠め、背後の壁に突き刺さる。

 振り返ると、刺突したのはスプーンで、オルグレンの頬からは血が滴り落ちる。

「随分と上から目線ね?」

「何がだよ」

「何で貴方が私の結婚を決めるのよ」

「いや、何にも思ってないよ」

「あ、公正中立の癖に嘘つくんだ? この詐欺師」

 酷い言われようである。

 オルグレンは、血を紙ナプキンで拭き取りつつ、苦言を呈す。

「もう少しその直情的な性格を直したらどうだ?」

「貴方がその元凶よ」

「俺が悪いの?」

「そう。全部、貴方が悪い! とりま、死ね!」

 叫んだ後、レヴィは唐辛子の瓶を開け、中身全部をうどんにぶち込む。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 飛び散った唐辛子の一部が一つ目小僧の眼球へ。

 哀れ、一つ目小僧はのたうち回る。

 その後、2人は上司の巨人族に自宅謹慎(当然、その間は無給)の罰を受けるのであった。

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