第8話 異世界制服デートにはバトルが付き物?(絶対に違う)

 俺が親指をならず者のリーダー風の男に向けて弾いた瞬間──その男の顔が、まるで全力で殴られたかの様に吹っ飛んだ。闘気を親指に圧縮して弾いたのだ。


 ──おお……できた。指弾だ。って、ちょっと闘気こめ過ぎたか? あいつ、大丈夫かな。


 そう思って今吹っ飛ばした奴の方を見てみると、こめかみを押さえて立ち上がっている。


「い、いってぇぇ! 今何が起こったんだ⁉」


 きょろきょろとあたりを見回して、こめかみを擦っていた。

 良かった、力加減もばっちりだ。

 ちなみに指弾とは、昔読んだ漫画の技で、今俺がやった様な感じで親指で弾いて空気圧を作って相手に飛ばす技、だったような気がする。何年も前に読んだ漫画なので、さすがに詳しい設定までは覚えていないけれど、確かそんな感じだった。さすがに空気圧を飛ばせる様な怪力は持ち合わせていないので、闘気で代用だ。

 こうして望まぬ状態で異世界に召喚されたわけだけれども、漫画で読んだ技を真似れるのだけは良い。絶対に現実世界では真似できない事だったわけだし。同じ要領で闘気を圧縮させれば気功波みたいなものも打てる。まあ、危ないから今はやらないけれど。


「てめえ、何しやがった⁉」

「喚くんじゃねえ! 大方、飛び道具を手品みてぇに仕込んでやがったんだ。こんなナヨい男にそんな力があるわけがねえ」

「舐めやがって……ぶっ殺してやる!」


 男達が口々に言いながら抜剣して、俺へと殺到してくる。

 指弾にビビッて引いてくれるかと思っていたが、むしろ神経を逆撫でしてしまったらしい。ちょっと加減し過ぎたのかもしれない。

 俺は迫りくる男達の攻撃に対して、フットワークを使って右へ左へと動いて剣撃を避けていく。

 彼らの攻撃が当たる事はまずないし、当たったとは言え闘気で身体を覆っているので刃が肌まで届く事はない。これが魔法の剣だったり相手も闘気や魔力を操る実力者であったりしたならば話は違ってくるが、彼らは戦闘に関してはズブの素人だ。

 おそらく剣や図体だけで威嚇して思い通りにしてきたチンピラなのだろう。なに、見掛け倒しでイキる奴がいるのは、異世界も現実も変わらない。そういう奴らには、多少の御仕置が必要だ。


「ち、ちくしょう! 攻撃が当たらない!」

「何だってんだこの男!」

「でも、攻め続けてたらさっきの飛び道具は使えねえ。いいから攻撃を止めるんじゃねえぞ!」


 そんな会話をしながら、ぜえぜえと息を切らして剣を振るっていらっしゃる。

 茶番と言えども、だんだんアホらしくなってきた。こうやってイキり散らかしている奴を困らせるのはそれなりに楽しくもあるのだけれど、さすがにこれ以上続けていても芸にもならない。


 ──もう終わらせてもいいかな。


 本日何度目かの溜め息を吐いてから、相手が振り下ろしてきた剣に対して指弾を飛ばした。それと共にパキィィンという乾いた金属音が周囲に響き渡り、剣先と柄が別れを告げる。


「え⁉」


 男が自分の剣を見て困惑している隙にその男の肩に片手を突いて跳び箱の様にして跳び上がると、空中で振り向いてそのまま親指から指弾を三発放って、ならず者達の持つ剣を全てへし折っていく。再び広場に乾いた金属音が響き、剣の切っ先が地面に突き刺さった。

 その間に降り立った反動で地面を蹴り上げ、三人と一気に距離を縮める。


「痛いぞ」


 俺は丁寧にそう教えてやってから、それぞれの腹に手を当て闘気の圧を送り込んだ。


「「「ぐえええええ」」」


 それと同時に三人の男達は胃の内容物を吐き散らし、ぐったりと膝から崩れ落ちた。闘気を体内に通して、胃を刺激したのだ。

 これも昔、Utubeで見た達人の技だかを闘気を用いて再現してみた。今回はただ胃を闘気で刺激しただけで留めているが、闘気の量を増やせば内臓を壊す事もできる。さすがに今回の奴らレベルの相手にはそんな酷い事しないけども。


「て、てめええ! それ以上動くんじゃねえ! 動いたらこの女の首掻っ切るぞ!」


 ならず者達三人がゲロの中に顔を突っ込んで気を失ったと同時に、そんな声が俺に投げかけられた。

 声の聞こえた方へと振り向くと、そこにはユウナの肩を抱えて首筋に剣を当てているならず者リーダーの姿があった。一番最初に指弾で吹っ飛ばした奴だ。


「その握った手を下ろせ! どうやってんだか知らねえが、そこから飛び道具を出してやがるんだろ⁉」


 ならず者リーダーが言う。

 どうやら彼はこの期に及んでもまだ飛び道具を使っていると思っているらしかった。

 俺はやれやれと首を横に振ると、指弾を飛ばそうとしていた手を下ろして開いて見せる。もちろん、そこには武器など何もない。


「へへっ、それでいい。俺がこの広場を出るまで動くんじゃねえぞ」


 男はユウナの首に剣を押し当てて、得意げな笑みを見せた。

 弱いなりに、こうして人質を取って脅してこれまでもピンチを乗り切ってきたのだろう。これで大丈夫、という安堵感が彼の表情からも見て取れた。

 ただ、俺が手を下ろしたのは、別に彼の脅しに屈したわけではない。彼の行うそれがことを知っていたからだ。


「あの……もうやめませんか? これ以上、続けても意味がないと思います」


 ユウナが少し咎める口調で彼に言った。剣を首に当てられている状態でも恐れる気配がない。

 それも当然だ。彼女は俺と共に、幾多もの危機を乗り越えてきた。今更ごろつきに脅されたくらいで怯える程、俺達のこの二年間は穏やかなものではなかったのだ。


「へへっ、安心しろやあ黒髪の嬢ちゃん。意味なんてものはな、後で俺がたっぷり与えてやるからよお」

「……そうですか。では、失礼しますね」


 ユウナは下品な言葉を言う男に冷めた声でそう伝えると、瞑目した。

 それから間もなくして、彼女の周囲を白く柔らかい光が包み込んだ。かと思うと、男の持っていた剣の刃部分が砂鉄に還るかの様にどんどんと砂となって散り行く。


「え、ええ⁉」


 男は困惑の声を上げておろおろしているが、その間にもどんどん剣が原型を失い、風に流されて消えていく。剣の刃部分がなくなってしまったのは、それから間もない事だった。


 ──武器破壊の奇跡、か。


 これは〝聖女〟が持つ奇跡の加護の一つ〈非暴力の加護ノンヴィオレンザ〉だ。〝聖女〟たるユウナが奇跡を祈れば、魔力や闘気を帯びていない通常の武器はこの通り砂となってしまうのである。

 武器職人がこの光景を見れば、泣き崩れてしまうであろう事は間違いない。彼らがどれだけ丹精込めて作った剣でも、ユウナの奇跡の前では塵に同じなのである。

 そして、手元から武器がなくなったタイミングで俺は地面を蹴って一気に距離を詰めた。


「ひぃっ」

「自らの行いを悔い改めろ、このクズ野郎」


 情けない声を上げるならず者の腹に、掌底を叩き込んでやる。

 無論、大分手加減はしてやっているが、闘気を籠めた掌底である。指弾よりも遥かに威力が高く、男は身体をに曲げたまま背後の木の幹へと叩きつけられていた。


「……ふん」


 背中を強く打って白目を剥いて気絶するならず者を横目に、ぱんぱんと手を叩いた。

 俺はこの時、ちょっと色々苛ついていたのだ。この男にも、ユウナが採った行動にも。

 

「もう、エイジくん! やり過ぎだよ」


 ユウナが駆け寄り、俺を咎める様にして言った。

 もとはと言えば誰かさんの茶番から始まったと思うのだけれど、俺が咎められる意味がわからない。


「これくらいでちょうど良いんだよ、こういう奴らには」


 俺は苛立ちを隠さず、そう吐き捨ててもう一度ならず者達を一瞥した。


「もしかして……怒ってる?」

「少し」


 俺の反応を見てユウナがおずおずと訊いてきたので、素直にそう答えた。


「えっと……ごめん。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったよね。こんな大事おおごとになるなんて思ってなくて」

「違う、そこじゃない」


 俺が腹を立てた理由は、ユウナが求めた茶番に対してではなかった。実際に最初は俺も少し楽しんでいたし、悪漢どもを成敗する自分に少し酔っていたのも事実だ。

 問題視しているのは、ユウナが武器を付け付けられた時に採った行動である。

 彼女は男を諭す為に敢えて武器を無力化するに留まった。確かに武器を無力化するのは有効な手立てであるが、それは彼女にとって安全な行為であるとは言えない。

 というのも、ユウナは俺の様に闘気で身を守れるわけではないので、奇跡の加護や聖魔法は使えたとしても、身体の強度としては生身の人間と大差ないのだ。もし男が素手でユウナを何とかしようと思ったら、彼女の身に危険が及んだ危険性もある。

 彼女なりに男達に対して叱りつけてやりたい気持ちもあったのだろうが、さすがにそれは看過できなかった。

 それに……


 ──まだ俺でさえも肩抱いてないのに、何勝手にユウナに触れてんだよ、この野郎。


 本当はちょっとダサい理由で怒っていた俺であった。

 尤も、後者の理由に関して、ユウナには言えないのだけれど。


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