第7話 異世界制服デート中にありがちなイベントが発生した
「ちょ、ちょっと自販機で飲み物買いに行ってくる!」
告白し合った日に制服デートをして同棲まで決めてしまうというぶっ飛びイベントの連鎖、そしてその後の気恥ずかしい沈黙に耐えられなくなってしまい、俺は思わずそう言い放って立ち上がる。が──
「えっと……自販機は、ないと思うよ?」
直後のユウナの適格なツッコミに、俺の心は別の意味で羞恥に塗れたのだった。
そうだった。広場にいて制服を着ているから何となく雰囲気で自販機と言ってしまったが、ここはファンタジー異世界。自販機などあるはずがなかった。
「飲み物! 買ってくるから!」
俺はそう言い直して、顔を火照らせたまま先程のカフェを目指して走り行く。
ユウナがくすくす笑っている顔が想像できるが、恥ずかしくて振り向けなどしない。それにしても、何年異世界生活やってるんだ。さすがにここで自販機発言はないだろうに。
もう一度カフェに並んで二人分の紅茶をテイクアウトで注文して、もとの広場に戻ると──先程のベンチに、人だかりができている。
また聖女様人気でユウナに人が集まってきたのかなぁと思っていたのだが、先程まで遊んでいた子供達は親に連れられてこそこそと逃げる様にしてその場を立ち去っており、どうやら雰囲気が違う。よく見ると、ユウナの周囲にはガタイのいい如何にもならず者臭漂う男達が五人程集まっていたのだ。
「よお、兄貴。変な格好してやすけど、この女、めちゃくちゃ顔は
「珍しい黒髪の女じゃねえか。まるで聖女様みてえだ。こりゃ高値で売れそうだぜ!」
「売る前にもちろん俺達で楽しんで良いんでげしょ?」
「ぎゃばばばば、当たり前だぜぇ!」
ならず者のボスと子分が如何にも頭の悪い会話を交わす。
あの……何ですかこのお決まりのイベントは? 異世界生活歴二年、今更こんな事が起こるのか? むしろ魔王討伐までの間も起こらなかったイベントなんだけど?
まあ、これもきっと、勇者&聖女コスプレをせずに制服を着ていたからだろう。この国に住む者の全員が全員、俺やユウナの顔を覚えているわけではない。中には黒髪と聖衣という特徴だけでユウナと判断している輩もいたのかもしれない。
黒髪はこの世界ではあまり多くないのだが、全くいないというわけでもない。黒髪であるからという理由だけで勇者&聖女だと見分けられるほど稀少性が高いものでもないのだ。
聖剣バルムンクを持っていればまた対応も違ったのかもしれないが、生憎と武器の類も両替店に預けてきてしまっている。制服デートに剣など無粋だろうと思ったのだ。街中で必要になるとも思っていなかったし。
俺は小さく溜め息を吐くと、ゆっくりとした足取りでユウナとならず者達のところへと向かった。
これが現実世界でチンピラにユウナが絡まれていたり、それこそ転移直後に彼らの様なならず者に絡まれていたら俺も焦っていただろう。俺も緊張していたし、きっと駆け出してならず者達の前に立ちはだかっていたに違いない。
だが、しかし──俺達は〝勇者〟と〝聖女〟として二年間を過ごし、つい先日は苦戦の果てに魔王ですらも打ち滅ぼした身である。如何に〝聖女〟が後衛職だと言えども、ならず者ごときが敵う相手ではない。
「ちょっと、離して下さい! 私、人を待っているんです!」
ならず者子分がユウナの手を掴んだ時に、彼女は如何にも一般人風な装いで手を振りほどこうとする。
が、その手は振りほどかれず、ならず者は下卑た顔で彼女を引っ張っているだけだ。
──あれ?
いつものユウナなら、あれだけ接近されたなら魔力で衝撃波を四方に放って吹っ飛ばすのだけれども、まるで一般女子の様に困っている。が、どこかその装いは演技じみている様にも感じた。
そこで、ユウナが視界の隅に俺を発見すると──
「助けて、
まるで、囚われのヒロインの様な迫真の演技で、俺の苗字を呼んだ。
表情は如何にも攫われそうな女学生といった感じを作っているが──その演技に満足がいったのか、目元だけ笑っている。
あー、もしもしユウナさん? あなたもしかして、これも青春イベントだかの一つにしようとしていませんか?
いや、まあ……こんな感じのイベントはラブコメ漫画とかでもありがちだけど、何なら異世界転生アニメでワンクールで三話そんな感じでヒロインを助けた感じのやつのもあったくらいだけど、あの……我々、〝勇者〟と〝聖女〟ですよね? あなた余裕で自力でその男達を吹っ飛ばせませんこと? 何なら魔王にも大ダメージ与えてましたよね?
そうは思うものの、ユウナは相変わらず自力で逃げる気はなさそうであるし、目元に笑みを浮かべたままである。
──はいはい、わかりました、わかりましたよ。付き合ってやろうじゃないの、その茶番。
そもそも俺を名前ではなく苗字で読んでいるのが、茶番の証拠である。俺が『エイジ』だとわかれば、この男達も俺達が〝勇者〟と〝聖女〟であると気付く。それをわかった上で、彼女は俺を『瓜生』と読んだのだ。
全く、大した女優兼脚本家な聖女様である。
俺は「わかったよ」と溜め息混じりでユウナに頷いて見せると、彼女は微笑み『ありがと』と唇だけ動かしたのだった。
「あー、お取込み中のとこ申し訳ない。その子、俺のツレなんだ。悪いけど、その手を離してくれないか?」
俺はいまいちやる気のない声色で、それっぽい台詞を言ってみせる。
ユウナはそれでも満足なのか、嬉しそうにしていた。
いや、こんなのでいいのかよ。めちゃくちゃテキトーな台詞だぞ、今の。感情もほぼ込めてないし。
「おお? なんだあ色男。この女と同じ変な服着やがって。どこの田舎もんだ? ぎゃばばばば!」
「ほっせえ身体しやがって。そんな身体で俺らに勝てるとでも思ってやがんのかぁ?」
「女の前でミンチにしてやるぜええ!」
ならず者達が、どこで雇われた劇団員なのかと思うくらいに場面に合った台詞を言う。
もうお前らの方がプロだよ。いや、こいつらにとっては茶番でもなく大真面目なのはわかっているのだけれども。
ユウナはユウナで「きゃー助けてー」と棒読みで言ってるし。何なんだこの空間は。アホか。アホしかいないのか。
「なあ、お前ら。ほんとにその、怪我させたくないからそのまま回れ右して帰って欲しいんだ。力の加減が難しくてさ」
無駄だとわかっていながら、俺は闘気を発してから警告をする。
この世界にレベルやステータスなんてものはないが、強者同士はこの闘気や魔力の大きさを見て相手の力量を計る。このならず者達は特別訓練を積んでい無さそうなので、間違いなく俺と彼らでは『戦闘力五か、ゴミめ』ぐらい差があるだろう。うっかりと力を入れ間違えれば、殺してしまい兼ねないのだ。
さすがにこんな奴らと言えども、俺達の青春ごっこの為に命を落としたとなれば、不憫だ。
だからこそ、この闘気の差に気付いて引いてくれ──と願ってはみたものの、「力の加減だって? それは俺達の台詞だろうがぁ!」などと言いながら笑っていた。闘気の大きさに気付いた者はいなさそうだ。
──あー、ダメだこりゃ。マジでこいつら見掛け倒しで闘気を扱える奴すらいないのか。
俺は内心でもう一度大きな溜め息を吐く。もうげんなりだ。
少しでも戦いを知っている者がいれば、俺の放った闘気で実力差がわかるはずである。だが、訓練を積んでいない彼らにはその闘気の大きささえも見えていないのだった。
まあ、これは異世界だけでなく現実世界でも起きる事だ。ある程度武術や武道、格闘技を経験していれば対面しただけで相手と自分の力量差を見抜けるが、素人だとそれがわからなくて喧嘩を売ってはいけない人にうっかり喧嘩を売ってしまって大怪我をするアレ。魔法やら闘気やらはあるが、そのあたりの動物的な本能に関しては異世界でも現実世界でも大差ないらしい。
──はあ、もう。なんで今更弱い者いじめしないといけないんだよ。
そうは思いつつも、好きな女の子を悪漢達から守るシチュエーションは、俺も嫌いではない。
それに、声を掛けられたのがユウナだから良かったものの、これが他の女の子だったらこのまま連れ攫われていたかもしれない。このならず者達にも熱いお灸を据えてやる必要があるだろう。
──さて、と……んじゃ、いつか漫画で見た技でもやってみるかな。
俺はそう決めると、右手に闘気を集中させて親指を握り込んで、先頭にいたリーダーらしき者の額目掛けて──親指を弾いたのだった。
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