第9話 ユウナの不安
俺達の起こしたならず者達との茶番──と言っても実際は茶番でもないのだけれど──はちょっとした騒動になって、衛兵達が集まる事態となった。
今回成敗したならず者達は最近悪行が目立ってきていた一味だったらしく、衛兵達からは逮捕の協力を感謝されたが、ただただ青春っぽさを求めてしまって無駄に騒ぎを大きくしてしまっただなんて口が割けても言えやしない。俺達が〝勇者〟と〝聖女〟である事をさっさと明かしていれば、あんな騒動にもならず彼らも大人しく引き下がっていたのは間違いないのだから。
ただ、今回引き下がらせたとしても、彼らが今後同じ罪を犯さないということにはならない。将来起こるであろう悪行を未然に防いだとして、今回は良しとしよう。実際に俺達が一般人であれば、大変な事態になっていた可能性はあったわけで。狙った相手が悪かったと彼らには後悔してもらう他ない。
それから俺達は、両替店で預けていた荷物を引き出し、そのまま聖都を出る事にした。聖都では〝勇者〟と〝聖女〟の顔が割れていて生活しにくいというのもあったのだけれど、どうしても
今更召喚士や王様らに対して仕返しをしようなどという事はしないが──彼らとて英雄召喚は世界を救う為に必要な事だった──やっぱり俺達からすれば、わけもわからず異世界に召喚されて、当たり前にあった日常を奪われたという気持ちの方が強い。
尤も、バスの事故の真っただ中だったので、転移していなければ俺達の命も危うかったのかもしれないけれど……そればっかりは神のみぞ知るだ。
そんなわけで、今俺達は馬車に乗って、聖都プラルメスを発ったのだった。おそらくもうこの聖都の土を踏む事はないだろうな、と思いながら。
「……あの、心配かけてごめんね?」
ユウナが御者席の横から、こちらを覗き込む様にして何度目かの謝罪を口にした。
「もういいよ。今度から気を付けてくれたらそれでいいから」
俺は小さく溜め息を吐くと、首を横に振って答えた。
俺が先程怒っていた理由の一つは、既に伝えてある。さすがに武器を失くしたならず者風情にユウナが傷を負わされるとも考えにくいが、彼女の身体は一般人のそれと大差がない。あくまでも一般女性が聖魔法や奇跡を起こせる、というだけに過ぎないのだ。そうなると、やはりもしもの事態についても考えてしまう。
ユウナは時折、ああして危険を顧みない行動を採る事がある。その多くは彼女の持つ優しい性格故に相手を思い遣ったものである事が殆どなのだが──今回の一見も、ならず者を説いて反省させる為にまず武器の無力化を計ったらしい──俺からすれば毎回肝が冷える事である。ユウナを守りたいと思っているのに、自ら危険な行動をされたならば守りようがない。
「うん……心配してくれて、ありがと」
ユウナは俺の返事を聞くと、どこか嬉しそうに微笑んで御礼を言った。
「待て。なんで嬉しそうなんだ」
「だって……」
「だって、何だよ?」
彼女が言い淀んだので、突っ込んで訊いてみる。
一応怒っているというのをわかっているのだろうか、この子は──などと思っていたのだが、次の返答で、俺は言葉を失くした。
「……やっぱり、好きな人に心配してもらえるのは嬉しいから」
面映ゆい表情でこちらをちらりと覗き見る彼女があまりに可愛くて、息が詰まる。
ちくしょう。その台詞は反則ではないだろうか? それを言われてしまえば、俺は何も言い返せなくなってしまう。
好きな人からそんな事言われたら俺だって嬉しいの!
「ごめんね。今日の私、ちょっとテンションおかしいよね」
ユウナは小さく溜め息を吐き、地面へと視線を落とした。
確かに、今日の彼女は俺の知っているユウナ、
それは例えば、先程の茶番なんかがそうだろう。俺達二人だけの間ならいざ知らず、第三者──しかもならず者──を交えて遊び半分でやる事ではない。
「務めを果たせば帰れるって思ってたのに帰れなくなって……でも、エイジくんと一緒に居れるって思うと喜んでいる自分もいて。それで付き合う事にもなって、色々急展開過ぎてはしゃいじゃってたのかも」
「いや、まあ……それは俺も似たようなものだったから、あんま人の事は言えない、かな」
俺はバツが悪くなって、彼女から視線を逸らした。
ユウナはこう言っているが、彼女がはしゃいでいたのは『無理矢理にでもテンションを高めていないと暗い気持ちになってしまうから』という理由もあるように思うのだ。
青春を取り戻そうというのも、ちょっとした制服デートをしようとしたのも、何とか前向きになれる事や楽しめる事を探した結果なのだと思う。それがちょっと、変な方向に進んでしまっただけの事で……その気持ちは俺にも痛い程よくわかった。
ユウナと結ばれたのは嬉しいし、彼女が昔から俺を想ってくれていたのも嬉しかった。でも、やっぱりそれは元の世界でそうなりたかった、という気持ちが強く残っていて、もう親や友人達の顔も見れない事実を認識してしまうと、どうしても暗い気持ちになってしまう。
俺がガラにもなくユウナの茶番に色々乗っかってしまったのは、そんな気持ちを紛らわす為でもあった。
「でも、ほんと言うと不安だったの」
「不安?」
言葉の意味がわからずオウム返しで問い返すと、彼女は「うん」と頷いてから言葉を紡いだ。
「エイジくん、こっちの世界に来てから雰囲気変わったじゃない? あんまり笑わなくなったし、前みたいに冗談も言わなくなったし……この二年間で全部が全部変わっちゃったのかなって、ずっと不安だった」
「ユウナ……」
ユウナの言いたい事は、わからないもでない。俺自身自らの雰囲気が変わった自覚はなかったが、彼女の言った通り異世界に飛ばされてからは口数も少なかったし、転移前の様に彼女と会話を楽しもうと思ったりだとか、甘酸っぱい気持ちを抱いたりだとかもなかった。
ただ、それは……そんな余裕がなかったからなのだ。
自分が強くならないと死ぬかもしれない、ユウナを死なせてしまうかもしれない──そんな強迫観念にずっと襲われていて、冗談を言えるほどの余裕などなかった。恋愛をしようとも思えなかった。ただ目の前の不安を打ち消す為に強くなるしかなかったのである。
強くなって、さっさと魔王とやらを倒して、彼女と一緒に元の安全な世界に戻る──それしか考えていなかったのだ。
きっと彼女は、この二年で俺まで変わってしまったのかを試してみたかったのだろう。だから、勇気を出して付き合おうと言ったり、制服デートをしようと言ったり、茶番を演じてみたりしたのではないだろうか。二年前みたいに、甘酸っぱい空気になるのかどうか、俺がそんな気持ちを抱いているのかどうか。
全く、手の込んだ事をしてくれたものだ。もっと素直に確かめてくれたらよかったのに。
「それで……もう私の事も醒めちゃったのかなって」
「そんなバカな! そんな事あるわけないだろ」
そんな風に感じていたのか、と愕然とした。
俺はただ、ユウナと無事に生きてあの世界に戻る事を最優先に考えていただけなのだ。
しかし、この二年間の冒険を思い返していると、あまりにも甘酸っぱいイベントが無さ過ぎて、彼女がそう感じてしまうのも無理はなかった。
俺としてはユウナに自分の気持ちを知られていないと思っていたし、全ては元の世界に戻ってからで良いと思っていたのだけれど……そもそもあっちにいた頃から俺の気持ちに気付いていただなんて思ってもいなかったし。
「じゃあ、こっちに来てからも私の事好きだった?」
悪戯げに笑って、ユウナが訊いてきた。
ユウナは〝聖女〟だなんて呼ばれているくせに、結構小悪魔ちっくなところある。からかわれているのがよくわかるけども、その顔も可愛くて何も言い返せやしなかった。
「それは、さっきも言っただろ……」
「もう一回聞きたいな」
全く引いてくれそうな気配がないユウナ。
俺は溜め息を吐いて、呆れた様にして首を横に振った。どうやら、観念する他なさそうだ。
「……ああ、そうだよ。ずっと好きだった。ほら、これで満足だろ? もう勘弁してくれ。顔が焼けこげそうなんだ」
実際問題、嘘ではなくて死ぬ程恥ずかしくて顔から炎を噴き出しそうだ。
って、何でこんな恥ずかしい思いしなきゃいけないんだ、俺は。
「ふふっ、よかった」
そんな俺の反応に満足したのか、ユウナは顔を綻ばせて、嬉しそうにこう付け加えたのだった。
「私もだよ、エイジくん」
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