第2話 異世界で青春を取り戻そう

『私が好きだったのは、エイジくんだから』


 予期していなかった告白に、今度は俺の方が息を詰まらせる。

 言葉の意味が理解できず、一瞬時が止まった程だ。


「……は⁉ え⁉」


 一瞬ショートしてしまった脳を再起動させて言葉の意味を理解しても、状況が理解できなかった。

 

 ──え、どういう事? ユウナも前から俺の事が好きだったって事?


 そんなバカな。全然それっぽいニュアンスの事をこれまで感じた事がなかったのだけれど。

 混乱する頭を落ち着けて改めて彼女の方を覗き見ると、彼女は顔を赤く染めつつも口を尖らせ、少し傷付いた素振りを見せていた。


「あ、やっぱり気付いてなかったんだ? ショックだなぁ。私なりに結構頑張ってアピールしてたつもりだったんだけど」

「え、そうなの……?」


 ダメだ、彼女いない歴=年齢の俺には難易度が高過ぎる。二年前の記憶を遡っても全然それっぽいシーンが出てこない。

 ただ放課後とか委員会終わりに教室で下校時間ぎりぎりまで談笑してたり、たまに一緒に帰ったりしたくらいしか記憶がない。ただ、一緒に話してて楽しいな、と思う程度だった。

 それは俺が彼女を好きだからそう感じていたと思ってたのだけれど……違ったのだろうか。


「まあ、エイジくんって自分の事になると鈍いもんね」


 ユウナはそう言って呆れた様にわざとらしく嘆息すると、いつもの困り顔で笑って見せた。

 その笑顔を見ていると、どうしてか心が温かくなってきて、すぐに心がほっこりしてくる。この過酷な異世界で、彼女のこの笑顔に何度支えられてきただろうか。


「いや……まあ、うん。鈍いのかな。ごめん」


 どれだけ記憶をひっくり返してみてもアピールらしきものをされた記憶がなかったのだが、多分俺が鈍くて本当に気付いていなかったのだろう。

 元の世界にいた頃に自分が鈍いという感覚はなかったのだが、この二年間の異世界生活を通して自分がちょっと鈍いのではないかとは思い始めている。

 例えば、旅の途中で何人かの女性が俺に好意を持っていたそうだったのだが、俺は全く気付かなくて、ユウナや仲間達が気付いている、という例が何度かあったのだ。その度に彼女らに呆れられたものである。


「それで、エイジくんは?」

「え?」

「告白の返事……待ってるんだけど」


 おずおずと、少し自信無さげに訊いてくる。

 彼女は現世でも異世界でも〝聖女〟と呼ばれているのに、どうしてか自分にいまいち自信を持てていなかった。自己肯定感が少し低いな、と俺から見ていても思うところがある。

 ただ、彼女の方からこうして勇気を出して告白してくれたのだから、それに応えないのは男の風上にも置けない行為である。

 ユウナに気付かれない様に小さく深呼吸をしてから、彼女の方を向き直った。


「えっと……俺もだよ。ずっと、ユウナの事が好きだった。にいた頃から、ずっと」


 そして、勇気を出して気持ちを伝える。

 ユウナは驚いた様に目を少し見開き、俺の方をまじまじと見つめる。その大きな青い瞳に俺が映っていて、ドキドキとしてしまった。

 それから彼女はゆっくりと息を吐くと、その言葉を噛み締めるかの様に顔を綻ばせてこう言うのだった。

 

「……うん、知ってた」

「え⁉」


 予想外の反撃に、更に狼狽してしまった。俺としては誰にも言っていなかった言葉だったのだ。

 俺の反応が面白かったのか、ユウナはくすくす笑っていた。


「だって、一緒に委員会してる時とか、朝会った時とか、嬉しそうだったもん」

「そっか……バレてたか」

「うん。あの日の朝も……挨拶してくれたし」


 彼女はそう言って顔に喜色を浮かべた。

 あの日の朝──それはきっと、に来る前のバスでの一瞬を指しているのだろう。その直後に俺達はこちらに来る事になってしまったのだけれど、それでもその瞬間を思い出して嬉しそうにしてくれると、俺まで嬉しくなってしまう。


「ああ。朝からユウナと会えてラッキーだ、頑張って早起きしてバス一本早いのに乗って良かったって思ってたよ」

「やだ、その為に早起きしたの? えっち」

「何でそうなるんだよ!」


 えっちである事は否定できないが、一緒のバスに乗る為に早起きを頑張ったのにそう言われる事は納得できなかった。

 俺のそんな反応を見てユウナは面白そうに笑っていて、自然と俺も笑みを零していた。

 それから暫く笑い合って、笑いが途絶えた時……彼女は力なく笑って「なんだか、変な感じだね」と呟いた。


「変って?」

「ついさっきまで勇者だ聖女だ魔王だって言ってたのに、あの時みたいに話してる」

「言われてみれば……そうだな」


 俺達は遠くに見える王宮へと視線をやり、小さく息を吐く。

 先程、俺達を召喚した召喚士とそれを命じた国王のもとへ訪れ、魔王討伐の報告と元の世界へ返して欲しいと訴えた。しかし、それは叶わず褒美と栄誉を与えられるに留まり、王宮からとっととほっぽり出されてしまったのである。

 そうして途方に暮れていたところ、ユウナが『結局、帰れなかったね』と言葉を漏らしたのである。

 ただ、ユウナとこんな感じで同級生の様に話したのは、異世界に来てからは初めてだった。

 ここに来てからはずっと、〝勇者〟と〝聖女〟の役割を押し付けられ、ただそれを全うするしかなかった。惚れただの腫れただのといった話ができるほどの余裕など、一切なかったのだ。

 でも、にいた頃は確かこんな感じだった。

 委員会で残った時に教室で二人きりで他愛ない話をする、ときめきと輝きに満ちていた時間。今ではそれもセピア色に色褪せてしまっていて、この世界のどこにもその光景を見つけ出す事はできないけれど、でも確かに俺達の中にあった時間と光景だったのだ。


 ──もし、さっきの告白をにいた頃にしていたら、どんな感じになっていたのかな?


 戦いもなく死の恐怖もない世界で、気持ちを伝え合えていたら、俺達はどんな生活を送っていただろうか。

 付き合って、放課後に教室で二人でたべったり、一緒に帰ってマックなんかに寄ったりして、休日には遊園地やショッピングにデートに出掛けたりしていたのだろうか。夏には夏祭りや花火大会に行って、冬にはクリスマスや正月を祝い合っていたのだろうか。

 その光景を思い浮かべると、思わず瞼が熱くなった。

 きっとそれは俺が望んでいた高校生活で、楽しかったに違いない。だが……もうその高校生活は、永遠に訪れる事はないのだ。


「ねえ、エイジくん」


 互いに黙り込んでいていたかと思えば、ユウナが唐突にこちらを向いた。

 その声色はやや明るかった。いや、何か吹っ切れたという感覚なのかもしれない。彼女はまるで買い物に行こうと誘うかの様に、こう提案したのだった。


「二人で青春、取り戻しちゃおっか」


 どこか悪戯っぽく、挑戦的な笑み。

 先程の寂寥感に満ちたものとも諦めたものとも違って、前向きな笑顔だった。彼女のこんな笑顔を見たのは、でもでも初めてだ。


「え? 青春を取り戻すって、どういう意味?」


 言葉の意図がよくわからず、俺は訊き返した。


「そのまんまの意味だよ。異世界転移だかのせいで奪われちゃった私達の青春を、こっちの世界で取り戻すの。もちろん、文化も生活水準も違うから、全部は無理かもしれないけど……やれる事だけでもやってみたら、私達だけの青春を作れるんじゃないかなって」

「なるほどな……」


 彼女の提案に、思わず感嘆の声が漏れた。

 もしかすると、先程黙っていた時間に、ユウナも『あったかもしれない高校生活』を想像したのかもしれない。先程俺は『それはもう訪れない』と諦めてしまったけれど、彼女はそれを踏まえた上で、別の発想を導きだしたのだ。

〝青春を取り戻す〟という表現は一見すると少しおかしいように見えるが、俺達からしてみれば正しい表現である。俺とユウナは当たり前に享受できていたはずの『高校生としての青春』を、異世界転移だかのせいで奪われてしまったのだ。その青春の日々を、彼女はこの世界で取り戻そうと言うのである。

 現実世界と全く文化や習慣が異なるこの異世界で、失った青春を取り戻す──電気やガス、水道がないこの世界でどれだけ取り戻せるはわからないけれど、確かに奪われたまま泣き寝入りするよりは気分が良さそうだ。

 また、電気やガスがない代わりに、この世界には魔法がある。それを使えばできる事もあるかもしれない。


「それに……せっかく好きな人とも晴れて両想いになれたわけだし。私としては、エイジくんと青春したいなって思うんだけど」


 顔を赤らめてこちらを横目で覗き見るユウナが可愛くて、思わずどきりと胸が高鳴る。

 そうだった。俺達、さっき告白し合ったばかりなんだった。

 付き合うかどうかというところまで言及はしていなかったけれど、あの返事は実質付き合うと言った様なものだ。


「どう、かな……? 私が勝手に言ってるだけだから、無理に付き合わなくてもいいよ?」

「い、いや! そんな事ない。いいと思う。面白そうだし……何より俺も、ユウナと青春してみたかったし」


 俺が素直にそう言うと、ユウナは「じゃあ、決まりだね」と一面に満悦らしい微笑を浮かべた。

 そして姿勢を正してお辞儀し、こう言った。


「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」

「え? あ、えっと……謹んでお受けしま、す?」


 唐突な言葉にしどろもどろになって返してみたものの、あまりにかっこがついていなくて、互いに同時に吹き出した。


「ねえ。これだとプロポーズみたいにならない?」

「あっ。確かにそうかも」


『ふつつか者ですが宜しくお願いします』『謹んでお受けします』のやり取りはプロポーズや結婚の挨拶だと聞いた事がある。それを考えると、急に恥ずかしくなってきた。

 何を告白して早々にプロポーズしてるんだ、俺は。気が早いにも程がある。


「でも、エイジくんとなら……そうなってもいいかも」

「え⁉」

「なんてね。さ、早く行こ!」


 ユウナの予想外の言葉に更に困惑していると、彼女はベンチから立ち上がって、こちらを振り返った。

 笑顔を向けているが、その頬は赤かった。きっと、自分が言ってしまった言葉で恥ずかしくなったのだろう。俺も恥ずかしくなっている。


「行くって、どこにさ?」


 俺が胡乱げに訊き返すと、ユウナは俺の手を引っ張って立ち上がらせて、嫣然えんぜんとしてこう言ったのだった。


「もちろん、青春を取り戻しに」


 異世界に転移されて魔王を倒し、帰れなくなってどうしようかと思っていたら、今度は恋人ができて青春を取り戻す局面に入ったらしい。

 魔王討伐から青春の奪還へと移行した俺達の異世界生活は、どうやらまだまだ続くようだ。

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