魔王討伐後に目指す青春スローライフ ~君との青春を異世界で~

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第1話 異世界に転移して魔王を倒したら聖女様な元クラスメイトから告白された。

「結局、帰れなかったね」


 帰郷していく仲間達の背中を見送っていると、隣に立っていた黒髪の少女がぽそりと呟いた。その言葉は独り言の様にも思えたけれど、俺に向けられて発せられた内容である事は明らかだ。

 少女の名前はユウナ。黒絹の様な艶やかな長い黒髪に白い肌、華奢な身体付きにすっきりしたやや幼い顔立ちと、美しい日本人女性の特徴を濃縮したかの様な少女だ。唯一瞳だけは生まれつき青みがかっていているが、一見すれば誰もが日本人だとわかる容姿である。

 しかし、服装に限って言えばおおよそ日本人らしくないもので、俺にとっては未だ見慣れないものだった。彼女はファンタジー作品の女神やらが着ていそうな白い聖衣を纏っているのだ。そして、その聖衣こそが彼女をの〝 聖女〟たらしめているものでもあった。

 ただ、そうとわかっていても、どうしても元の彼女を知る俺にとっては、どこかコスプレちっく(無論、コスプレなどにはない概念だが)に思えてならなかった。

 そして、一方の俺はというと、もっと酷かった。

 ユウナと同じくバリバリな日本人の容姿なのに、鎧にマントに帯剣である。どこのハロウィンパーティーに参加するつもりなのだと言われそうだが、残念ながらその勇者コスプレ野郎がでは魔王討伐に成功した世界の救世主であり、ホンモノの〝 勇者〟として世に知られている。髪を伸ばした御蔭で少しはサマになったものの、それでも自分にその服装が合っているとは思えなかった。

 そもそも〝勇者〟って何だ。RPGゲームじゃあるまいし。魔王を倒した今でもそんな実感は抱けないし、実感よりも恥ずかしさが先走ってしまう。


「……そうだな」


 こちらを振り向いて笑顔で手を振る戦士風の男と魔導師の女に向けて手を振り返してやりつつ、ユウナの言葉に応えた。

 隣のユウナを横目でちらりと見ると、彼女は穏やかな笑みを浮かべて彼らに手を振っているものの、その表情は何処か寂寥感に包まれていて、諦観さえも感じさせられた。

 きっと俺もユウナと似たような表情を浮かべて同じ様な気持ちを抱いていたのだと思う。仲間達のこれからの幸せを祈る気持ちと、使命を無事果たしたという安堵感、そして故郷に帰れる彼らへの羨望──きっとこんなところだろう。

 彼らには帰るべき故郷があるが、俺達二人は本来あるべき場所に戻れなかった。即ち、に帰れなかったのである。


「ねえ、エイジくん。久しぶりに昔の呼び方で呼んでみていい?」


 二人の背中が雑踏に紛れて見えなくなると、ユウナはこちらを振り向いて訊いた。

 そこには先程まで纏っていた寂寥感はなくて、どこかからかいの色を帯びている。帰れないという寂しさを紛らわせないようにしているのか、或いはそれを俺に悟らせないようにしているのかはわからないが、無理に明るく振舞っている様にも思えた。

 その表情は、での彼女を彷彿とさせるものがあって、久々に見たな、という気がした。


「昔の呼び方って?」


 俺もユウナの声色と表情に合わせて、普段通りのテンションで返した。

 ユウナが気持ちを切り替えて明るく振舞おうとしているなら、鬱蒼とした気持ちでいるべきではないと思ったからだ。


の呼び方、だよ」


 ユウナは悪戯げに笑って言った。

 その呼び方には心当たりがあったので「別にいいけど」と返すと、彼女は俺の方に体も向けた。そして、上目遣いでこちらを見上げてくる。

 身長は俺が一七〇センチちょいなので、背丈で言うと彼女は一六〇センチと言ったところだろうか。向かい合うと、俺がほんの少しだけ彼女を見下ろす形になるのだ。


「……瓜生うりゅうくん」


 ユウナは少し緊張した面持ちで、で俺を呼んだ。

 その海の様な青みがかった瞳でじっと見詰められて、思わず胸がどきんと高鳴った。懐かしい呼ばれ方をしたせいで、聖衣を纏っているはずなのに、記憶の中の制服姿の彼女と被って見えてしまったのだ。


「えっと……なに、真城ましろさん?」


 動揺と照れを隠す為、俺もで彼女を呼んでやった。

 その反撃は想定外だったらしく、彼女もその青色の瞳を大きく見開いていた。やや驚いた様な、それでいて少し恥ずかしがっている様な表情だ。その反応はこの国の〝聖女〟たるものではなく、高校生の女の子らしい反応で、俺をどこか安心させてくれた。


「「ぷっ」」


 互いに苗字で呼び合ってそのまま無言で見つめ合うこと数秒……俺達は同時に吹き出した。

 なんだか妙に気恥ずかしくて、むず痒い。苗字で呼ばれるのが当たり前だったはずなのに、その単語や語感があまりに懐かしくて、自分自身がその呼ばれ方に対して違和感を抱いてしまっていたのだ。おそらく、それはユウナも同じ感覚だったのだろう。

 自分の苗字のはずなのに、自分と認識できない程に懐かしくて、それでいて自分のものとも思えない余所余所しさがあった。だが、俺達は二年前……即ち、この世界に来る前までは互いにそう呼び合っていたし、他にもそう呼ぶ人は沢山いた。むしろ名前で呼ぶ人の方が少なかったくらいだ。

 しかし、今ここで俺達を苗字で呼ぶ者はいない。

 周囲を見渡せば、中世ヨーロッパ風の建物が立ち並び、俺達の背には大きな王宮がある。城下町では西欧人風の男女が日常を過ごしていて、城門の前では鎧を纏って槍を持つ兵士達が俺達に向かって敬礼していた。

 そんな、所謂中世ヨーロッパ的な世界観──どちらかというと異世界ファンタジーの世界観といった方が正しいだろうか──の前で、瓜生と真城という単語はあまりにも不似合いだ。RPGゲームで主人公の名前を決める際に自分の本名を入力してしまった時に陥るような、世界観の齟齬が生じている。

 俺達はその何とも言えない違和感に思わず笑ってしまったのだ。


「……やめよっか。なんだか、今更変な感じだよね」

「ああ。呼び慣れないし、今ではそう呼ばれる方がこっずかしい」

「私も。ほんとなら名前で呼び合う方が恥ずかしかったはずなのにね?」


 ユウナは眉根を下げて、困った様に笑った。

 その笑みに懐かしさを感じつつも、 俺は肩を竦めて「確かに」と力無い笑みを返すのだった。

 瓜生映司うりゅうえいじ真城結菜ましろゆうな──これが俺とユウナの本来の名前だ。同じクラスで授業を受けていた頃は、『瓜生くん』『真城さん』と互いを呼び合っていた。呼び合っていたといっても、それほど親しかったわけではない。よく話すクラスメイト、といった感覚だろうか。

 だが、俺達は唐突に名前で呼び合う事を強いられた。いや、正確に言うと強いられたわけではないのだが、環境的にその方が自然だったので、名前で呼ばざるを得なかったのだ。

 ではファーストネームで呼び合うのが基本で、苗字で呼び合う事は滅多にない。最初は苗字で呼び合っていたのだが、苗字が名前だと勘違いされてしまったので──世界観に合わないのでどことなく気持ち悪かったというのも相まって──自然と『エイジくん』『ユウナ』と呼び合う様になっていたのだ。

 以降、苗字を使う事も名乗る事もなくなった。名前を表記する時は、を用いるので、漢字も随分と書いていない。


「まあ、二年も名前で呼び合ってればな」

「二年かぁ……こっちに来てから、もうそんなに経っちゃったんだね」

「長かったのか、早かったのかもわからないけどな」


 ふと、その言葉で二年前の、での最後の記憶が蘇ってくる。

 バスの窓際の席に座っている制服姿のユウナ……いや、真城さんが俺に気付いて挨拶をしてくれて、それだけで俺の気持ちは青天井だった。世界で一番ツイていると思った程舞い上がっていたのを今でも覚えている。

 尤も、とても〝ツイていない〟事がその直後に起こって俺とユウナはの世界に飛ばされてしまったのだが、それはまた後々説明するとして。兎角、聖衣を纏った〝聖女〟ユウナよりも、高校生の制服を着ていた真城結菜の方が、俺の中では未だしっくりきていたのだった。


「ほんとだったら、私達って今頃高校三年生なんだよね」

「そうだなぁ……まあ、一年の一学期途中からガッコー行ってないんじゃ、進級もできてないんだろうけどさ」


 俺達がに来たのは、高校一年の六月末頃。もうすぐ期末試験で、それが終われば高校生に入ってから初めての夏休みを迎える予定だった。

 夏休みは真城さんとどうやって会おうか、お祭りや花火といった夏休みイベントに彼女を誘えないだろうか、とかそんな事ばかり考えていた様に思う。

 だが、俺達には誘ったり誘われたりする夏休みは愚か、七月さえも来なかった。厳密にいうと誘ったり誘われたりしなくても一緒にいれるようにはなったのだが、それは俺が考えていたものとは大きく異なっていた。

 誰がこんなファンタジー異世界で好きな女の子と過ごす事になるだなんて想像できるだろうか。それも命懸けで。さすがにそれは夢だとか妄想だとかラノベだとかの範疇だけであってほしかった。

 だが、この夢は醒める事はなかったし、実際に傷を負えば痛いし血も出るし下手をしたら死ぬ事も有り得る。夢でない事は明らかだった。


「少し歩こっか」


 ずっと城門の前で立ち止まっているのも変に感じたのか、ユウナがそう言って歩き出した。俺も彼女の横を並んで、二人して聖都プラルメスを歩いていく。

 この町も今では見慣れたものだが、最初の頃は如何にもな異世界といった雰囲気に目移りしてしまったものだ。

 町中には俺と同じ様に帯剣している人やマント、鎧を纏っている人達が何人もいるし、町民達の服装も俺が知っていたものとは異なっていて、中世ヨーロッパ風の住人と近い格好をしている。制服よりも勇者コスプレや聖女コスプレの方がこの町では、いや、この世界では馴染んでいるのは明らかだった。

 町の人達は俺達を見掛けると『勇者様』『聖女様』と声を掛けてきて、魔王討伐の賛辞を贈ってくれたり、有り難そうに手を合わせられたり、握手を求められたりした。今ではこれにも慣れてしまったが、最初は芸能人だか新興宗教の教祖様だかになった気分で落ち着かないにも程があったのだ。


「……やっと解放されたな」

「いつまで経っても慣れないね、こういうの」


 広場に入って人混みから解放されると、ユウナが微苦笑を浮かべて肩を竦めた。

 広場の人気がないところへ向かい、隅っこにあったベンチに腰掛けて同時に大きく息を吐く。

 勇者と聖女が人から讃えられるのが嫌で逃げているなど、笑い種である。だが、慣れているといっても、芸能人みたく揉みくちゃにされて疲れないわけがない。

 加えて、ユウナは未だに聖女様だと崇め奉られる事に慣れていない上に、大衆達の〝聖女〟のイメージを損なわない様に振舞わなければいけないので、俺よりも気苦労が多いらしい。まだ〝勇者〟の方がマシだな、と思った次第である。

 とりあえずその気苦労から解放されたユウナは、広場の噴水付近で遊ぶ子供達をぼんやりと眺めていた。その口元にはうっすらと柔らかい笑みを浮かべていて、そんな彼女の横顔を見ているだけで俺の心も癒されていった。

 ユウナは子供が好きだそうで、冒険の最中でも暇があれば町や村の子供達と遊んでいた。子供達と遊ぶ事で自分の立場や現状を忘れたかったのかもしれない。

 だが、そうした彼女の行いは更に自らを〝聖女〟たらしめるものとしていて、余計に自身を息苦しくするものとなっていた。無論、本人にしてみれば完全に無自覚だったのだろうけども、彼女の性格と〝聖女〟という役割は相性が良すぎたのだ。


「私達ってさ、どんな高校生活送ってたんだろうね?」


 ユウナは相変わらず優しい笑みを浮かべて子供達を遠目で見守りながら訊いてきた。


「さあ? でも、ユウナはきっと、でもこうして皆から愛される人生を送ってたんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

「だって、めちゃくちゃモテてただろ。その中できっと、サッカー部だか野球部だかのキャプテンみたいな人と付き合ってさ……なんか、良い感じの高校生活送ってたんじゃないかなって思うよ」


 俺は少し不貞腐れた様にして答えた。ユウナ……いや、真城結菜が数々の男子学生達に呼び出され、告白されていたのをふと思い出してしまったのだ。

 彼女はその美しい容姿から〝四宮高校の聖女様〟だとかなんだと入学早々騒がれていて──まさか異世界で本当に〝聖女〟になるとは彼女も思ってもいなかっただろうが──同級生だけでなく先輩からも告白されていた程の人気者だった。ただ容姿が良いだけではなくて、気が利いて思い遣りもある優しい性格の持ち主であった事も彼女の人気に拍車を掛けた。

 そんな〝四宮高校の聖女様〟こと真城結菜と俺は偶然同じクラスで偶然同じ図書委員になって話せるようになっていたが、本来では話す事すらままならない様な高嶺の花だった。

 そして俺は……そんな彼女に、ただ密かに想いを抱く男の一人でしかなかった。自分よりもハイスペックな男子達が振られている様を見て──或いは噂を聞いて──到底自分なんかが手の届く人ではないと端から諦めていたのだ。

 いや、諦めているくせに彼女に近付きたいと願い、諦めきれていなかった情けない男の一人だったのかもしれない。兎角、挨拶や会話ができる程度で舞い上がってしまうくらいの存在だったのだ。


「それはないよ」


 しかし、ユウナは俺の言葉をはっきりと否定した。

 少しむすっとした表情をしているところから鑑みるに、俺の回答が気に入らなかったのかもしれない。彼女がここまで物事を否定するのは珍しい事だった。


「何でだよ?」


 話の流れから、こう訊き返すのは普通だったと思う。だが、ユウナは息を詰まらせたかと思うと、顔を急に赤らめて俯いてしまった。


「だって……」

「ん? 何だって?」


 あまりにか細い声だったのでよく聞こえず、心配になって顔を覗き込むと、ユウナは視線を逸らして責める様にこちらをじぃっと上目で見上げた。

 もしかして何か怒らせてしまったのかと思い、どう取り繕うかと考えていると──彼女はこう続けたのだった。


「だって……私が好きだったのは、エイジくんだから」

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