第1話 蛟龍〜水の拳〜 第二十九節
国道9号線から府道426号線に入った所で、照真が、
「静江さん、私ちょっと帰ってから那美ちゃんに用がありまして、このままお家の方に付いて行って良いですか?」
と言い、それを聞いた静江が、
「あら、そうなの?じゃあ府道の方から帰りましょうか」
と言って、ガソリンスタンドの交差点を直進せずに、車を左折させて行く。
野原と田畑ばかりで民家もまばらな道をしばらく走ると、左手に
しかし、何やら様子がいつもとは違って、パトカーが路肩に停められていて、多数の警察官の姿があった。
「あら、竜王院さんの家に何かあったのかしら……?」
静江が車の速度を下げて養豚場の様子を見ながら走らせる。
「えっ……ここって亜美ちゃんの家だったの……?」
照真が口を手で覆い、小さな声で呟く。
昨日この養豚場が臭いと言ってしまった事を今になって思い出したようだ。
那美が一瞬だけルームミラーを見て、照真の顔を見たが、すぐに前を向き、
「何か豚泥棒が出たとか言ってたよ、ほら母さん、昨夜出かけた時の……」
と静江に言う。
「あぁ、昨夜の電話の……嫌ねぇ、豚泥棒だなんて、早く捕まって欲しいわ」
そう言って車の速度を上げる。
その途中、旧道の方にもパトカーが停められているのが見えたが、すぐに藪に隠れてしまい、一瞬で視界から遠ざかった。
それからは誰も喋る事無く、車は篠山道場の前の農道との交差点に差し掛かって右折すると、農道を走って篠山道場の
「ん……あれは竜王院じゃないか」
と那美が言った。
その視線の先には、母屋の玄関の前で、頭を
道場の前の駐車場に静江が車を停め、中の5人が降りると、母屋の前でしゃがみ込んでいた亜美は立ち上がって背筋を伸ばし、トランクから荷物を降ろす那美の姿をじー……っと見つめる。
そして皆が母屋に向かうと、静江に対して
「静江おば様、ご機嫌麗しゅう御座います、それから皆様方も」
と言った。
「亜美ちゃんお久しぶりね、どうぞ上がってゆっくりしていって下さいな」
静江が亜美にお辞儀をして言う。
「竜王院、昨日は災難だったな、他の子たちは無事だったのか?」
那美がそう言って他の豚が無事だったのかを聞くと、
「お陰様で……お父様が警察に通報してから警察の方々が沢山来られて騒々しいもので……逃げて参りましたわ」
そう言って口を尖らせる亜美。
「なるほど、そうだったのか、何だか長い時間待たせて居たようで済まなかったな」
そう那美が言う。
その間に静江は玄関の鍵を開けて、家の中へ入って行った。
「そんな事ありませんわ、つい先程到着した所だったので良いタイミングでしたわ」
オホホ、と笑う。
まぁ嘘だろうな、という事を那美は察したのだが。
「あ、亜美ちゃん、良いタイミングと言えば、那美ちゃんが良い物を買って来たから、入って一緒に遊ぼうよ!!」
照真がそう言いながら亜美の手を取り家の中へ
亜美は一瞬意外そうな表情を見せたが、ニッコリと微笑み、照真に付いて家の中へ入って行く。
那美もその後に続く。
「何だかお姫様みたいに綺麗な人ッスねー!」
小菰がテンションが上がったように言いつつ玄関をくぐる。
「恋スル乙女ハいつダッテ綺麗な物ダ」
フフフ……と笑いつつ、ナディアも玄関に入り、鍵を掛けた。
「那美さん、これって……」
居間のTVの前で買って来たゲーム機を那美が黄色いビニールの手提げ袋から出すと、亜美が驚いた表情を浮かべた。
「うん……こないだやってた格闘ゲームを今日小菰がプレイしてるのを見てたらやりたくなって来て買った」
小菰も勝手にソフトを開封しながら、
「デカいカセットっスね!!初めて見たッス!!」
とゲームカセットの大きさに驚いている。
「TVへの接続は……これでいいかな」
照真が配線をTVに繋ぎ、黒くて四角いACアダプターをコンセントに差し込む。
「竜王院、お前は来年北海道の農大に進学が決まってるんだろう、だからそれまでの間にこのゲームで……」
亜美を見つめながらしみじみと語る那美。
「那美さん……」
亜美の瞳が
……と思いきや、
「負けっぱなしだったら悔しいから勝てるまで勝負しまくるんだよ!!」
那美が拳を握りしめて叫ぶ。
「どうせそんな事だろうと思ってましたわチクショーメー!ですわ!!」
亜美が肩をいからせて叫ぶ。
「やっぱり二人共仲良いね…って、亜美ちゃん3年生だったの!?」
衝撃の事実に驚く照真。ナディアは年下だったわ亜美は年上だわで今日は驚かされっぱなしだ。
「それじゃ小菰、早速だが例のテコンドー使いで対戦するから技を色々と教えてくれるか?」
ぐぬぬ顔の亜美を放置して、ニコニコしながら小菰に話し掛ける那美。
「わかりましたッス、空手では後輩ですがゲームでは先輩ッスからビシバシしごくッスよ」
小菰がウキウキしながら応える。
「うん、よろしく頼む」
素直に頷く那美。
「あの……メモリーカードはどうする?」
ゲーム機の入っていた袋を脇に片付けていた照真が小さな白い箱を手に取って言った。
「そういやメモリーカードが使えるんスねコレ、照真パイセン、買っててくれたんスか」
小菰が目をまん丸にして言う。
「いや、私が買ったんじゃなくて、那美ちゃんが買った時に店員さんが、『沢山買ってくれたサービスです』って付けてくれてたんだけど……」
照真が苦笑しながら言う。
「そうだったのか!!良い店だなABIXは!!」
照真の言葉に瞳をキラキラしながら喜ぶ那美。きゃわいい。
「では早速対戦だ、竜王院!!」
瞳に炎を燃やして勢い込む那美。
「望むところですわっ」
と言いながらちゃっかり1コンを確保する亜美。
「じゃあ、電源入れるよ」
照真がメモリーカードをゲーム機に差し込み、電源を入れる。
メモリーカードの設定画面が出るが、
「今は何もデータがありませんし、このまま始めれば良いんですのよね」
亜美がコントローラーのレバーを動かして設定画面から抜ける。
するとゲーム機のスタート画面が出て、ゲームセンターそのままのデモ画面が始まる。
「おお〜〜」
小菰が感激の声を上げる。亜美の方を見ると、若干顔付きが変わったような気がする。
亜美はスタートボタンを押して難易度設定はNormalのままで始めると、キャラクター選択画面で左から3番目の長髪の青年を選ぶ。
先日ゲームセンターで選んでいたのと同じキャラクターだ。
「おっ、亜美パイセンは彼を使うんスね」
小菰がほぅ、といった感じの表情になる。
「それで……対戦の仕方は……と、龍王院、ちょっと取扱説明書を調べるからしばらく一人で戦っててくれ」
那美が取扱説明書を手に取って読み始める。
「ホントに根っからの初心者だったんスね……」
小菰はそんな那美に呆気に取られながらも取扱説明書とコントローラーを交互に指差しながらゲーム用語とレバー、ボタンの役割りを丁寧に解説していった。
一方、亜美の方は対戦相手のCPUキャラクターの選択では白髪の老人を選び、ゲームが始まった。
飛び蹴りや気合弾や連携技や投げ技等を状況に応じて使い分け、女忍者や太極拳使い等を相手に順調に勝ち進んで行く。
続いて大柄のプロレスラーとの対決が始まった時に、玄関のチャイムが鳴った。
そして大きな声で、
『こんちわ~、那美おるか〜』
と那美を呼ぶ声が聞こえた。那美の叔父であり、那美が師匠と呼ぶ
「師匠か……ナディア、一緒に来い」
彬の声を聞いた那美は真顔になると、ナディアを呼んで玄関へと向かった。
亜美は、そんな那美を目で追ったが、すぐに画面に目を移した。
玄関に行くと静江が鍵を開けて彬を迎え入れてくれていた。
「おぅ、那美、元気そうやな、そっちの子が留学生のナディアか」
革ジャンにジーンズというラフな服装で玄関口に立って那美に手を振る彬。片手にアタッシュケースを持っている。
しかしこうして家屋の中で見ると、彬の巨体は更に際立つ。
「ほな、邪魔するで」
そう言いながら彬が靴を脱いで上がり込むと、上り
「居間は使っとるみたいやな、ほな台所のテーブルでええか」
彬はそう言うと台所へと歩いていき、椅子に腰掛けてテーブルにアタッシュケースを置いた。
那美とナディアもついて来て椅子に腰を下ろす。
向かい側に座った二人を見ながら彬はケースを開くと、様々な書類を取り出し、
「ナディア・シモーネ。お前の留学手続きと転居届けや。ほんでお前はワシと一緒に住め」
とサラッと言った。
「何ダッテ?」
それを聞いたナディアと、横で聞いていた那美は驚きのあまり奇妙な顔になった。
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