第1話 蛟龍〜水の拳〜 第十四節
室内に飛び散った窓ガラスの破片を麻子が掃き集める。
絨毯に飛び散った細かい破片は、後日外で
「全くもう……外から上がる時はちゃんとチャイムを鳴らして玄関から入って来ないとダメでしょ!」
そう言いつつプンプン怒ってる麻子。いや、そんな問題でも無いと思うが……。
那美に叩きのめされてすっかり戦意を失った侵入者の少女は、靴を脱がされ、うなだれてあぐらをかいて座っている。
那美に斬り裂かれた服がはだけて股間が丸見えだが気にしては居ないようだ。
ちなみに那美は照真が持って来たバスタオルを身体に巻いている。
というより、バスタオルが大きく見えてしまい、バスタオルに巻かれてるみたいでかわいい。
「お前は一体何者だ。それに何の目的で襲って来たんだ」
氷のように冷たい口調で那美が少女に訊ねる。
「……」
少女は答えずにうなだれたままだ。
「私は気が短いぞ、もう一度しか聞かんがお前は何者だ。何の目的で来た」
黙っている少女の髪を乱暴に掴んで那美が聞く。
「那美ちゃん!乱暴はいけないよ!!」
那美を止めようとした照真を手で制する那美。
「オ、オマエがミヅチか」
髪を引っ張られた少女がやっと言葉を発する。
「質問してるのはこっちだ、その首を叩き落として庭の
手刀を掲げて脅す那美。
「……Sol Ardente Igreja……」
観念したのか、何やら聞き覚えの無いような言葉で言う。
「何だって?」
聞き返す那美。
すると今まで黙っていた史郎が、
「ソル・アーデンテ・イグレヤ……ポルトガル語みたいだね、さしずめ『燃える太陽教会』とでも言った所かな……?」
と言った。
それを聞いて、
「ソウダ。私はイグレヤのCeifador Del Pescoço……処刑人ダ」
少女は物騒な言葉を発した。
それから改めて少女が話した内容は、自分は南米大陸のベネズエラ、アマソナス州のアルト・オリノコという町の近くの密林地帯にある『燃える太陽教』という宗教団体に所属しており、大阪の安田会が関西空手道協会を乗っ取ろうとしたのも、そこを『燃える太陽教』が接収し、教会支部としようとしていたからで、
当初は理事長の
「それで……父を追いかけて来て、証拠品の短剣を回収したなら、そのまま帰れば良かったんじゃないのか?」
父を狙った犯人が目の前に居るという事への怒りの感情を押し殺しつつ、那美が問う。
「イグレヤは言葉より実質を重ンジル……一度狙った相手ヲ逃シタままでは、私がイグレヤにSilbato De La Muerte……命を狙ワレル」
暗い表情で少女が言う。
「どうやって
那美が聞くと少女は、
「車ノ中の車検証を見タ。そして夜に着イテ様子を伺ッテイタ」
危ない所だった。
彼女が夕方に着いていたら、父の見舞いに出掛けた母や他の道場生達の命を狙っていたかもしれないのだ。
「ソシテ道場の戸締まりヲしたオマエを見て関係者ダト判断シタ」
そう言う少女の言葉に、ギリッと歯軋りをする那美。
その様子を見た少女は、冷や汗を流しつつ、
「何にシテモ、計画ハ失敗だ、殺スなり警察に突き出スなり、好きにスルガ良い」
すっかり諦めたのか、少女はうなだれていた頭を更に落とす。
「だったら、逃げちゃえば良いんじゃ無いのかな?」
それまで話を聞いていた照真が言った。
その言葉を聞いた少女と那美は目を白黒させて呆然とした。
「那美ちゃんのお父さんを追ってあなたが一人でこの町に来た事は、今ここに居る私たち4人以外誰も知らないんでしょ?それに警察に逮捕された後は国に送り返されて殺されちゃうんじゃないの?」
照真の言葉に少女は考え込む。
「それから、警察に捕まらずに大阪に帰っても計画の失敗を知られたら殺されちゃうんでしょ?そんなバカな事があって良いはずないよ」
そこまで言ってから、照真はハッと気付いたように、
「何か勝手な事を言ってごめんなさい、命を狙われたのは那美ちゃんのお父さんと那美ちゃんなのに……」
その照真の言葉に那美もひとしきり考え込んだ後に、
「確かにそうだ、そうなんだが……」
そう言った瞬間、那美は少女の後頭部に当て身を喰らわせる。
不意を突かれた少女は気を失って倒れ込んだ。
「那美ちゃん!?」
照真が驚く。
「大丈夫、気絶させただけだよ……照真」
那美がそう言いつつ照真に向き直り、
「さっきの毛布とキッチンラップを持って来てくれるかな……?私はこの子の様子を見ておくよ」
と言った。
その後、思い出したように、
「それから私のジャージと下着も」
照真が運んで来たキッチンラップを受け取った那美は少女の手を後ろ手に括ると、毛布と少女が身に着けていたポンチョとキッチンラップで身体もグルグル巻きに縛る。
そして下着とジャージを身に着けると、簀巻きにした少女に靴を履かせて、肩に担ぎ上げ、
「この子は家に運んで後で師匠に任せるよ」
と言い、史郎と麻子に、
「ごめんなさい、私がお邪魔してしまったせいで迷惑を掛けてしまってすみませんでした」
と、深々と頭を下げた。
それを見た史郎は、
「良いよいいよ、いきなり飛び込んで来た子だけど、事情を聞けば大変な境遇みたいだし、殺されちゃうのは可哀想だもんね」
と言ってくれた。
本当なら今すぐにでも警察を呼びたい筈であろうに。
そして麻子も、
「良かったらまた一緒に遊びに来なさいな、でも、今度はちゃんと玄関から、ね?」
と気にしていない様子だ。
だが流石の彼女でも本音ではもっと文句くらいは言いたい筈だ。
それを聞いて那美は、もう一度深々と頭を下げると振り返り、玄関へ向かった。
「那美ちゃん!!」
その背に照真が呼びかける。
ピタリと止まる那美。だが振り返る事も無く返事も無い。
「その……気を、付けてね……」
その言葉に手を上げて返す那美。
そしてドアのチェーンを外し、鍵を開けると、ドアを出ていった。
だが、出ていく時に
「それじゃ、またね……」
と小さな声で言ったのを、照真はしっかり聞いていた。
那美がドアを閉め、帰って行った後、照真はフラフラと自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
ドッ、と疲労感が押し寄せる。
それと共に、友達の命を狙って殺し屋が家に侵入して来た事実を思い出し、今更ながら恐ろしさが襲って来た。
それからあんな小さな那美がこれからその殺し屋を連れて家に帰るという状況に、深い同情を抱いた。
そしてそんな那美に何もしてあげられなかった自分が情けなかった。
それらが全部ごちゃ混ぜになり、頭の中が混乱して来たら、今度は何だか涙が溢れて来た。
「………………!!」
涙は次々と溢れ出して来て止まらなかった。
そうすると何故だか悲しくて怖くて惨めになって来て、声を上げて泣いた。
泣いて泣いて泣きじゃくって、泣き疲れた照真は、服を着たままで眠ってしまった。
照真が眠ってしまってしばらくすると、麻子が部屋に入って来て、眠る照真に布団を掛けると、部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます