第1話 蛟龍〜水の拳〜 第二節

 ―――京都府福知山市篠山ささやま町、福知山篠山高等学校。


 それが照真の転入して来た高校である。


 福知山市の北西部、兵庫県豊岡市但東町と県境を隣接する山中にあり、要するに田舎であった。


 大阪から引っ越して来た照真は、最初に母から聞いた、


『篠山町は京都の北の方で、空気の美味しい良い町よ〜』


 という言葉を鵜呑みにして、京都ならどこかしらに書店はあるだろうし、漫画を買いに行く心配はしなくていいかな、と安心し、更に京都という言葉から落ち着いた古都の朱塗りの寺社の前をぽっくりを履いて和傘を差した綺麗な舞妓はんが静静しずしずと歩き、何故か大型書店と京都タワーと大文字焼きの山が背景にあるというメルヘンチックなイメージを抱いていた為、引っ越し当日父が運転する車が福知山市に入り国道9号線を離れて何も無い山中へどんどん進んで行き辺りが山だけになった時には、脳内に勝手に作っていたイメージは木っ端微塵になり、


「嫌ぁぁぁぁぁ!!てるちゃんお家帰るぅぅぅぅぅぅ!!!」


 と泣きながら絶叫した。


 だが暢気な父は、

「そうかそうか、照真はそんなに新しい家が楽しみなのか」

 とニコニコ頷いて、対向車が来る気配の全く無い山道を飛ばすのであった。


 またあの時の事を思い出してしまった――。


 落ち込んだ気持ちで照真は校門を出ると、学校前の勾配こうばいは緩やかだが長い坂道から町の風景を見下ろした。


 夕暮れに映える田園風景の向こうに集落が見え、家々には明かりが灯りだしている。


 風光明媚、といえばそれはそれで間違い無いのだが、大阪の街中で育った照真の目にはやはりただの田舎の風景にしか映らなかった。


(早く帰ろう……)


 校門から多くの生徒たちが出てきてそれぞれグループを作ったりして下校をしていく中で、他に一緒に帰る友人も居なく一人きりで何だか寂しい気持ちになってしまった照真は、とぼとぼと長い坂道を下りて行った。


 幸い家は学校から近く、バス通学や自転車通学を選ばなければならない程遠くは無くて、そこだけは気持ち的に楽になれる部分だった。

 だが、もし自転車通学を選んだとしても、根っからのインドア派でひ弱な照真の脚ではこの長い坂道は登り切る事は出来なかったであろう。


 今日は帰ったら最近読み始めた妖怪退治ものの漫画の続きを読もう、と決めていた。


 その漫画は照真の祖父の漫画コレクションの中の一つのシリーズ物で、神社の家に生まれた主人公の少年が、家の地下に封印されていた怪物と偶然出会い、

 襲われそうになりながらも不思議な槍の力で怪物を撃退し、その後色々ありつつまた別の怪物を二人で退治した事で、怪物と奇妙な信頼関係を築きつつ、各地に現れる怪物を退治していく……といった冒険伝奇アクション漫画であった。


 力強いタッチでダイナミックさを感じる迫力満点の絵柄と奇怪ながらも不思議な魅力と心に染みる物語に照真は一気に引き込まれて行き、一冊また一冊と読み進める内に夜ふかしして、母に

「もう寝ないと明日遅刻しちゃうわよ〜」

 と言われたのでようやく切り上げたのだった。


 母は温厚で滅多に怒らない性格の人だが、すぐに泣きべそをかいてしまうのが可哀想で照真は反抗はしなかった。


 それはそれとしてあの超面白漫画の続きを読むのが楽しみで、気分はやっと上向きになって来た。

 田んぼ道から集落の中に入ってもうすぐ家かと思う安心感もある。


 そこまで楽しみなら漫画本を学校に持って来たりはしないのかと言うと、やはり祖父が大切にしているコレクションだから持って行くのは良くないと照真は自重していた。そういった辺り真面目な良い子ではあるのだ。


「おい、そこの姉ちゃん」


 昨日まで読んできたエピソードの内容を頭の中で反芻はんすうしつつ歩いていた照真は、突然掛けられた声にビクッと驚いた。


 その声でやっと気付いたが、農協の敷地内のコイン精米機の前に十人程の他校の男子学生がたむろしているのが見えた。


(えっ……な、何?)


 外見は髪を金髪にしたりパーマを当てたような一団で、皆見るからに不良学生、といった外見をしている。


 照真はいきなり声をかけられた事も相まって怯えながら、もしかしたら自分じゃない誰かを呼んだのじゃないかと周りを見回したが、やはり自分に向かって呼び掛けられたのだと改めて気付き絶望した。


「な……何でしょうか」

「おめー、篠山高校の生徒だろ、御槌知らねぇか?」


 照真に声をかけて来た男子学生は、金髪のツーブロックヘアでのっぺりとした垂れ目がちな顔に短い丈の変形学生服を身に付け、下に赤いシャツを着て、工事現場の人が穿くようなダブダブの変形ズボンを穿いた背の低い男子だった。

(もっとも女子ながら身長が181cmある照真の背が高過ぎるという事もあったが)


 何だか前に見た宇宙怪獣みたいな顔だな……と照真は思った。祖父のビデオコレクションで新旧様々な特撮番組や映画等も色々見ているのだ。


「みづち、って……御槌那美さんですか……?」

 言ってしまってから、しまった、と照真は思った。

 人違いだったら御槌さんに迷惑がかかってしまうかもしれない……。

 しかしそれを聞いた宇宙怪獣……じゃなくて不良学生は、


「そうだよ、その御槌だ、今日は学校来てたのかよ?」


 どう答えれば良いのか、誰か大人にでも助けを呼ぼうか、照真は怯えながら辺りを見回したが他に人はおらず、

 通りがかった下校中の生徒達も不良達に見つからないように手前の道を曲がって行ってしまう。


「どうなんだよ、御槌だよ、ミ・ヅ・チ!聞いてんのかよ、アァン!?」


 辺りをキョロキョロ見回しながらなかなか答えようとしないのっぽの女生徒に苛ついたようにその不良が精一杯凄味を効かせて詰め寄ろうとしたその時、


「私に何か用か」


 一人の女性徒がその場に通りかかり、声を掛けてきた。

 その女生徒、御槌那美みづちなみは黒いおさげ髪を左右に垂らし、小柄な身体を制服に包み学生鞄を手に下げて鋭い眼差しで不良たちを睨みつけている。


「テメッ、御槌……!!」

 照真に詰め寄った不良の宇宙怪獣風の顔が強張る。


「その子は無関係だろう……もう行って良いよ」


 その不良学生に冷たく言い放ち、照真にこの場を離れるよう促す。


「お、おう、こないだはよくもやってくれたよな、あん時の礼をタップリしてやろうじゃねぇか、それに今日は斗升とます先輩にも来て貰ってんだよ」


 以前篠山高校の生徒をカツアゲしている所を那美に見付かり喧嘩を売ってこてんぱんに叩きのめされ酷い目に遭った(自業自得だが)不良学生が後ずさりしながら言う。


「あの時は『二度と篠山の生徒には手は出さない、他の人にも迷惑はかけません』って言っていたな」

 那美がゆっくりと歩を進める。


「う、うっせぇ!!おい、みんな!!」


 不良学生が叫ぶとコイン精米機の前にしゃがんでたむろしていた不良たちが立ち上がった。

 それぞれ手にはバットや鉄パイプ等を持っている。


「そいつがミヅチか、何だ、ちびっこいガキじゃねぇか」


 その中でもずば抜けて大柄な男が言った。手には重そうな鉄の鎖を持っている。


「そうです!斗升先輩、お願いします!!」


 大柄な男は照真より更に背が高く、体格もがっしりとしたいかにも自らの腕っぷしを誇る喧嘩自慢の大男に見えた。


 照真は、大変な事になって来た、これはお巡りさんでも呼ばないといけない……と道を挟んだ電柱の影に隠れながら思いつつも恐怖に身が竦んで動けずにいた。


「うぉらぁ!!!」

 那美に向かって真っ直ぐ突っ込んで来た大男が鎖を那美目掛けて振り回した。

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