第四十二話

 まさかと思って桐山が聞くと、佐野が答えた。

「そうです。ディズニーランドのシンデレラじょうでは、挙式きょしきすることができるんです」


 そして佐野は、大きな声でさけんだ。

「お二人とも、おしあわせにー!」


 他人の幸せを心から願っているような佐野の表情を見て桐山の心は、再びざわめきを感じた。


 ●


 次の日。桐山が商品開発課に行くと早速さっそく、里美に声をかけられた。工場で試作品しさくひんができたから、行ってみてと。桐山と佐野は、すぐに会社のビルのとなりにある中規模の工場に向かった。


 工場に入ると佐野は早速、工場長こうじょうちょう八神やがみに声をかけた。

「おはようございまーす、八神さん!」


 すると八神は、答えた。

「おお。おはよう、佐野ちゃん。それに桐山、久しぶりだな」


 桐山は、頭を下げた。

「お久しぶりです、八神工場長」


 八神は、白髪頭しらがあたまをかきながら少しけわしい表情で告げた。

「全く今回は、とんでもねえ無茶むちゃぶりをしてくれたな。今の物より、カロリーが半分のスイーツを作れだなんて」

「でもそうしないと、売れないんですよ。売れなかったら八神さんも、困るでしょう?」


 八神は、豪快ごうかいに笑った。

「はっはっはっ! ちげえねえ。商品が売れなかったら、給料をもらえなくて飯が食えねえな!」

「で、できたんですよね? 試作品?」

「ああ。昨日きのう、残業してやっとな。二人とも食ってみるか?」


 佐野は、元気よく答えた。

「もちろんです!」


 そして八神から手渡された、ドーナツをかじった。

美味おいしい! 外はカリッと、中はふんわり。そしてちゃんと甘い! 美味しいです!」

「そうかそうか。よ、桐山。お前も食ってみろ」と八神は、桐山にドーナツを手渡した。


 食べてみた桐山は、思わずうなった。

「うーん……、美味しいです。すごく」


 そして、続けた。

「八神工場長! 他のスイーツの試作品は、いつできますか?!」


 八神は、少し考えてから答えた。

「うーん……。今週中ぐらいかなあ……」


 桐山は、頭を下げた。

「よろしくお願いします!」


 八神は再び、豪快に笑った。

「おう! まかせとけ! がはははは!」




 桐山と佐野は工場を出ると、夏草なつくさ絨毯じゅうたんに一本だけ伸びている小道を歩いていた。

 すると桐山は、急に立ち止まった。佐野は、どうしたんだろうという表情で桐山を見た。


 桐山は、真剣な表情で告げた。

「あの、僕……。佐野さんのことを好きになったのかも知れません……」

「え? どうしたんですか、急に?」

「はい。仕事に真剣に取り組む佐野さん、人の幸せを祈る佐野さんを見ていたら、佐野さんのことしか考えられなくなってしまって……」


「でも私、恋に関しては、ワガママですよ? できるだけ一緒いっしょにいたいし、声も聞きたいし、毎週デートもしたいです」

「はい。それでも、かまいません……」


 すると佐野は、静かに告げた。

「あーあ。桐山さんも、恋にちちゃったかあ……」

「堕ちる?」

「はい。ねぇ、桐山さん、知ってる? 恋って、するものじゃなくて、堕ちるものらしいです。

 そして恋をすることは、罪らしいです。堕落だらくすることらしいです」


 次の瞬間、桐山は佐野を抱きしめてキスをした。

 くちびるが離れると佐野は、微笑ほほえみながら告げた。

「あーあ。会社でしかも仕事中にキスをするだなんて、桐山さんは完全に『堕ちました』ねえ……」

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