第三十九話

 佐野は、それなら多く買った方が得かな? という表情になって口を開いた。

「それでは我が社としては、多く買わせていただき……」


 しかし桐山が、さえぎった。

「多く買うのは、ちょっと待ってください。佐野さん」

「え? どうしてですか? 値引きしてもらえるんですよ?」

「でも今回は、商品開発のために買うんですよね? それなら少量で良いと思います」


 そして担当者に聞いてみた。

「商品開発に成功して本格的に生産する場合には、多く買わせていただきます。その時に値引きしていただきますか?」


 担当者は、笑顔で答えた。

「ええ。もちろんです」


 そのやり取りを見て佐野は、桐山はまだ若いが相当仕事ができる男性だな、と感心した表情になった。




 工場での商談がまとまった二人は、タクシーで津駅つえきに向かった。そしてお土産に、お餅の上にこしあんをのせた『赤福餅あかふくもち』を買って名古屋駅に移動した。


 次の日、佐野は里美に『赤福餅』を差し出しながら、商談がうまく行ったことを説明した。


 すると里美が、聞いてきた。

「どう? 良い経験になったでしょう?」

「ええ、まあ……。でも桐山さんがいなかったら、うまく行かなかったかもしれません……」


 そして佐野は、聞いてみた。

「あ、あの、里美さん……。桐山さんって今、彼女はいないんですよね?」


 里美は、うん? これはねらい通りか? という表情であおった。

「うん。今は、いないんだって。でも桐山君を気にしている女子社員は営業二課に、たくさんいたよ~。見た目も良くて、仕事もできるからね~」


 佐野は、少し落ち込んだ。

 すると里美は、桐山に興味があるなら食事にでも行ってみればと提案した。


 だが佐野は、顔を左右に振った。

「ダメですよ、私は……。桐山さん、真面目だから私みたいな女……」


 里美は、こんな佐野を見るのは初めてだった。そしてこれは相当、桐山にれているな、という表情になった。

 だから、助け舟を出した。

「じゃあ私も含めて今日、三人で食事しようよ! 桐山君は、こっちでの仕事は終わって明日から営業二課に戻るんだから『おつか様会さまかい』ということで!」


 佐野の表情は、うれしさでくずれた。

「ありがとうございます! 里美さ~ん!」


 すると里美は、佐野と桐山のためだと気合が入った。早速さっそくスマホで、良い店を探した。

 そして終業時刻になると、里美は桐山をさそった。『お疲れ様会』をしようと。


 桐山は、ちょっと戸惑とまどった表情になった。

「はあ、まあ……。里美さんが、そう言うなら……」

「佐野ちゃんもくるけど、いいよね!」

「はい……」




 そして里美と佐野と桐山は、テーブルや椅子いすは木製で照明が適度にライトダウンされた焼鳥屋に入った。

 レストランだと、ちょっと緊張しちゃうかな? それならお酒も飲めてリラックスできる焼鳥屋の方が良い、照明の雰囲気も良いし適度な暗さは女を引き立たせるから、という理由で里美が選んだ。


 ビールと、むね肉焼鳥、レバー、つくね等を頼み、それらが運ばれてくると里美が音頭おんどを取った。

「それじゃあ、カンパーイ!」


 桐山は三人しかいないことを疑問だと聞くと、里美は今日は桐山と佐野の『お疲れ様会』だからと説明した。


 桐山は一応、納得したようだった。

「ふーん、そうですか……」


 ビールを飲みアルコールがまわり良い感じになった里美は、切り出した。

「ねえねえ、桐山君。ぶっちゃけ、佐野ちゃんのことをどう思う?」


 佐野は飲んでいたビールを、吹き出しそうになった。

「ちょ、ちょっと里美さん?!」


 里美は、まあ、いいからと佐野をなだめると、再び聞いた。

「ねえ、どう、桐山君?」


 桐山は、少し考えてから答えた。

「えーと……。取りあえず、仕事ができる女性だと思いますよ。あと、可愛いと思います」


 佐野はアルコールで少し赤くなっていたが、更に赤くなりうつむいた。

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