ちょっと長い、後日談

第三十六話

 あれから一年がち、少し暑くなってきたがエアコンを使うにはまだ早い、七月上旬の朝。


 私と里美さとみはテーブルで向かい合って朝から、ため息をついていた。

「はあ……」

「はあ……」


 私は朝からため息をつくとは、せっかくの朝食の場を、暗くしてしまったかな? と思いつつ、どうしたんだろうと気になって里美に聞いてみた。


 すると里美は何でもないと答えて、提案してきた。

「ねえ、信吾しんご。もう一人、子供を作らない?」


 里美は自分は一人っ子で、少しさびしかった。だから一人息子の勇太ゆうたも寂しくないようにもう一人、子供を作ったらどうかと話した。勇太も二歳になり、だんだん手がかからなくなってきた、というのも理由だった。


 実は私も一人っ子で、子供のころ兄弟がいる友達がうらやましいと思った記憶があるし、政府の政策で子供が作りやすくなってきたと考えていたので賛成した。


 すると里美は、右手を高々と上げて宣言した。

「よーし! がんばってもう一人、子供を作るぞー!」


 私は、ちょっとれながらも答えた。

「あ、ああ。そうだな……」




 その日、会社に行き営業二課の課長の席に座ると早速さっそく、一係の平井ひらい桐山きりやまが暗い表情でやってきた。私はおそらく、昨日きのうのプレゼンがうまく行かなかったのだろうと見当けんとうを付けたが、それは当たってしまった。


 まず係長で責任者の平井が、頭を下げた。

「申し訳ありません、課長。昨日の大結だいけつスーパーでの、『ゴールドスィーツ・シリーズ』の第三弾のプレゼン、うまくいきませんでした……」


 続いて昨日プレゼンをした、桐山も頭を下げた。

「大変、申し訳ありませんでした!」


 大結スーパーは一係の得意先だったので、プレゼンを失敗した二人はショックを受けているようだった。


 しかし私は一昨日おととい、二係が得意先であるSSデパートで、やはり『ゴールドスィーツ・シリーズ』の第三弾のプレゼンがうまく行かなかったと報告を受けていたので一係も、もしかするとうまく行かないのではと考えていた。


 ただ、海外と専門的に取引をしている営業一課によると中国にだけはまだ、『ゴールドスィーツ・シリーズ』の第一弾と第二弾は売れているようだった。


 SSデパートでのプレゼンがうまく行かなかった理由は、『ゴールドスィーツ・シリーズ』の売り上げが落ちているから、とのことだった。SSデパートでも、今まで売れていた『ゴールドスィーツ・シリーズ』の売り上げが落ちたので不思議に思い客に調べてみると、『スィーツを食べ過ぎて、太ってしまったから』だったそうだ。


 一応、平井にも理由を聞いてみると、やはり同じだった。『ゴールドスィーツ・シリーズ』のスイーツは美味しい、でも食べ過ぎて太ってしまったという理由で大結スーパーでも売り上げが落ちてしまったから、というのが理由だった。


『ゴールドスィーツ・シリーズ』は特別な日に食べる、ちょっと高価で美味おいしい物というコンセプトで開発されたのだが、その美味しさで平日でも売れていた。


 第一弾、第二弾が好評だったので第三弾としてドーナツ、タルト、ワッフル、大福もち、ゼリーの五つを開発した。


 しかし、まさか食べ過ぎて太ったから売れなくなるとは……、これは私にも予想できなかった。早急に対策を考える必要があった。


 取りあえず私は、平井と桐山に声をかけた。

「まさか、こんなことになるとは誰にも予想できませんでした。君たちの責任ではありません。


 これは『ゴールドスィーツ・シリーズ』のコンセプトをもう一度、考えなくてはならないことです」


 すると両脇をり上げている髪型で、はっきりとした目元めもとで、少し四角いあごをしている桐山が話し出した。

「あの、清水しみず課長。実は僕、一つ考えていることがあるんですが……」

「うん? 何だい?」

「あ、いえ……。やっぱり考えがまとまってから、お話します……」

「そうですか。それじゃあ、そうしてください」


 桐山は、私の目を真っすぐに見て返事をした。

「はい!」


 ●


 同時刻、商品開発課。二係の係長、里美も頭をかかえていた。里美の後輩の佐野さのと、神崎かんざきが朝からイチャついていたからだ。


 佐野は猫なで声で、神崎に甘えた。

「えーん、神崎さーん! 実は私、また彼氏と別れちゃったんですー!」


 神崎は両手で、佐野の両手をつつむと言い放った。

「あー! なんて可哀かわいそうな佐野ちゃん! 僕でよかったら、いつでもなぐさめてあげるからねー!」

「ありがとうございますー! 神崎さーん!」


 佐野は、いわゆる小悪魔系で男にモテた。髪は肩までのユルフワで、物憂ものうげな目元で、丸いあごをしていた。でも付き合って三ヵ月もすると、『たよりがいが無い』、『ファッションのセンスが無い』等と理由を付けて男と別れた。つまり、きっぽかった。


 一方、神崎は結婚して三人の子供がいるが、女好おんなずきだった。それでも職場で複数の女と親しげに話をするだけで、いわゆる不倫をしたなどのウワサは無い。だが、この二人が近づくのは危険だった。


 そんな二人を見て里美は、ダ、ダメだ、こいつら……、放っておいたら、ただれた関係になるのは時間の問題だわ……、という表情をした。不倫や浮気等の不誠実ふせいじつなことが嫌いな里美は、私の目が黒いうちは私のまわりで不倫なんかさせないわ! という表情で佐野に仕事の指示を出して、何とか二人を引き離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る