第三十五話

 三年後の五月の朝。


 私はキッチンにいる、里美に起こされた。

「ちょっと信吾、起きて! 勇太ゆうたが、ちょっとぐずってるの。あやしてあげて!」


 私はベットからい出て、パジャマのまま一歳の勇太をきかかえると、小刻こきざみに左右に揺らしだした。 


 すると勇太は

「ママ、ママ」と話し出したので

「ママじゃないよ、パパだよ」と言ったが

「ママ、ママ」とり返した。


 それでも、ぐずりが直ったので再びベビーベットに寝かせた。

 勇太は目元は私に、鼻と口は里美に、そっくりだった。名前は、どんな人生の困難こんなんにも勇気を持って立ち向かって欲しい、という願いを込めて里美と一緒に考えて付けた。


 私は部屋着に着替えベランダに出て小雨こさめの中、タバコを一本吸った。


 リビングに入ると里美に、せかされた。

「もー! また、のんきにタバコなんか吸って! 私、今、朝ご飯を作っているんだから、食器ぐらいテーブルに出してよ!」


 私は食器棚から茶わん、おわん、皿を出した。

 今朝のメニューは、ご飯、目玉焼き、カリカリじゃこの大根サラダ、キャベツのみそ汁、にんじんの漬物つけものだった。みそ汁はいまいちダシが取れていなかったが、にんじんの漬物は美味かった。


 テレビから、男性アナウンサーの声が聞こえた。

「それでは今日の天気予報を、お伝えします。昨夜さくやから降り続いている雨は、今日の昼頃には止む見通しです。気温は平年並みか、やや高く……」


 私が、ふと正面を見ると里美が、勇太に笑顔で食べさせていた。

「はーい、勇太。ご飯、たくさん食べてね。マグロとわかめのぜご飯、美味しいでしょう? うま、うま、でしょう?」


 その様子を見ていて、私は幸せな気持ちになった。


 朝食の後、食後の一服いっぷくをしようとすると再び里美に、せかされた。

「あー、まさか、またタバコを吸おうとしてるんじゃないでしょうね?! 勇太を保育園に預けたら今日は、すぐ会議で私、忙しいんだから、そんなひまがあったら洗い物とか手伝ってよ!」


 里美は商品開発課の二係の係長、私は営業二課の課長になっていた。神崎は商品開発課の課長代理になった。それは神崎の能力を認めたうえで、いろいろな部署ぶしょで経験をんでほしい、という人事部の考えだった。そして平井が営業二課の一係の係長になっていた。


 ちなみに神崎には三人目の子供が、できていた。


 私は

「はいはい」と返事をして、手にしていたタバコをテーブルの上に置くと、洗い物を手伝った。私がタバコを吸う本数は、また減っていた。


 私はスーツに着替えてカバンとかさを持ち玄関で、告げた。

「それじゃあ、先に会社に行くから」


 すると里美が勇太をかかえてけてきた。

「あー、ちょっと待って!」


 そして目を閉じてくちびるき出してきた。

「はい。行ってきますの、チューは?」


 私が軽くキスをすると、里美は私を送り出した。

「それじゃー、いってらっしゃーい! 勇太もパパに、いってらっしゃーい!」と勇太の右腕をにぎり、無理やり左右にった。


 私には里美と勇太という新しい生きがいが、できていた。


 マンションのエレベーターに乗り、一階に下りた。マンションを出て歩きながら傘を差そうとした時、気づいた。誰も傘を差していない。


 そうか雨は、もうんだのかと思い見上げると青空には、きれいなにじが、かかっていた。


 私は傘を差すのを止め、会社に行くためにバス停に向かって歩き出した。

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