第三十二話

 木曜日の昼。私は会社の近くのうどん屋で神崎と、かけうどんを食べていた。黒いテーブルと椅子いすがある、落ち着いた内装ないそうだった。


 すると里美から電話が、かかってきた。

『はい、もしもし。どうした、里美?』

『あ、信吾? 突然だけど明日の夜、あいてる?』


 急に予定を聞かれて、何事なにごとかと私は少し不安になった。

『え? ああ、あいてるけど、どうした?』

『うん、私たち婚約したでしょう? そしたら麻理が、ぜひ信吾に会いたいって言い出して……。よかったら明日の夜、私と麻理と信吾で食事したいんだけど……』


『麻理さんって、里美の親友の?』

『そう。どうかな、ダメかな?』


 私は、『ほっ』として答えた。

『いや、いいよ。俺も一度、麻理さんに会ってみたいと思っていたんだ』

『そう。それじゃ、明日の七時に市内のレストランで待ってるから』

 と里美は、レストランの名前を告げた。


『うん、分かった。それじゃあ』


 電話を切ると、さっそく神崎は軽薄けいはくな笑みを浮かべた。

「え? 何? 何? 里美ちゃん、お前を親友に紹介しちゃうの? こりゃあ、気を付けないとな。もしその親友が、お前のことを気に入らなかったら、婚約破棄こんやくはきになったりして」


「おいおい、怖いこと言うなよ。でも、大丈夫だと思うぞ。里美から聞いた話だと、しっかりした人だから俺と直接、会って話をしてみたいだけだと思う」

「ふーん、何だ。何か、つまんねーの」

「おいおい、つまんねーのって……」


 すると神崎は、右手で私の背中を軽くたたいた。

「冗談だよ、冗談。お前なら多分、大丈夫だって」

「だといいけどな……。うーん、やっぱり少し緊張してきた」

「大丈夫だって。お、もう、こんな時間か。そろそろ会社に戻るか。ここのうどん、美味いから結構、客が並んでたもんなあ」

 と私たちは、席を立った。 




 金曜日の午後七時。私は少し緊張しながら、レストランに入った。そこは緑にかこまれ、自然を感じられるレストランだった。


 するとすぐに里美が私を見つけて、手招てまねきした。

「あ、信吾。こっち、こっち!」


 私がテーブルに着くと、里美は聞いてきた。

「信吾、私たちと同じ、カルボナーラ・サラダセットでいい?」

「うん、いいよ」


 里美は店員を呼び注文を済ませると、紹介を始めた。

「えー、信吾。こちらが高校からの親友の麻理です」


 私は立ち上がり麻理の方を向いて、挨拶あいさつをした。

「初めまして、麻理さん。このたび、里美と婚約した清水信吾です。よろしくお願いします」


 すると麻理も立ち上がった。

「初めまして、町田まちだ麻理です。よろしくお願いします」


 すると里美に、うながされた。

「まあまあ、二人とも。そう硬く、ならずに。座って、座って」


 私と麻理は、再び椅子に座った。


 すると麻理は言ってきた。

「信吾さんって里美に聞いた通り、真面目まじめそうな方ですね」


 私も感想を言った。

「麻理さんも里美に聞いていた通り、しっかりしてそうな方ですね」


 すると麻理は、言ってみた。

「でも信吾さん、里美と付き合うのは大変じゃないですか? この子、確かに明るいですけど、わがままで、頑固がんこで、後先あとさき考えずに行動しちゃうようなところがあるから」


 里美は当然、文句を言った。

「えー。ちょっと麻理、それってひどくない?! もっと私のことをめてよ!」


 私は思っていることを、そのまま告げた。

「まあ、確かに、そういうところもあると思います。でも私は里美のことを、明るくて、積極的で、そして一途いちずな女性だと思っています」


 里美は、麻理に促した。

「うん、うん。さすが信吾は、よく分かってる。麻理、こういう風にちゃんと私を褒めなさいよ!」


 麻理は、頭を下げた。

「ありがとうございます、信吾さん。里美の良いところを、ちゃんと分かってくださって。これからも里美をよろしくお願いします。

 そして婚約、おめでとうございます」


 私も、頭を下げた。

「はい。ありがとうございます」


 里美は、少しれた。

「え? こういう空気になっちゃうと、これはこれで何かずかしいなあ……」


 すると、料理が運ばれてきた。


 里美は、説明した。

「信吾。ここのカルボナーラは卵とパスタがよくからんでいて、美味しいの。そしてサラダは契約けいやく農家から直送される、無農薬有機むのうやくゆうき野菜なの」


 私は、感想をらした。

「へえ、それは美味しそうだな」


 すると、麻理が聞いてきた。

「そしてこの料理には、白ワインがよく合うんです。信吾さん、よかったらいかがですか?」

「はい。いただきます」


 料理を食べながら麻理は、少し顔をくもらせた。

「信吾さんの奥さんのこと、里美から聞きました。つらかったでしょうね……」

「はい。でもそれは里美も同じことだと思います。婚約者をくしたんですから。


 でも、その時あなたにはげまされて里美は、生きる希望を失わなかったんだと思います。そして、その里美に私も励まされました。私は間接的に、あなたに励まされたと思っています」


 麻理は、恐縮きょうしゅくした。

「いえいえ、そんな。確かに私は励ましましたが、それで立ち直ったのは里美自身が強かったからだと思います。そして、あなたも……」

「はい……」


「私は、そんな二人が出会ったのは、運命のようなものを感じています。ですから、あなたたちにはぜひ、幸せになっていただきたいと思います。」

「はい。私は必ず里美を、幸せにします」


 里美は、おだやかな表情になった。

「ありがとう、信吾……」

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