第三十一話

 麻理は病室で、また微笑ほほえんだ。

「でも結局、あなたは私の友だちになってくれた。おかげで私は、また楽しい高校生活を送れたわ。本当に感謝している、ありがとう」


 里美は何の反応も見せなかったが、麻理は続けた。

「そして私は短大に進学して就職して、結婚もしたわ。あなたは、大学に進学したけどね。ね、今の私があるのは里美、あなたのおかげなの。


 あなたの気持ちも、分からなくもないわ。正直もし今、夫が死んだら私も、どうなるか分からない。


 でも里美。あなたには、いつまでも私のあこがれの、かっこいい里美でいて欲しいの。これが私のわがまま」


 沈黙ちんもくを続ける里美の横顔を見つめ、麻理は力を込めて告げた。

「でも、だからえて言うわ、里美。人生の困難こんなんから逃げ出すような、かっこ悪いことは、あなたには似合わない。


 あなただったら、きっとどんな困難でも乗りえられるはずだから。だから、もう自殺なんて止めなさい」


 やはり何の反応も無い里美に今日は、これくらいにしておこうと思い麻理は立ち上がった。


 そして、『また明日くるわ』と言おうとした時、里美が口を開いた。

「本当はおぼえていたわ、中学一年生の時のこと。今も憶えてる……」

「え?」


 里美は、うつむいて続けた。

「ちょっとれくさかったの。あんなに素直にめられて……」


 そう答えた里美を見て、麻理は涙ぐみながら教えた。

「ねえ、里美。私、子供のために絵本を買ったの。それには『止まない雨は無い。そして雨が止んだら、きれいなにじが出る』って書いてあったわ」


 里美は、微笑んで聞いた。

「その話、今、考えたでしょう?」


 麻理は舌を、『ペロリ』と出した。

「あ、ばれた?」


 そして、続けた。

「ねえ、里美」

「何? 麻理?」

「あなたは、すてきな人。だからまた、すてきな人があらわれて、あなたを守ってくれるわ」


 里美は、まだうつむいていたが麻理は続けた。

「だからそれまでは私が、あなたを守るわ」


 そして麻理は、里美を優しく抱きしめた。


 すると里美の口から自然に言葉が、こぼれた。

「ありがとう、麻理……」


   ●


 里美は、あの大きな腕時計を外して、かくしていた傷あとを見せた。

「これが、その時の傷です」


 それはピンク色に盛り上がった、一直線の傷だった。


「麻理が言ったことは、本当だった。つらい時期を乗り越えて一生懸命に生きていたら、信吾に出会うことができた」


 里美の過去に驚いている私に、里美は続けた。

「優子さんのことを忘れてとは言えないけど一歩、踏み出してほしいの……」


 私は、里美の小さな体をきしめていた。抱きしめずには、強く抱きしめずには、いられなかった。私たちは、同じ苦しみをかかえていたのだ。

 だが里美は、それを乗り越えて前向きに明るく生きてきた。それなのに私は……。


 私は、里美に問いかけた。

「この苦しみも、いつかは無くなるのかな?」

「はい。がんばって生きていれば、時が解決してくれます」

「なあ、里美……」

「何?」


 私は一歩、み出した。

「これからは俺が、里美のことを守らせてくれ」

「ありがとう、信吾……」


 里美を抱きしめていた私は、里美の体温と柔らかさを感じ、私の心と体が里美を受け入れ始めたのを感じた。


 しばらく見つめ合った後に、キスをした。その時は、私の心と体も里美を求めていた。玄関から部屋に行き、私たちはベットにたおれこんだ。


 そして私たちは、初めて愛し合った。




 次の日の朝。私は、里美がベットから起き上がるれで目がめた。


 すると里美は笑顔で、あいさつした。

「あ、起こしちゃった? おはよう」

「いや、大丈夫。おはよう」


 里美は部屋着に着替えて、カーテンを開けた。まぶしい朝の光が、里美をつつみ込んだ。


 里美は私にり返り、今までで一番、元気な声で言った。

「朝ごはん、作るから、ちょっと待ってて!」


 そんな里美は、確かに私に新しい朝をげる太陽だった。


   ●


 それから私たちは半年間、付き合い婚約こんやくした。


 プロポーズの言葉は

「君と、ずっと一緒いっしょにいたい。結婚してほしい」だった。


 里美は、うれしそうに

「はい!」と答えた。

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