第三十話

 麻理は、浩一の葬式までは、そっとしておいたがそれが終わると、さっそく里美をレストランに呼び出した。

「今日は私の、おごりよ。美味しいもの、じゃんじゃん食べてよ。そしたら次はカラオケに行って朝まで歌おうよ!」


 麻理は、何とか里美をはげまそうと必死だった。


 運ばれてきた料理に目もくれずに、うつむいている里美にうながした。

「まずは一口、食べてみてよ。ここの料理、里美も気に入ってたじゃない?」


 しばらくして里美は一口、食べたが結局ここで食べたのは、その一口だけだった。


 その次の日も里美は会社を休むと聞いていた麻理は、昼休みに今日こそ励まそうと里美に電話をかけた。しかし里美は電話に出なかった。何度かけても留守番電話に、つながるだけで里美は出なかった。


 嫌な予感がした麻理は、課長に告げた。

「今日は体調が悪いので、これで帰ります!」


 そしてけ足で、会社をあとにした。


 すぐにタクシーをひろい里美のアパートに向かった麻理は、里美の部屋の前にいた。

「里美、たら返事して! 里美!」


 と大声で叫び、ドアをたたいたが返事は無かった。ドアを開けようとしたが鍵がかっていた。麻理は持っていた合鍵でドアを開けたが、今度は内側のドアチェーンが麻理の侵入しんにゅうこばんだ。


 だが少し開いたドアの隙間すきまから、白いスカートのような物から素足を出して倒れている人影が見えた。麻理はふるえる手でスマホを取り出し、救急車を呼んだ。


 救急隊員と一緒に部屋に入った麻理は、真っ白いウェディングドレスを着て、うつぶせに倒れている里美を見つけた。


 麻理は里美を抱きかかえると、叫んだ。

「里美、しっかりして! 里美!」


 しかし返事は無かった。里美の右手には果物ナイフがにぎられていて、よく見ると左手首から流れた血が、ウェディングドレスの一部を赤くめていた。




 里美との面会が許可された日、麻理は、さっそく病院に見舞みまいに行った。里美は自殺をはかったので様子を見るため、個室の病室に入れられていた。


 個室に入ると、うつろな目をした里美がベットの上で上半身を起こして、呆然ぼうぜんとしていた。里美の細い左手首には、包帯ほうたいが巻いてあった。

 真っ白な壁に囲まれた個室には、里美がいるベットとパイプ椅子いすが一脚だけあった。


 麻理は、言ってみた。

「少し、落ち着いたんだって? 里美が好きなショートケーキを持ってきたんだけど、看護師さんに『まだ、ダメです』って取り上げられちゃった」


 そして右手で自分の頭を軽く、叩いて見せた。

 里美は個室の病室に入れられても、しばらくの間、あばれたらしい。それでも最近、落ち着いたので面会の許可が出た。取りあえず落ち着いている里美を見て麻理は、『ほっ』とした。


 そして個室の中にあったパイプ椅子をベットの隣に移動させて座り、何を言おうか考えていると里美が先に口を開いた。


 里美は微笑びしょうかべて、聞いてきた。

「麻理が私を、見つけたんですって?」


 麻理も、微笑を浮かべた。

「そうよ。大変だったんだから、ドアチェーンを切るのは。それに、もう少し見つけるのが遅かったら命が危なかっ……」


 すると里美が麻理の言葉を、さえぎった。

「どうして、邪魔じゃましたの?」


 麻理は、意外な里美の言葉に沈黙ちんもくした。


 里美は麻理を『キッ』とにらんで、わめいた。

「私は、死ぬはずだった! 結婚式で着る予定だったウェディングドレスを買い取って着て、死んで浩一のところに行くはずだった!

 そして浩一と結婚して、永遠に幸せになるはずだった!!」


 それでも麻理が沈黙していると、里美は麻理の両腕を強くにぎり、涙を浮かべて叫んだ。

「なのに、どうして邪魔したのよ?! ねえ、どうしてよ!!」


 麻理が何も言えずにいると、里美は麻理の両腕をはなして反対側を向いた。


 沈黙を続けていた麻理は、ようやく口を開いた。

「それは私の、わがままよ」


 ピクリともしない里美に、麻理は続けた。

「ねえ、おぼえてる? 中学一年生の時。中学校に入って小学校からの友だちと別々のクラスになった私は、いつも一人で休み時間も本ばかり読んでいたわ。


 そしてクラスには、小柄こがらで大人しい男子をいじめる数人の男子がいたわね。休み時間や昼休みには、いつもいじめてた。男の先生が注意しても、止めなかったわね。


 私は一年たてばクラス替えがあるから、それまで見ないフリをしようと思ってた。

 でも、あの日いつものように休み時間に、その子をいじめてた男子に里美、あなたは言ったわよね。


『男が、よってたかって弱い者をいじめるなんて、かっこ悪すぎるわ。男なら、弱い者を守りなさい!』ってね。


 あの時の里美はクラス委員長で部活でも活躍していたから、その辺の男子より、ずっとかっこいいってみんな、思ってた。だから里美の言葉に皆、納得したわ」


 麻理は、その時の様子を思い出し微笑んで、続けた。

「いじめを見ていただけの男子にも、『そうだよな。いじめって、かっこ悪いよな』っていう考え方が広がったのか、いじめをしている男子に冷たい目を向けるようになったよね。そして、いじめは徐々じょじょに少なくなっていったよね。


 その時から里美、あなたは私の、あこがれになったの。あなたみたいに、なりたいって。それから私は少し積極的になって、色んなことに挑戦ちょうせんするようになったの。勉強とか部活とか。


 おかげで友達もできて、楽しい中学生活を送れたわ。そして少し自分に、自信が持てるようになったの。

 でも、あこがれのあなたには勇気が無くて中学一年生の時はもちろん、結局三年間、一度も話しかけることができなかった。


 だから偶然、同じ高校に入学したときは、うれしかった。私は勇気を出して、あなたに話しかけたの、『あの時は、かっこよかったわ』って。でもあなたは、いくら説明しても、『え? そんなこと、あったっけ?』って答えたわね」

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