第二十八話
温泉旅行から帰ってきてマンションに着いたのは、日曜日の
旅の疲れと里美を
その時、私は、あることに気付いた。この写真を見るのは
いつもは出かける時に心の中で『行ってきます』、帰ってきたら『ただいま』と言っていたのに、それも随分していないことを思い出した。
里美と付き合う時、優子のことは忘れる努力をすると言ったが、優子のことを忘れるとはこういうことか、と思い知らされた。
すると、その時、『はっ』と気付いた。違う。優子のことを忘れていない。まだ
私は、すべてを
まだ優子のことを憶えていて、そして優子を
私は、このことを、ようやく理解した。そうか、優子のことは忘れられないんだな。私は、里美と別れることを決めた。
●
金曜日の夜。里美からの
里美の部屋に行くと、中に
「さ、信吾。上がって、上がって。今から夕飯を作るから、ちょっと待ってて」
里美は料理本を片手に、キッチンに立った。だが私は、その料理を食べるつもりは無かった。
私は玄関に立ったまま、告げた。
「里美。ちょっと話が、あるんだが……」
「あー、後にしてくれない? これから美味しい料理、作ってあげるから。取りあえず部屋に入って、休んでてよ」
私は、低い声で続けた。
「大事な話なんだ。聞いてくれないか?」
いつもと違う様子を感じたのか、里美は少し不安そうな表情で私のそばにきて聞いてきた。
「どうしたの、信吾?」
私は、里美の目を見つめて告げた。
「俺と、別れてくれないか?」
「どうしたの、急に? 何かの
「冗談じゃない。俺は本気だ」
里美は、すがった。
「私に何か悪いところが、あったら言って……。直すから、ねえ?」
「いや、悪いのは俺の方だ。どうしても優子のことが忘れられないんだ。
優子は、自分の人生は幸せだったと言って亡くなったが、俺は一日でも長く生きて欲しかった」
私は、優子の最後の作り笑顔を思い出した。
「里美と付き合えば、優子のことは忘れられると思った。でも、忘れられなかった」
里美は、言ってくれた。
「優子さんは、もう、信吾の一部になっているの。だから忘れられないし、無理に忘れようとしなくてもいいの……」
「確かに、そうかも知れない。でも、もう、いいんだ」
「待って。信吾は今、一番つらい時期なの。でも今を乗り越えれば……」
私は、それに
「本当に、もういいんだ。俺は、優子の思い出と共に生きていく。さよなら」
「ちょっと待ってよ、信吾!」
すると里美は、
「ねぇ、信吾、知ってる?」
そして続けた。
「止まない雨はないの。そして雨が止んだら、きれいな
里美の言葉は、私の心には届かなかった。
里美は、続けた。
「今のつらさは、もうすぐ訪れる幸せの、きざしなの」
私は思わず、わめいた。
「もう止めてくれ、もう放っておいてくれ!」
「でも……」
私は、思わず
「お前には、愛する人を失ったつらさが分からないんだ!」
私は、しまったと思った。里美は、ちゃんと話せば分かる女だ。怒鳴る必要は無かった。でもフォローする気も無かった。これでいい。このまま別れようと思った。
私は、もう一度『さよなら』を告げて、部屋を出るつもりで里美を見た。
すると里美は、告げた。
「分かります」
「え?」
私が思わず見つめると里美は、まっすぐに私の目を見て続けた。
「私の
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