第二十七話

 腕時計を見てみると確かに午後二時前で時間は、あった。


 私も、ちょっと一本杉に興味が出てきたので里美に同意した。

「そうだな。夕食までは、まだ当然、時間はあるし温泉に入るのも、ちょっと早いかな。テレビを観てごすのも、ちょっと、もったいなような気もするし……。

 よし、行ってみようか!」

「うん、行こう!」


 話が、まとまったので宿の中の自動販売機でスポーツドリンクを二本買うと、さっそく外へ出た。左に曲がると看板があった。それには一本杉までの道のりが描いてあった。


 私は、言ってみた。

「ふーん。こんな看板まであるなんて、あの一本杉は結構、有名なのかもな」

「絶対そうよ。あんなに目立つんだもん。さ、信吾、行くわよ!」


 里美は手を大きく振って、私の前を歩き始めた。

 正直、私は最初、あまり楽しいとは思わなかった。しかし山道に入り、木の葉の緑、木漏こも、森の匂いなどを感じていると、何だか心がいやされるような気がした。


 十分ほど歩いていると、さすがに里美が疲れてきてゆびさした。

「はあ、はあ。信吾、ちょっと休もうよ。ほら、ちょうどあそこにベンチがあるし」


 二人でベンチに座りスポーツドリンクを飲んでいると、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「カッコー、カッコー」


 私が思わず目を閉じ耳をませていると、里美が感想をらした。

「あ、カッコウだ。なんか癒されるう」


 私は目を閉じたまま、答えた。

「うん、そうだな。癒されるな」


 ふと見ると、里美も目を閉じ聞き入っていた。


 数分間そうした後、私はうながした。

「そろそろ行こうか、里美。一本杉は、もうすぐのはずだ」


 里美は、右手を高々と上げた。

「うん。よし、がんばるぞー!」


 予想通り十分ほどで一本杉に、たどり着いた。周りに何本か杉はあったが、一本杉の半分くらいの高さだった。


 里美は、さっそく一本杉にけ寄り抱きつき、杉の頂上を見上げた。

「うわー、太いみき。そして高ーい!」


 そして私にスマホを渡して、頼んできた。

「信吾。この抱きついてるポーズで写真、撮って」


 写真を撮ってあげた後、私は自分のスマホを取り出して一本杉から少し離れ、周りの木々も写るように写真を撮った。


 私たちは、しばらくの間、一本杉を見上げていた。

 この一本杉は数百年間、生きてきたらしい。当然、私よりも長く生きて今まで色々なことを、見守ってきたのだろうと思われた。良いことも悪いことも。こうも不幸も。 

 そう考えると、この一本杉に敬意けいいはらわずには、いられなかった。


 少しして私は、里美に聞いてみた。

「そろそろ帰ろうか、里美?」

「うん。それじゃあ、一本杉さん、ばいばーい!」


 そして私たちは、宿に向かって歩き出した。

 宿に戻ると、水色と白の縦の縞模様しまもようの浴衣に着替えて温泉に入ることにした。


 ここには数種類の温泉があり、里美はり切った。

「よーし。全部の温泉に入ってやる!」


 私は一応、注意をした。

「それはいいけど、湯あたりするなよ」


 そして私は取りあえず、一番大きな露天ろてん風呂に入ってみた。マンションの風呂とは全然違う広さ、目前に広がる森、なめらかなお湯を楽しみ私は、きてよかったと思った。


 夕食は、部屋で食べることにしていた。メニューは生ハムと焼きアスパラガス、白い卵の茶わん蒸し、タラバガニと丸豆腐まるどうふ香味揚こうみあげ出し、てんぷら盛り合わせとマグロ山かけ、炊き込みご飯とみそ汁、香の物、フルーツの盛り合わせ、それと特選和牛のしゃぶしゃぶ、だった。


 それらを見て里美は、喜んだ。

「うわー、美味しそうー!」


 そして

「今日は、こんなに素敵な温泉に連れてきてくれて、ありがとう」と私のコップにビールを、そそいだ。


 私も

「いえいえ。こんなに喜んでもらえると連れてきた甲斐かいが、あったよ。それに俺も楽しんだよ」と里美のコップにビールを、そそいだ。


 食事が終わりテレビを観て、くつろいでいると仲居なかいさんが布団ふとんきにきた。


 仲居さんに

「新婚さんですか?」と聞かれたので私は、答えた。

「いえ。まだ付き合っているところです」


 仲居さんは

「そうですか」と答え、大きめの布団に枕を二つ並べて出て行った。


 里美は、少し喜んだ。

「私たち、そういうふうに見えたのかな?」

「うん。そうかもしれないな」


 そして私は「それじゃあ、そろそろ寝るか?」と聞くと、里美は「うん」と答えたので照明を暗めに落とした。平静へいせいよそおっていたが、私の心臓は緊張で『ドクンドクン』と脈打みゃくうっていた。


「ちょっと、待ってて」と里美は、洗面所に行った。少しして化粧を直してきた里美の表情は、薄暗い照明に照らされて妖艶ようえん魅力的みりょくてきだった。


 私たちは、立ったままキスをした。それから私が、ゆっくりと里美を布団に押し倒すと、薄暗くても白だと分かる脚が浴衣のすそから、はだけた。私は、もう一度、里美にキスをして、浴衣を脱がそうとした。


 だが、その時また違和感いわかんおそってきた。私は、その違和感を振り払うため里美にディープキスをし更に首筋、胸元にもキスをした。里美は少し、息があらくなった。

 更に耳にキスをすると里美は、切ない表情で小さな吐息といきいた。


 そして今度こそ里美の浴衣を脱がそうとしたが、やはりできなかった。


 動かなくなった私に、里美が聞いてきた。

「やっぱり、ダメなの?……」

「ああ……。ごめん……」


 仕方がないので、もう寝ることにした。


 里美に背中を向けていた私に里美は、私の背中に右手をえて言った。

「あせらなくてもいいから私たちは、ゆっくり進んで行きましょう、ね?」


 私は

「ああ……」と答えることしか、できなかった。

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