第二十六話

 金曜日の夜。里美が温泉旅行の準備をしていると、スマホが鳴った。表示を見てみると友太ゆうたからだった。友太の電話番号は、まだスマホの登録から消していなかった。

 取りあえず今頃、何だろうと思い電話に出た。


 すると友太は、なさけない声でうったえ始めた。

「里美? 俺だよ、友太だよ~。ちょっと聞いてくれよ~」


 里美は思わず、聞き入った。

「何、何? 一体、どうしたの?」

「俺さあ、茉希まきに、ふられちゃったんだよ~」

「ちょっと待ってよ。茉希って誰よ?」

「お前と付き合ってた時に、合コンして知り合った女だよ~」


 里美は、大きな声で返した。

「ああ、私より若くて可愛い女ってやつね。って私と付き合ってた時、合コンしてたの?! 信じらんない!」

「それはもう、んだ話だから、いいじゃないかよ~」

「うーん……。まあ、いいわ。それで、どうしたの?」

「だからさ~、茉希と付き合ってたんだけど結局、ふられちゃったんだよ~」


 里美は胸が、すく思いだった。

「はーん、ざまあみなさい。彼女がいるのに合コンなんかするから、ばちが当たったのよ!」

「そんなこと言うなよ~。ちょっとした出来心できごころだったんだって~。でさあ、里美。もう一度、俺と付き合わない?」


 思いもよらない提案ていあんに、里美は唖然あぜんとしながらも聞いた。

「はあ? あんた何、言ってんの?! 自分で言ってること分かってる?!」

「分かってるよ! 今、付き合ってた女にふられたから、昔の女とヨリを戻したいんだよ~」

「だーかーらー! それは自分勝手じぶんかってだって言ってんのよ!」

「え? そうかな? そうでもないと思うんだけど……。ま、いいや。どうせ、お前だって今、誰とも付き合ってないんだろ? 俺とヨリを戻してよ~」


 里美は、勝ちほこった。

「はい、残念。私、今、付き合ってる人います~。真面目まじめで優しくて、かっこいい彼氏がいます~」

「え? お前みたいな三十をぎた女と付き合う男なんているの? めずらしい~」


 里美は当然のごとく、ケンカごしになった。

「ちょっと、あんた。ケンカ売ってんの? そもそも、あんたが私と付き合ってたんじゃない?!」

「あ~。あれは一時の気のまよいかな~。でも今度は多分、本気だと思うな~」


 里美はスマホをにぎる手に力をめ、月まで届くほど叫んだ。

「ふざけんなーーーーっ!!!!」

「ちょ、お前。そんな大声、出すなよ。今、俺のスマホ、キーンって鳴ったぞ、キーンって」

「はあ……。もう、いいわ。あんたと話してると、頭が痛くなってくる……。とにかく私は、あんたとヨリを戻すつもりはないから! 電話、切るから! いいわね!」


 すると友太は再び情けない声で、訴えた。

「ちょ、お前、そんなこと言うなよ~。じゃあ俺は、どうすればいいんだよ~。さびしいんだよ~」

「知らないわよ、そんなこと! また合コンでも、すればいいんじゃない?!」

「そうか! そうだよな! その手があったか! よし、また合コンやろう! 俺がまた幹事かんじをやるから、お前は会社の若くて可愛い子を呼んで……」


 里美はそれ以上、話を聞くのをやめて、電話を切った。


   ●


 土曜日の朝。私は里美のアパートに行き里美を車に乗せ、温泉宿に向かった。私は好きなCDを五枚。里美は十枚、用意していた。


 車内では

「このアルバムの、この曲が良い」と里美の、おすすめの曲をいたり

「いや、こっちの曲もなかなか」と私の、おすすめの曲を聴いて、にぎやかに過ごした。


 宿やどに着いたのは、昼過ぎだった。宿は入り口がある正面の建物は三階建てで、左右の建物は二階建てだった。


 フロントでチェックインをませ、部屋に入った。そこは十畳の和室で真ん中に長方形の黒いテーブルがあり、座椅子ざいすが向かい合って置いてあった。


 荷物を置くと里美が窓から外を見て、言ってきた。

「うわー、山にかこまれて良い景色けしき。あ、何だろう、あれ? 一本だけ高い木が見える。ねえ信吾、見て、見て!」


 私も窓から見て、答えた。

「本当だ、一本だけ高いな。ちょっと宿の人に聞いてみようか」


 里美と二人で部屋から出てフロントに行こうとした時、あい色の作務衣さむえを着た仲居なかいさんと偶然、会った。


 ちょうどいいので、聞いてみた。

「あの、ちょっと、すみません。窓から一本だけ高い木が、見えるんですが」

「ああ、あの一本杉いっぽんすぎですか。あれは何でも数百年、生きているらしいですよ。もし行きたかったら宿を出て、左に曲がると行けますよ」


 私は、里美に聞いてみた。

「ふーん、だってさ。どうする、里美?」


 里美は、すでに行く気、満々まんまんだった。

「行ってみようよ、信吾。私、近くであの杉の木を見たいなあ。時間だって、あるでしょう?」

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