第二十二話

 そして水族館の奥の、サンゴしょう水槽すいそうに行った。


 里美は、感動していた。

「うわー! 色鮮やかな魚も良いけど、サンゴ礁も良いよね。きれいだなー!」


 私も、感動した。

「うん。よくサンゴ礁の水槽を作ったよね」


 光が差し込む浅い岩場から、美しい砂地、そして薄暗い洞窟まで再現されていた。 

 更にサンゴ礁の複雑な地形も再現されているので、そこで泳いでいる魚の生態せいたいも自然に近い生息環境で観察できた。水槽の前では濃い青色の作業着を着た係員が、面白い特徴を持つ魚について解説していた。


 解説が終わると午後五時を過ぎていたので、夕食を食べることにした。


 私は水族館のパンフレットを開きレストランを探し、里美に聞いた。

「ここが、いいんじゃないかな。イタリア料理が食べられるみたいだ」

「うん。いいよ」


 そこは陽気な南イタリアを思わせる明るい店内で、テラス席からは海をながめることができたので、その席に座った。


 私はメニューを開き、里美に聞いた。

「俺はミートソースパスタを頼むけど、どうする?」

「うん。私もそれで」

「それじゃあ、焼きたてあつあつのピザも食べられるみたいだから、それも頼もう」


 パスタもピザも美味しかったが、何と言っても眺めが良かった。


 食べ終わると里美は、礼を言った。

「あー、海を見ながら食事するって最高。信吾、今日はありがとう。とても楽しかったよ」

「まだまだ、だよ。花火もあるよ。そろそろ暗くなってきたから、もうすぐやるんじゃないかな」

「え? 花火? 見たい、花火も見たい!」


 私たちはレストランを出ると、花火会場に向かった。

 花火はすでに始まっていて、音楽に合わせて打ち上げられ、魚のプロジェクション映像も観ることができた。


 それらは感動的で我を忘れて観ていると里美が、そっと私の左手をにぎってきた。

 私も手を握り返し、他の観客が花火に夢中になっているのを見計みはからって私たちは、そっとキスをした。




 帰りは里美をアパートまで送り、マンションに帰った私はLINEを送った。

『今日は楽しかったね。来週は、どこに行きたい?』

『うーん……。あ! 私の家は、どう? ご飯、作ってあげる!』

『それもいいなあ。あ、俺のおすすめのDVD、レンタルして持っていくよ』

『あ、それがいい! 楽しみにまってるわ!』


 だが、これがいけなかった。


   ●


 里美のアパートの部屋は玄関から入るとすぐに、三畳ほどのキッチンルームがあり、その奥に八畳ほどの洋室があった。そこは黄色やピンクの小物が多い、明るい印象の部屋だった。


 私は、里美に聞いた。

「チーズケーキを、買ってきたんだけど食べる」

「うん。食べる食べる。あ、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「あ、紅茶で」

「はーい」


 紅茶をれている里美に、私は聞いた。

自炊じすいとか、してるの?」

「うん、結構してるよ。それに美味しいと思うけど。DVDを観たら、ご飯を作ってあげる」

「へー、それは楽しみだ」


 チーズケーキを食べ終えた後、私たちはDVDを観た。


「どう? 面白かったろ?」

「うーん……。主人公とヒロインのロマンスが少ししかない……」


 私は、映画の面白さを熱く語った。

「これは、そういう映画じゃないんだって。冒頭ぼうとうからりめぐらされた伏線ふくせん、ラストのどんでん返し、ミステリーなんだよ!」


 しかし里美は、不満そうだった。

「でも、ロマンスが少ししか……」

「だから、これは……」

「もういい! つまんないものは、つまんない!」

「つまらなくない、面白い!」

「もう、そんなに言うなら美味しいご飯、作ってあげないから!」


 私は、つい、言ってしまった。

「里美に美味しいご飯、作れるの?」

「もういい! そんなこと言うなら帰ってよ!」

「ああ、帰るよ」


 私はDVDを持って、里美の部屋から出た。 

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