第二十一話

 里美さとみとの最初のデートは、私がスマホでググって探した隣の県の水族館だった。


 土曜日の午後一時、私は里美のアパートの前に車を停めた。少しすると二階の部屋からグレーのブラウスに黄色のスカートの、里美が出てきた。


 アパートは二階建てで五部屋づつ、合計十部屋あった。里美は二階の左から二番目の部屋に住んでいた。


 里美は私の車に乗り込むと、はしゃいだ。

「宇多田ヒカルのアルバム全部、持ってきちゃった。シングルじゃなくても良い曲、いっぱいあるよ?」

「そうだろうな」


 私は里美から渡された、おすすめのCDを車内のプレーヤに入れた。




 水族館は、二階建ての建物だった。

 入り口でパンフレットをもらい、中に入った。すると、いきなり空飛ぶペンギンが出迎でむかえてくれた。


 ペンギンが水槽すいそうは内部にトンネルがあり、そこを通り見上げると水の中を泳ぐペンギンが、まるで飛んでいるように見えた。


 私より先にトンネルに入った里美は満面の笑みを浮かべ、ペンギンを指差ゆびさした。

「あ、すごい! 飛んでる、飛んでるよペンギンが! 信吾しんご、見て、見て!」

「うん、すごいね。ほんとに、ペンギンが飛んでいるように見えるね」


 私は水族館のサイトを事前に見ていたので、ふーん、こんな感じなのか……と、あまり新鮮さは無かった。それでも実際に見てみると、ちょっと感動した。


 そして陸にいるペンギンは、明るい作業着を着た飼育員からエサである魚をもらっていた。


 里美は感想を、もらした。

「あ、見て信吾。ペンギンが魚を食べてる。可愛かわいい~」


 ペンギンのゾーンを抜けると、大きな魚がいる水槽があった。


 里美は、またも私より先に水槽の前に行き指差した。

「ねえねえ、信吾。ジンベエザメがいるよ! 大きいねえ~!」


 私は昨夜スマホでググった情報を得意げに、ひろうした。

「うん。ジンベエザメは魚類の中で最大だからね。クジラは哺乳類ほにゅうるいだから。

 今までで最大の大きさは、約十三,七メートルらしい。

 エサはオキアミなどのプランクトンを食べるんだけど、まず海水と一緒に、それらの生物を口の中に吸い込み、その中から微生物だけを、こし取り食べるんだ。

 性格は、いたって温厚。人が接近しても、危険性は無いんだ」


「へえ、信吾って物知ものしりなんだね。あ、見て。ジンベエザメと他の魚が一緒に泳いでる!」


 私は物知りだと言われて少し得意になり、今度はこの水族館のサイトにあった情報を、ひろうした。

「ああ、あれはマアナゴ、マイワシ、アオウミガメ、デバスズメダイだと思うよ」

「へえ。あ、あれは知ってる! カクレクマノミだ! オレンジの体に白い線が入っているのが可愛い! 映画のDVDで見たことある!」

「ああ、俺も観たな。あの映画は面白かったね」

「うん!」


 そして、コツメカワウソも見た。ちょうど水槽から出てくる時間で、水場や切り株などコツメカワウソが棲む環境を再現した場所に登場してきた。


 飼育員からエサをもらい食べていて、里美は目を輝かせた。

「いや~ん、エサを食べるしぐさが可愛い~」


 さらに先に進むと、イルカショーをやっているプールが見えた。

「あ、イルカショーをやってる。信吾、観に行こうよ!」

「うん。それもいいな」


 私たちは、イルカがいるプールの周りにある席に座った。

 イルカは立ち泳ぎ、イルカのお姉さんを背中に乗せて泳ぐ、投げたフラフープをキャッチして口で回す、五頭のイルカが一斉にジャンプする、などの芸を見せた。


 しかし私が一番面白いと思ったのは、イルカが水中でドルフィンリングを作り、その輪をくぐる、というものだった。ドルフィンリング自体を見たことが無かったので、この芸には少し感動した。


 一通りの芸が終わると、黒と青のツートンカラーのウェットスーツを着たイルカのお姉さんは、プールサイドにイルカを三頭、上げて笑顔で告げた。

「はーい、みなさん! 今から、チャンスタイムです! なんとイルカと握手あくしゅができます! 握手をしたいお客様は、こちらにおしください!」


「なあ、里美。良かったら行ってきて握手してもらったら?」と私が横を見た時には、すでに里美の姿は無かった。


 もしやと思って私がプールサイドに目をやると、里美は子供たちに交じって右手を高々たかだかと上げていた。

「はーい、はーい! 私、イルカと握手したいでーす!」


 少し顔を、ひきつらせたイルカのお姉さんは、指名しめいした。

「えー……。じゃあ、そこの元気な、お姉さんから握手をしてもらいましょう……」


 里美は、さっそくイルカと握手をすると、私を振り返り叫んだ。

「ねえ、信吾! スマホで写真を撮って、写真!」


 私は、周りの人々の視線を感じつつ、里美が置いて行ったスマホで写真を撮り、左手を振りながら叫んだ。ちょっと、はずかしいと思いつつ。

「おーい! 撮ったよー!」


 満足そうな笑顔をしながら、里美は席に戻ってきて聞いてきた。

「ねえ! 写真、見せて!」


 私が、それを見せると上機嫌じょうきげんだった。

「うわー、良く撮れてる! これ、スマホの待ち受けにしよーっと!」

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