第二十話

 私と優子との初めての食事は、市内のレストランだった。あまり高価なところだと優子が気を使ってしまいそうなので普通のレストラン、でも雰囲気が良いところを選んだ。


 土曜日の午後七時にレストランで待ち合わせ、さっそく店内に入った。私はグレーのスーツ、優子は真っ白なワンピースを着ていた。


 予約をしていたので、すんなりテーブルに着けた。その時、私たちが座ったのはテラス席で、和モダンを取り入れたスタイリッシュな空間だった。


 私は、礼を言った。

「今日は食事に付き合ってもらって、ありがとうございます」


 すると優子は、笑顔で答えた。

「いえいえ。清水さんには、いつもお世話になっていますし、どんな食事だろうと、ちょっと興味があったので。それにしても、良い雰囲気のお店ですね」


 私は、その言葉を聞いて雰囲気が良いところを選んで、本当に良かった、と胸をなでおろした。


 そして料理が運ばれてきた。


 最初はトマトと、そのジュレの生ハム添えだった。食べてみると予想う以上に美味しかった。

「美味しいですね、吉岡さん。トマトの甘さと生ハムのしょっぱさが、絶妙ですね」

「本当に、美味しいですね」


 優子も美味しいと思ってくれて私は、うれしくなった。


 次は冷製のコーンスープだった。スープを飲みながら私は優子に、たずねた。

「ところで吉岡さん、仕事には慣れましたか?」

「はい、だいぶ慣れました。経理課の先輩たちから、だいぶ仕事を教えてもらいましたから。


 清水さんがいる営業二課以外とも仕事をしているんですが、清水さんとは仕事がしやすいと思っています。分からないところも教えていただけますし、期限もちゃんと守っていただけるので。

 ここだけの話、期限を守ってくれない人も結構いるんですよ」


 私は再び、優子との仕事は期限を守るようにしていて本当に良かった、と胸をなでおろした。


 それから国産牛フュレとパテを食べていると、今度は優子の方から聞いてきた。

「そういえば営業二課の、お仕事の方は、どうですか?」

「はい。営業一課はアメリカを中心に海外に商品を売るので、まず言葉や文化の違いに苦労しているようです。

 その点、私がいる営業二課は国内の企業に商品を売るので、そういう苦労は無いんですが、最近は国内の景気が悪いので苦労しています」


「え? そうですか? 私、営業二課の売り上げの集計もしているんですが、営業成績は悪くありませんよ?」

「はい。売り上げは落としてはいないんですが、あまり上がってもいないんです。

 課長からは『少しでもいいから、何とか上げてくれ』って言われているんですけどね」

「へえー。そうなんですか」


 と話していると、桃のコンポートが出てきた。


 優子は、喜んだ。

「美味しい。上品な甘さですね」

「本当に。そうですね」


 会話もそれなりに、はずんだので最後のエスプレッソを飲んでいると優子は、告げた。

「今日は、ありがとうございました。良かったら、また誘ってくださいね。

 その時は仕事の話じゃなくて、趣味などの話がしたいです」


 私は今回の食事は大成功だと思い、もちろん次の食事の約束をした。


   ●


 平井は当時のことを思い出し、つぶやいた。

「優子さん、子供ができないって悩んでたけど、まさか亡くなるとはね……」


 そして里美に、告げた。

「椎名さん。清水係長のこと、よろしくお願いするわね」


 里美は、疑問の表情で答えた。

「え?」

「清水係長を元気にすること私には、できないことだから……」

「え? 平井さん?」

「あ、勘違いしないでね。私、もう結婚して子供もいるし」

「はい……」


 そして平井は、静かに告げた

「でも、やっぱり元気のない清水係長を見るのは、つらいから……」


 里美は右手で胸を、たたいた。

「はい。まかせて下さい!」


   ●


 八月一日。

 商品開発課に戻ってきた里美は自分の机に、ふして顔をすりすりして、しみじみ言った。

「あー、やっぱり自分の席は落ち着くー……」


 すると後輩の佐野が、ニコニコしながら聞いてきた。

「それで椎名さん、どうでしたか?」

「え? どうって何が?」

「えー? とぼけないで下さいよー! いい男は、いましたか? いたら紹介して下さいって、お願いしたじゃないですかー?!」


 まさか信吾を紹介する訳にはいかないので、ごまかした。

「あー、ダメダメ。仕事漬しごとづけの一カ月だったわ」


 すると佐野は、聞いてきた。

「椎名さん、顔がニヤけていますよ?」


 里美は、自分の顔を両手でペタペタさわりながら答えた。

「そ、そんなこと無いわよー! 良いことなんて無かったわよー!」


 佐野は、その言葉に反応した。

「良いこと?」


 そして叫んだ。

「あー! ひょっとして告白されて付き合ったりとか、しちゃっているんですかー?!」


 すると課内の全員が、二人を見た。


 里美は、思わず告げた。

「ちょ、声が大きい!」


 しかし佐野は、食い下がった。

「椎名さんだけ、ずるーい! 私にも、いい男を紹介してくださいよー?!」


 里美は、こうなったら神崎さんでも紹介してやろうかしら? と一瞬、考えたが、そんなことをしたら話が、ややこしくなるので止めた。


 なので右手を高々たかだかと上げて、ごまかした。

「会社は、仕事をするところだ! 仕事、がんばるぞー!」


 すると佐野は、不満そうに反論した。

「椎名さんだって仕事中に、『ねー、どっかに、いい男いない? あんたの彼氏の友だちでもいいから、紹介してよー』って言ってたじゃないですかー?

 それで、この間、合コンをセッティングしてあげたじゃないですかー?」


 里美は痛いところを突かれたが再び、ごまかした。

「そ、それはそれ。これはこれ。もう一回、言うけど会社は仕事をするところだ!

 仕事、がんばるぞー!」


 さっきから全然、仕事をしていない二人を見て商品開発課の課長は、『本当に、会社は仕事をするところ、なんだけどな……』という表情をした。

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