第十七話

 私は義父と一緒に、墓地から徒歩十分ほど離れている、義父の家に行った。そこは二階建ての一戸建てで、壁の色はグレーだった。


 一緒に玄関に入ると、義父は家中に響くような大きな声を出した。

「おーい! ただいまあ!」


 すると義母が出てきて、驚いた。

「まあ、信吾さん! どうしたんですか、急に?!」


 取りあえず私は恐縮きょうしゅくしながら、あいさつをした。

「どうも、お久しぶりです」


 義父は、言った。

「さっき優子の墓の前で、ばったり会ったんだよ。さあ信吾君、上がって上がって」 


 すると義母は、困惑した。

「まあ、あなた。急に連れてこられても今、うちには、お出しする物は何もありませんよ」


 義母は髪を黒く染め、後ろで束ねていた。


 すると義父は、提案した。

「今から用意すれば、いいじゃないか。信吾君は寿司が好きだったね。よし、今日は出前を取ろう」


 私は、再び恐縮した。

「いえいえ。本当に、おかまいなく」


 しかし義母と義父は、話を進めた。

「『蔵寿司』で、いいですか?」

「うん。やっぱり特上だろう」

「じゃあ、特上を三人前ね」


 すると、義父に言われた。

「あ、信吾君。仏壇は奥の部屋だから」


 あ、そうか。まずは線香をあげないと。私は奥の部屋に行き、仏壇を見た。そこには私のマンションの写真立てと同じく、微笑んでいる優子の写真があった。私のマンションにある物より、だいぶ引き延ばされているが。


 仏壇に線香をあげ手を合わせていると、義父に話しかけられた。

「ああ、やっぱり、その写真はいいなあ。正直、わしたちは優子の、そんな笑顔を見たことが無いんだよ。君に写真を分けてもらって、正解だったよ」


 この写真は義父が、私のマンションから優子の私物をこの家に持ってくる時に、見つけたものだ。

 仏壇は義父の家に置き、私のマンションには置かないことにしたので、この写真を写真立てに入れて置いてあるんですと説明した。


 すると、その時、義父は言った。

「この写真は、良いなあ。葬式で使った写真は表情が少し硬かった。この写真の優子は、良い表情をしているなあ」


 そして、この写真を仏壇に飾りたいから引き延ばして送ってくれと、頼まれたのだった。


 私は、義父に教えた。

「この写真は、優子にプロポーズした日にったものです」


 義父は、つぶやいた。

「そうか、それで優子は、こんなに幸せそうに微笑んでいるのか、そうか……。

 やっぱり優子は幸せだったんだなあ……」


 そして義父は、寿司がくるまでは、もう少し時間がかかるから、それまで一杯やろうと私を誘った。


 ビールを飲みかわし、届いた寿司を食べ始めた頃、義父は聞いてきた。

「そういえば信吾君。わしたちにも何か、報告することがあるんじゃないかね?」


 私は、思わず聞き返した。

「え?」

「例えば誰か、いい人ができたとか?」


 私は、里美のことを気付かれてはマズイ、と思ったが顔に出たようだ。


 義父は、友だちに彼女ができた時のように聞いてきた。

「やっぱり、そうなのか。で、相手は、どんな人なんだい?」


 すると義母も、聞いてきた。

「え? そうなんですか、信吾さん?」


 私は、あいまいに答えた。

「はあ、まあ……」


 すると義母は、不満がった。

「あまり、こういうことは言いたくは無いんですがね、信吾さん。優子が亡くなって、まだ一年三カ月ですよ? それなのに……」


 義父は、義母をさとした。

「もう、一年三カ月だよ」


 私は義母に、あやまった。

「すみません……」


 しかし義父は、告げた。

「いいんだ、いいんだ。これは、うれしい報告だよ」

「でも、あなた……」

「お前は少し、だまっていなさい」


 そして義父は、続けた。

「わしは実は、少し心配していたんだよ。もしかしたら君は一生、独身を貫くんじゃないかってね」


 私が何も答えられずにだまっていると、義父は聞いてきた。

「信吾君。君は今、いくつだい?」

「今年、四十歳に、なりました」

「四十歳か、まだ若い。今は、人生百年の時代だからね。私は思うんだよ、信吾君。 

 生きている人間には、生きている人間が必要だと」


 私は、神崎の言葉を思い出した。


『人間が生きていくためには、愛が必要なんだぜ。それも生きている人間のな』


 義父は、続けた。

「だから君が、その人と幸せな人生を送るなら、わしは喜んで祝福するよ」


 すると義母は、反論した。

「でも、あなた。それじゃあ優子が可愛そうじゃ……」

「確かに優子は、三十一歳の若さで亡くなった。でも、それまでの人生、特に信吾君と結婚してからの三年間は、とても幸せだったんじゃないかと思う。

 お前も、優子の最後の言葉をおぼえているだろう?」


『私の人生は、本当に幸せだった……』


 黙っている義母に、義父は続けた。

「わしは、あれを聞いて思ったよ。ああ、優子は、それまで本当に幸せだったんだなあと」


 義母は何か言いかけたが、やはり黙っていた。


「それにほら、優子のあの写真は、プロポーズされた日に撮られたものだそうだ」


 義母は、驚いた。

「まあ、そうだったんですか?!」


 義父は、続けた。

「だから信吾君。君にはまた誰かを優子のように幸せにし、また君も幸せになってもらいたいんだ」


 しかし義母は、食い下がった。

「でも、あなた。やっぱり、まだ……」


 すると義父は、義母の不満を打ち消そうとして、私に告げた。

「でも、これは今の時代の話。優子の遺言ゆいごん通り、生まれ変わったら、また優子と結婚してくれないか?」

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