第十三話
その日は、土曜日だった。私は金曜日に『明日は大事な話がある』と優子に伝えていた。私はその日、優子にプロポーズをするつもりでいた。
私はインターネットを
私はそこで食事が終わったら指輪を差し出し、『優子、必ず君を幸せにする。だから俺と結婚してくれ』と言うつもりだった。完璧なプランだ、と私は一人ほくそ笑んでいた。
土曜日、私は優子が住んでいたベージュ色のマンションで優子を車に乗せて、そのレストランに向かった。そこはホテルの六階にあり、入り口の上部に白い看板が出ていた。
午後六時五十分に着いた私たちは早速、中に入った。
私は入り口にいた、黒いスーツの女性店員に告げた。
「七時に予約した清水ですが」
彼女は
「少々お待ちくださいませ」と答えて店の奥に入った。
しばらくして戻ってきた彼女は告げた。
「申し訳ございませんが、本日七時での清水様の予約はございませんが」
私は少々あせり、語気を強めた。
「そんなはずはない、もう一度よく確認してくれ!」
少しすると、黒いスーツに黒の蝶ネクタイをした店長らしき男性が出てきて告げた。
「清水様のご予約は、明日の午後七時になっております。こちらのミスです、大変、申し訳ございません」
私は更に、あせった。
「それじゃあ、今日はここで食事できないんですか? キャンセル待ちとかできないんですか?!」
彼は静かに、答えた。
「大変申し訳ございません。本日は、すべてのテーブルが予約で埋まっています。また現在のところキャンセルされるお客様は、いらっしゃいません」
そうだ、今日は土曜日だ。夜景がきれいで、おしゃれなレストランは予約がいっぱいでキャンセルする客も、そういないだろうと私はすぐに悟った。
どうしたらいいか分からずショックを受けている私に、優子は告げた。
「取りあえず、ここを出ましょう」
店長らしき彼にも、頭を下げた。
「今日は帰ります、失礼します」
彼も、頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした。またのお越しをお待ちしております」
取りあえず車に戻るとショックを受けている私に、優子は告げた。
「ちょっと、お腹すいたね。ファミレスにでも行こうよ」
私は仕方なくたまに行く、赤い壁に白い看板が立っているファミレスに車を走らせた。結局その日は、二人でハンバーグセットを食べた。
優子は
「美味しいね」と言って食べていた。
食べ終わり店を出て、車に戻ってもまだショックを受けている私に、優子は告げた。
「あの公園に行こうよ」
「あの公園?」
「そう。信吾が私に付き合ってくれって告白した、あの公園」
これから、どうしたらいいか分からなかった私は、取りあえずその公園に車を走らせた。そこは大きな池の周りに森林がある公園だった。その駐車場に車を停め、森林の中に一カ所だけある開けた草原を目指して二人で歩いた。
その時は夜ももう遅く、周りは暗かった。しかしその日は天気だけは良く、雲一つ無かった。おかげで星が良く見えた。
先に歩いて行き、一足先にその草原にたどり着いた優子は少し、はしゃいでいた。
「ねえ信吾、すごい星空よ! きて、きて!」
私はその言葉に従い、早足になった。そこにたどり着き空を見上げると小さな星まで見え、私のショックをかき消すような美しい星空だった。月も、
私が星空に見とれていると、優子は聞いてきた。
「それで大事な話って、何なの?」
その時の優子は月の光に照らされて、すべてを包み込むような微笑みを浮かべて神秘的にさえ見えた。
そうだ、優子は月なのだ。人生で時折、訪れる暗闇を照らし、私を導く月なのだと思った。
私は、その優子に導かれるまま本心を告げた。
「優子、俺と結婚してくれ。そして俺の子供を産んでくれ」
すると優子は今まで見たことが無かったような、うれしそうな笑みを浮かべて答えた。
「はい!」
その表情に見とれながらも大事なことに気づいた私は、上着のポケットから指輪の小箱を取り出して
「はい、これ」と優子に手渡した。
優子は早速、小箱を開けて指輪を取り出し、左手の薬指に給料二カ月分の指輪を
「わあ、きれい……」
その表情を見た私は、ある衝動にかられた。私は優子の右手をつかむと
「え?」と戸惑う優子を駐車場まで連れて行き、助手席に乗せて車を走らせた。
「ねえ、どこ行くの?」と聞く優子に私は
「ちょっと、そこまで」と答えて近くのコンビニの駐車場に車を停めた。
「え? どうしたの?」と再び戸惑う優子の手を引き
「いいから、いいから」とコンビニの中に連れ込んだ。
入り口から入って左に曲がり、ひと気が無い奥へ少し進んだ。まだ戸惑う優子に、この明るさなら大丈夫か、と思いスマホのカメラを起動させて
「さ、笑って笑って」と言うと優子は、はにかんだ笑顔を見せた。
ちょっと表情が硬いなあ、と思った私はスマホを覗きながら告げた。
「優子、俺と結婚しよう!」
すると優子は、さっきのうれしそうな表情を浮かべて答えた。
「はい!」
私は今だ、と思いスマホのシャッターを切った。今まで見てきた中で一番の笑顔の写真を撮り、満足そうな私を見て優子も微笑んでいた。
ただ、コンビニを出る時、制服を着た男性店員は、何なんだろう、この二人は? という顔をしていた。
結婚した後も私が優子に、聞いたことがあった。
「あの時のプロポーズは、どうだった?」
すると優子は、決まって笑顔で答えた。
「あれは、最高に素敵なプロポーズだったわ」
優子は名前の通り、優しい女だった。
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