第十二話
金曜日の午後。仕事をしていると私の席に桐山が、やってきた。
「係長、プレゼンの原稿を改善したので、チェックをお願いします」
私は、原稿を受け取った。
「はい、今日中に目を通して、月曜日に感想を伝えます」
桐山は熱のこもった口調で告げた。
「次回の『ゴールドスイーツ・シリーズ』のプレゼンも、僕に任せてもらえるということで、ありがたく思っています。
前回は試食で契約を取れたようなものなので、次回はプレゼンだけでそれができるように改善したつもりです」
私は今の桐山なら前回よりも良いプレゼンができると思い、励ました。
「はい。桐山君には期待しています。がんばってください」
「はい。ありがとうございます」と答えて桐山は、自分の席に戻った。
そしてその入れ替わりに、神崎がやってきた。
「お、一係の新人は順調に育っているようだな。大結スーパーへのプレゼンは桐山が、したんだって?」
「ああ、そうだ。そして桐山は、まだまだ伸びると思う。ところでお前の二係だってSSデパートから契約、取ったんだろ?」
神崎は、少し考えながら答えた。
「ああ、でもその時プレゼンしたのは中堅だった。若手がプレゼンするには、まだちょっと早いな。
でも今回、契約が取れたのは商品開発課から異動してきたやつに、しっかりと開発意図を説明してもらったのが大きかったと思う」
私も告げた。
「ああ、同感だな。でなければ値上げした商品を買ってもらう自信は、無かったと思う」
「こりゃあ、商品開発するたびに、ここへ異動してくることが慣例になるかもな」
「まあ、それもアリだと思う。社内の人材交流にもなるしな。製造部門には多少、知り合いもいるが商品開発部門には、ほとんど知り合いがいなかったからな」
「人材交流か……。これからは、そういうのも必要になってくるかもな……」と答えた後、神崎は突然、聞いてきた。
「あ、そうだ。ところで清水、今日、ちょっと付き合ってくれないか?」
私は少し驚いて聞いた。
「え? どこにだ?」
「バーだ。ちょっと聞きたいことがあるからな」
「ここじゃダメなのか?」
「ああ、酒を飲みながら聞きたいんだ」
私は少し考えてから、答えた。
「ああ、まあ、いいけど」
「よし、決まりだ。今日は定時に上がれるか?」
「ああ」
「俺もだ。じゃあ、定時になったら声をかけるからな」
そして私と神崎は、神崎が行きつけの、しゃれたバーに行った。そこは繁華街のビルの三階にあった。落ち着いたBGMが流れる店内に入り、カウンターに座った。カウンターの中には中年のマスターがいて、その後ろの壁にはウィスキー等の多くの酒瓶が並んでいた。
早速、神崎は注文した。
「水割りでいいよな? マスター、水割り二つ」
そして聞いてきた。
「お前、里美ちゃんと付き合っているんだって? 本人から聞いたぞ?」
「まだ、付き合っていないって。二回、映画を観に行っただけだって」
「ふーん、そうか……。じゃあ里美ちゃんのこと、どう思ってんの?」
「悪い娘じゃないよ、明るいし可愛いし」
「じゃあ付き合っちゃえよ」
私は、すぐに答えた。
「優子が亡くなってまだ一年三カ月だぞ。まだ早いよ」
「まだ早いってことは、付き合う気はあるのか?」
里美の明るさにひかれ始めていた私は、否定できなかった。
神崎は
「里美ちゃんは良い娘だぞ? なんせお前に、ほれているんだからな、ハハハ」と笑った後に続けた。
「あの娘なら優子ちやんも許してくれると思うけどな……」
私は、もしかしたら、そうかも知れないと思った。
すると店の雰囲気に良くなじんだマスターが水割りを二人分、出した。
「なあ、清水」と神崎は水割りを一口飲んで、珍しく神妙な面持ちで告げた。
「人間が生きていくためには、愛が必要なんだぜ。それも、生きてる人間のな」
私は、何も答えられなかった。
「まあ、後はお前が決めることだ。今日は久しぶりに飲むか?」
それから私は、久しぶりに酒を飲んだ。
マンションに帰り、写真立ての中で微笑む優子に心の中で『ただいま』と言いタバコを一本、吸った。
元気な里美は、大人しい優子とは対照的だった。しかし私は里美の、太陽のような明るさにひかれ始めていた。
太陽か……。
私は写真立ての優子をもう一度見て、この写真を撮った日のことを思い出した。その日のことは今でも、よく憶えている。
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