第九話

 アクション映画を観終わった後、私たちはショッピングモール内の喫茶店にいた。

 私がこの映画館で優子と映画を観た後は、必ず利用した喫茶店だった。


 入り口の脇の木製の壁が低く開放感があり、店内の床も板張りだった。私たちと同じように映画を観終わった人たちだろうか、店内は少し混んでいた。


 奥に進み席に二人で座ると、私は聞いた。

「私はカフェラテを頼みますが、椎名さんは何を?」

「あ、私も同じものを」


 店員に注文して待っている間、里美は映画の感想を言い始めた。

「あー、面白かったですね。冒頭から、ドキドキハラハラのアクションでしたね。あと、子猿が可愛かったです」

「ははっ、子猿ですか。私はアクションもですが、巨大な海賊船同士の戦いも見ごたえがありました。宝探しの要素があったところも良かったです。次回作があったら観たいですね」


 すると里美は提案してきた。

「今度は恋愛映画とか観ませんか? あまーい、ラブロマンスとか?」


 きた! と私は思った。やっぱり女性は恋愛映画が好きなんだなあ。私は恋愛映画があまり好きではなかった。ストーリーが分かりきっているからだ。

 最初に男女が偶然出会い、そして付き合い始める。でも何かの事情で別れる。しかし最後は結ばれてハッピーエンド。


 私があまり乗り気ではない顔をしていると、里美は甘えてきた。

「ねー、そうしましょうよ、ね?」


 私は、まあ、たまには良いかと思い告げた。

「そうですね。今度は、そうしましょうか?」


 すると里美は子供のように両手を上げて、はしゃいだ。

「わーい! やったー!」


 その様子を見ていると、私も悪い気はしなかった。いや、それどころか里美と恋愛映画を観に行くのが、楽しみになった。


 そして、ふと、さっきから疑問に思っていることを聞いた。

「その腕時計、結構大きいですね。そういうのが好きなんですか?」


 里美が左手首にしていた腕時計は、色こそはピンクだが文字盤が大きくベルトも太かった。

「知らないんですか? 今、こういうのがブームなんです!」


 知らなかった……。もともと私はファッションの流行などには、うとかったので知らなくて当然かと思い答えた。

「はい。知りませんでした」


 すると里美は笑顔で答えた。

「でも、こんな時計をしているのって、私だけだと思います。だって、マイブームですから!」


 あっ、そう……。


   ●


 月曜日に私が出社すると、里美が既にきていて資料をにらんでいた。


 私は声をかけた。

「おはようございます。今日は早いですね」

「はい、おはようございます。今日は私が主役ですからね」と答え、里美は真剣な表情で資料に目を戻した。


 ああ、そういえば今日だったか、と私は思い出した。里美から今回開発した商品の意図を聞いて、それをプレゼンに役立てる。


 私は思わず、たずねた。

「椎名さん、準備は大丈夫ですか?」


 里美は笑顔で答えた。

「はい、大丈夫です。そのために商品開発課から、きたんですから」


 午前十時になると、私たちの係は小会議室にいた。ホワイトボードもあり、アイボリー色の長方形の机の周りに私たちは座った。


 私は里美に、うながした。

「それでは椎名さん、よろしくお願いします」

「はい!」と里美は資料を全員に配り、説明を始めた。


「最近はやはり景気が悪いため、安くて美味しい物を買う傾向が主流になっていますが、それではやはり限界があります。

 それに少し高くても美味しい物を食べたい、というニーズは確実にあるため、それにこたえるために特別な日に食べる『ゴールドスイーツ・シリーズ』を開発しました。


 ラインナップはロールケーキ、シュークリーム、クリームプリン、どら焼き、チーズケーキの五つです。

 これらが好評だったら第二弾としてドーナツ、タルト、ワッフル、大福もち、ゼリーの五つを考えています」


 すると平井が、つぶやいた。

「確かに毎日じゃなくて金曜日等の週末に、自分へのごほうびとして少し高い物を買うとか、そういうことを考えることはあるわね……」


 それを聞いた里美は、その通りとばかりに意気込んで答えた。

「そうです、そういうことです!」


 すると入社三年目の桐山佑馬きりやまゆうまが質問した。

「今回の商品は今までの物と比べると価格が一割から二割高くなっていますが、それでも売れると確信しているのでしょうか?」


 里美は桐山の顔を見て、元気に答えた。

「はい。少し高くなりますが、サトウキビ本来の風味が活きていてミネラルも多く含まれる、きび砂糖を使用していて美味しさは保証できます。

 また食品添加物を一切使用していないので、健康志向の高いお客様にもアピールできると思います」


 私は、一係の全員に告げた。

「特別な日に自分へのごほうびとして食べる、ちょっと高価で美味しい物か……。

 よし、今度のプレゼンは、それを前面に押し出そう!」


 すると皆は

「はい!」と答えて係に戻った。


 そして、ちょっと不安そうな表情の里美に聞かれた。

「さっきの説明は、どうでしたか?」


 私は良く出来ていたと思ったので、笑顔で答えた。

「はい。とても良かったですよ」


 里美も笑顔で喜んだ。

「本当ですか? やったー!」


 説明が終わってからも、資料を持ってきた桐山に質問をされていた。

「椎名さん。ここについて、もう少し聞きたいんですが……」

「はい、これはですね……」

 と更に詳しい説明をする里美を見て、最初はどうなるのかと思ったが、予想以上に上手くいきそうだと私は手ごたえを感じた。

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