第八話
八月二十五日は、優子の誕生日だった。ネットで調べてみると乙女座で、優子らしいなあと思った。
三日前に私は、優子に電話をした。
「あ、優子? 八月二十五日は、優子の誕生日だよね」
「うん、そうよ」
「そしたら、レストランで食事でもしない?」
「え? ほんと? うれしいわ」
「じゃあ、前に行ったレストランに行こう。六時半頃、マンションにむかえに行くから」
「ええ、分かったわ」
こうして誕生日の食事の約束を取り付けた。
私と優子が付き合い始めて、三カ月が過ぎていた。それに誕生日でもあるので、ちょっと気の利いたプレゼントをしようと思い、普段なら絶対に行かないジュエリーの専門店に行った。商業ビルに入っていて、指輪、ネックレス、ピアスなどがガラスケースにきちんと並んでいた。
私はまず、どれを優子にプレゼントしようかと考えた。指輪は付き合って三カ月でプレゼントするにはまだ早いと思ったし、優子はピアスはしていなかった。
それでネックレスをプレゼントすることにした。ネックレスが並んでいるガラスケースを見て、どれが優子に似合うだろうと考えていると、三日月の飾りが付いたものが目にとまった。他に王冠や十字架の飾りが付いたものもあったが三日月が一番、優子に合うと思い、値段も手ごろだったのでそれを買った。
そして優子と最初に行ったレストランで、食事をしながら優子と話をした。
「私の誕生日は高校生の時までは、いつも友達を呼んで家族と一緒に、にぎやかに祝ってもらったわ。でも大人になってからは数人の仲の良い友達と過ごす、ささやかな誕生日になっていったわ」
という話を聞いて大人しい優子も、実は交友関係が広いんだなと思った。
「へえ、そうだったんだ」と私が答えると
「でも今年は、信吾に祝ってもらえてうれしい」と言ってくれた。
それで私は食事に誘った甲斐があったし、喜んでいる優子を見てうれしくなった。
コース料理も終わってエスプレッソを飲んでいる時、私は意を決して小さな箱を優子に渡した。
「俺はあんあまり女性にプレゼントとかしたこと無いから、喜んでくれるか分からないけど……」
「ありがとう、何かしら? 開けてもいい?」
もし優子が気に入らなかったら、どうしようと思った。優子のことだから、はっきり口に出すことは無いだろうと思ったが、残念な表情になったらどうしようと思ったので、私は少し緊張しながらも答えた。
「もちろん」
優子は箱を開けて中身を取り出すと、喜んだ。
「まあ、ネックレスね、ありがとう。あ、三日月の飾りが付いてる。可愛い」
そして続けた。
「あまり女性にプレゼントをしたことが無いって言ってたけど、信吾は結構センス良いと思うわ」
それを聞いて私は、一安心した。
すると優子は聞いてきた。
「ねえ早速、付けてもいい?」
「うん、もちろん」
優子がネックレスを付けると、胸元に三日月が輝いた。
「ねえ、どう? 似合ってる?」
「うん、とても似合ってるよ」
「ほんと? うれしい」
三日月の飾りを触る優子の表情はとても、幸せそうだった。
「本当に可愛いわ、この三日月」
「いろんな飾りがあったけどそれが一番、優子に似合うと思ったんだ」
「そう、ありがとう。これ、大事にするわ」
●
里美と映画を観る土曜日、私は九時頃に起きた。休みの日はたいてい、この位まで寝ていた。
いつものように簡単な食事を済ませると、録画しておいた番組を見たり、読みかけの小説を読んだりして過ごした。
映画が始まるのは午後一時からだったので十二時過ぎに、さて、そろそろ支度をするかと思いベージュのチノパンと赤と黒のチェック柄の半袖シャツに着替えた。
女性と出かけるなんて久しぶりだなと、手首に香水を付けながら考えた。少し、うわついている自分がいた。
写真立ての優子に心の中で『行ってきます』と言いマンションを出て、契約している駐車場に向かった。国産のハイブリッド車に乗り込み車をスタートさせ、車内のプレーヤーにCDを入れて好きな曲をサーチした。
そして待ち合わせ場所のコンビニに、車を走らせた。そこにはガラス張りの壁の上に『8』と書かれた看板があった。
コンビニの駐車場に車を停めると、店先で待っている里美を見つけた。
薄いピンクの花柄ワンピースを着た里美は、車を降りた私に気づいて手を振った。
私は会社で見かける、いつもの制服姿とは違い、ワンピースが良く似合っている里美に緊張した。
こんなに可愛い子と今日、映画を観るのかと、生まれて初めて女の子とデートをした時のように緊張した。
でも、その緊張を隠してあいさつをした。
「こんにちは、椎名さん」
里美は心を明るくする、花のような笑顔を見せた。
「こんにちは。今日は、よろしくお願いします」
「それでは早速、行きましょうか?」と里美を車に乗せて走り出した。
少しすると里美が聞いてきた。
「あ、清水さんも宇多田ヒカル、好きなんですか?」
「はい、でもベストアルバムしか持っていないんです」
「私は大好きなのでアルバムを全部、持っています」
と、会話をしながら大手スーパーが経営するショッピングモールへ向かった。そこには多くの専門店が入っていて映画館もあった。駐車場に車を停めて、八つのスクリーンがある映画館へ向かった。
上映室に入る前に、里美は聞いてきた。
「ポップコーンとか、食べます?」
私は映画に集中したい派だったので
「いや、ジュースだけで」と答えた。
結局、二人で話し合いオレンジジュースを二つ買った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます