第七話
その週の金曜日、午後三時。
いつものように仕事をしていた平井が、ふと課の外の通路に目をやると、里美と神崎が何やら話し込んでいた。
平井は、椎名さんたら神崎さんに、また清水さんのことを根ほり葉ほり聞いているのかしら? と考えているようだった。
そして里美が席に戻ってくると、今度は神崎が私に近づいてきた。
「まいったなー、これ、どうしよー?」
私は聞いた。
「何だよ? 神崎?」
神崎は二枚のチケットを、ひらひらさせた。
「明日、カミさんと映画を観に行こうと思っていたんだけど、急用ができて行けなくなったんだよ」
「え? そんなの別の日にすればいいじゃないか?」
「ネット予約でチケット買ってさー、日時が決まってて明日じゃないとダメなんだよ」
私は、納得した。
「ああ、そういうことか」
「だからチケット、お前にやろうと思って」
「いや、いいよ。そんなの何か、悪いよ」
「いいって、いいって。それにアクション映画なんだ。お前、好きだろ、アクション映画?」
「まあ、それも好きだけど……」
「じゃあ、決まりな。さて……、チケットはもう一枚あるんだけど、明日、急に映画を観に行ける奴なんていないよなあ?」と神崎は私の係を見渡した後、里美に目くばせをしたように見えた。
すると里美は右手を高々と上げて、元気よく言い放った。
「はーい! 明日、ひまでーす。全然、空いてまーす!」
「お? それじゃ里美ちゃん、明日、清水と映画を観に行ってくれる?」
私は、神崎を止めようとした。
「おい、神崎……」
すると里美は私に近づいてきて、上目づかいにたずねた。
「私とじゃ、嫌ですか?」
「いや、別に嫌じゃないけど……」
すると神崎は告げた。
「じゃあ、決まりな。明日、二人で楽しんでこいよ」
里美は再び、元気よく右手を上げた。
「はーい! それじゃあ、清水さん。明日の打ち合わせのために、連絡先を交換しましょう!」
そして里美がスマホを取り出したので私もスマホを取り出し、取りあえず連絡先を交換した。
神崎はそれを見届け自分の席に戻る途中、里美に向かって右親指を突き立てた。すると里美も満面の笑みで、神崎に向かって右親指を突き立てた。
一部始終を見ていた平井は、二人の最後のサインも見逃さなかった。
私は仕事が終わるとマンションへ帰り、弁当の夕食を済ませた。そして里美に明日の待ち合わせ場所と時間を、LINEで送った。電話番号も交換していたが私は電話よりLINEの方が使いやすかったので、そうした。
しばらくするとスマホが鳴った。表示を見ると里美からだった。何だろうと思いながら電話に出ると、里美の元気な声が聞こえた。
『清水さん、こんばんわー! 声が聞きたくて電話をしちゃいましたー!』
まあ、いいんだけどね……、と思いながら私は話をした。
『明日は楽しみですね、椎名さん』
『はい。私はアクション映画を観るのは久しぶりなので楽しみです!』
『そうなんですか、私はたまに観に行ったりするんですよ。明日、観に行く映画は二作目なんですが、一作目も映画館で観ました。結構、面白かったので明日も期待しているんですよ』
『へー、そうなんですか。あ、それと待ち合わせ場所なんですけど、あそこでいいんですか?
私のアパートからは近くていいんですけど、清水さんは大変じゃないですか?』
里美が私のことを気づかってくれているのが分かったので、私は里美に少し好感を持った。
そして答えた。
『いえ、構いませんよ、車で行きますし。それにしても椎名さんとは同じ市に住んでいたんですね』
『そうなんですよねー。会社でもそうなんですけど、何かの機会が無いと知り合うことも無いですよねー。街中で突然、運命の出会いなんて無いですよねー』
『まあ、そうですよね。そんな映画やドラマみたいなことは、なかなか無いですよね』
『会社でも仕事上の関係がある部署じゃないと、知り合うことも無いですし』
『そうですよね、私もそうです』
すると里美は、意味深なことを言った。
『そう考えると今回の異動って結構、運命的じゃないですか?』
私は少し、とまどいながら答えた。
『えーと、そうですね……。はい、そうかも知れません……』
『それじゃあ、明日は楽しみにしてます。おやすみなさい』
『はい、おやすみなさい』
電話を切った私はタバコを一本吸うと、優子との思い出にひたった。
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