第二話

 優子と付き合っていた頃に、言われた。

「タバコはもちろん体に悪いから本当は止めるのが一番なんだけど、そんなに美味しそうに吸われると止めろとは言えないわね。でもせめて本数を減らして」


 そして優子の前では、吸う本数は減った。しかし優子が亡くなってからは本数は元に戻ってしまった。タバコを吸う私ではなく、優子の方がガンになるとは皮肉なものだ。いや、人生なんてそんなものか。


 テレビの時刻で午前七時三十分になったのを知り、会社に行くことにした。私はリビングに置いてある棚の上の写真立ての中で微笑む優子に、心の中で『行ってきます』と告げた。


 そしてマンションをあとにし、バス停に向かった。


   ●


「だーかーらー、私は絶対、幸せになってやるって言ってんのよ!」

 そう言って里美さとみはビールジョッキをテーブルの上に勢いよく置いた。


 またか、そう心の中でつぶやき麻理まりは、ちらりと腕時計を見た。まだ午後七時三十分なのに、もうできあがってるよ、と再び心の中でつぶやいた。


 昨日、里美から電話で『明日、いつもの場所で待ってる』と言われた時は嫌な予感がしたが、それは的中した。里美は男に振られたりすると店内が、ちょっとライトダウンされたお洒落な雰囲気のこの居酒屋で、麻理にグチをこぼすのだ。


 里美は赤い顔とすわった目で、麻理にからんできた。

「ちょっと聞いてんの、麻理?」


 麻理は両方の手のひらを里美に向けて答えた。

「もちろん、聞いてる、聞いてる。それにしても友太ゆうたって、ひどい男よねー。付き合って三カ月で浮気しちゃうなんて」


 友太とは以前、合コンで知り合った男だ。それは、こんな様子だった。




「はーい、ではまず俺たちから自己紹介しまーす! 俺は片岡かたおか友太っていいまーす。歳は三十歳でーす。おもちゃ会社で営業やってまーす。趣味はアウトドアでーす。

 では次、直己なおき、どうぞ」


「はい、僕は上杉うえすぎ直己っていいます。友太とは同期で、同じ会社で製造の仕事をしています。趣味は食べ歩きです。よろしくお願いします」


「最後は僕ですね。名前は森本剛史もりもとつよしっていいます。片岡さんの後輩で、営業の仕事をしています。趣味はドライブです。よろしくお願いします」


 男性の自己紹介が終わると、友太がうながした。

「次は女性の自己紹介、お願いしまーす」


 男性三人、女性三人がテーブルをはさんで、向かい合って座っていた。

「はい、私は佐野真梨奈さのまりなっていいます。友太さん、今回は合コンの幹事を引き受けてくれて、ありがとうございます」

「いいって、いいってこれくらい。直己から聞いたんだけど何でも佐野ちゃん、先輩に合コンをセッティングしてくれって頼まれたんだって?」

「はい、それがこちらの……」と佐野が答えようとした時、声色を作った里美がさえぎった。


「はぁーい、えっとぉ、私は椎名しいな里美っていいますぅ。佐野ちゃんとは同じ会社で働いていて先輩になりますぅ。

 えー、やだあ佐野ちゃん。私、合コンのセッティングなんて頼んだっけ?

 佐野ちゃんの方が、合コンの人数が足りないから出てくれって言ったんじゃなかったっけ?

 まあ、そんなのはどっちでもいいじゃない。あ、それじゃあ、よろしくお願いしますぅ」


 佐野は、それは無いでしょうと思い抗議した。

「ちょっと、ひどいじゃないですか、椎名さん。私は椎名さんに合コンをセッティングしてくれって頼まれたから、直己に相談したんじゃないですか。

 それに椎名さん、いつもとしゃべり方が違いますよ?」


 里美は、そう言う隣に座っている佐野の背中を、少し強めにたたいて答えた。

「えー、やだあ、佐野ちゃん。私、いつもと変わらないわよぅ」


 そして佐野に顔を近づけて低い小声で、威圧した。

「余計なこと言うなよ、佐野。私は、この合コンにかけているんだからね!」


「それでは最後は私ですね。私は川上晴菜かわかみはるなっていいます。商社に勤めています。真梨奈とは友達で今回、この合コンに誘ってもらいました。よろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る