第三章 開拓村での一夜ー2
その日到着予定最後の、火星への船が到着した。南半球首都空港へ、シャンパンゴールドの八百メートルの巨体が、音もなく着陸した。星系内を航行する船としては中型の船である。その船は、定期便が降りる場所ではなく、中央政府州立政府専用離着陸場へと着陸した。船に付けられた徽章は、中央政府のものだった。ひとしきりざわざわと乗客が降り、一瞬だけ辺りは賑やかになった。
各州立政府の高官や、中央政府から派遣された政府機関の職員達だ。長期赴任の者は、家族連れだった。それぞれ、迎えの車に乗り、乗客は目的地へ向かって移動していった。辺りがひっそりとしかけた頃。
「火星の首都とは言え、寂しいものだね。オレゴンの田舎の空港そっくりだ」
タラップに立った男が呟いた。男は短くきっちりと刈り込んだ、ブロンドの髪で、四十代半ば。がっしりして、いかにも軍人らしい敏捷そうな感じだった。太い眉の陰で、鋭い眼が火星の夜空を眺めている。後に、屈強の男二人が腰の後で手を組み直立している。一人は黒人で二十五、六に見えた。逞しい躰をしている。もう一人は、すらりとした体で、綺麗に手入れした口髭を蓄えた、謹厳そうな顔付きの男だった。年齢は四十代後半か五十代だろう。三人とも軍服だった。三人は、軍服を自分の肌のように着こなしていた。
「骨が折れそうだな。サンダース、ロビィ」
暗い夜空を見上げていた男は、後ろをちらっと振り返り、控える二人に向かって言った。
「お供します! バコオル大佐」二人は、鋭いが低い声で答えた。
下では、彼らを迎えに来た軍用の車が待っていた。車の外で、運転手らしい兵士が、直立して三人を待っている。バコオル大佐はその兵士へ軽く手を上げて見せ、タラップを降りて行った。
少し離れて、車がもう一台停まっている。別の乗客を迎えに来た車だろう。
三人はすぐに迎えの軍用車に乗り込んだ。車は動き出し、灯りが乏しい空港の闇の中に消えた。
それを待っていたように、五人の人影がタラップを降り、待っている車に乗り込んだ。高級なスーツを当たり前のように着こなし、真ん中の恰幅の良い男は、葉巻をくわえている。髪には白いものが混じっていた。軍服の男達が乗り込んだ車を、表情のない眼で見送った。右後ろに居た、痩せて背の高い男が、
「山猿どもが」吐き捨てるように言った。葉巻をくわえた男は、血色の良い顔を柔和にほころばせ車に乗り込んだ。男達を乗せた車は、すぐに動き出し速度をあげた。
「あの貴賓室の連中、一度も顔を見せませんでしたね、大佐」
軍用車の中では、リックス・サンダース中尉が、ハミルトン・バコオルに話しかけていた。
「きっと、俺達とは違うところを見せたいんでしょうね」
「無駄口を利くな、サンダース」
バコオルが最も信頼する副官、ロバート・ニーブン少佐が、低く抑えるように言い、自慢の口髭をそっと撫でた。
「ちらと見た限りでは、政府関係ではなかったようだ」
バコオルが答えた。
「私もそう思います。民間の企業のお偉方と言った風でした。どうも、気に入りませんな」
「ま、俺たちには関係のない連中だ。今は政府も、奴等におべっかを使わなきゃ、色々とやり辛い時らしいからな」
「だからと言って、政府専用機の貴賓室を使わせると言うのは、噴飯ものですな」
「そう怒るな。奴等だって必死なんだろう」
ハミルトン・バコオルは、遠ざかって行く、貴賓室の客を乗せた車を見て言った。
「俺達には、俺達の仕事がある」
「了解しました、大佐。いや、司令」ニーブンは謹厳に答えた。
その横で、サンダースはもう居眠りを始めている。
ニーブンは外を眺め、感慨深げに頷いた。
「二百年近くになるんですな。火星に開拓移民団が根を下ろして」
「感無量かね、ロビィ?」
「いや、逆です。二百年、火星歴では百年ですが、我々のようなならず者が、火星で仕事を頂くとは。火星も物騒になったものですな」
「皮肉な感慨だな」
「いえいえ、有り難いことです。地球や月では躰が鈍るばかりですからな。久々に腕が鳴ります」
「ああ、安心しろ。こき使ってやる」
「光栄であります。大佐」
二人はちらりと目を交わし、笑い声をあげた。互いを信頼した表情だった。こうやって、二人は幾つもの戦場を渡り歩いて来たのだ。
「前司令がやられた野盗団の探索も、我々の仕事に含まれているのでしょうな? 大佐」
「勿論だ。だがそれは後回しになるだろう。北の治安がまず最優先だ。お偉方の都合を聞いている暇はない」
「それを聞いて安心しました。お偉方の点数稼ぎに付き合うのは、自分の趣味ではありません」
「北では、蝗並みに、野盗が湧いて出るらしいからな」
「そう聞いております。実情はもっと酷いもんでしょうな。しかし、北部特捜部隊本部が、このネオ・マーズにあるっては、一体どう言う洒落なんでしょう」
「どうやら、前任司令のお好みらしい。北へ行ったら、すぐ本部にかっこうの場所を探して、特捜本部を設置する。こっちは出先オフィスに格下げだ。いちいち南へ戻って、タキシードに着替えている暇は俺達にはない」
「おっしゃる通りです。私の体は、タキシードを受け付けない体質でしてね」
ニーブンはにこりともせずに言った。
バコオルはにやりとした。
「ところで、例の隊員は到着したのか?」
「はい。民間の定期便で着いています。二十名全員です。政府機関職員と民間研究施設関係者と言う触れ込みです」
「よし、予定通りに動かせ。四人グループにして五班、すぐに動くように指示して措け。行き先は予定通りだ」
「了解」
バコオルの指示に、ニーブンは静かに答えた。それから、サンダースを見た。
「放って置け。何かあれば、真っ先に動く奴だ」
バコオルは言い、外の闇へ眼を向け、
「田舎のオレゴンを思い出すよ」
しんみりと言った。
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