第4話 不思議ちゃんとの海

 帰り道。


 いつも通りの明るい笑顔が戻った示森が俺に声をかける。


「優木君って好きな子いるの?」


「嫌味か?」


「あ、いやーそんなつもりはなかったんだけどね」


「いないこと分かっていて言ってるとして思えないのだが?」


「ごめんちゃい」


 示森は手を合わせると、舌をちょこっと出した。

 いつもの示森に戻ったらしい。あんだけ取り乱した示森は珍しいからな。


「ねね、海行かない?」


「急だな。こんな夜遅くにか?」


「う、うん。ダメ、かな?」


「分かった。気分転換にはいいだろう」


 俺たちが住んでいる地域は海がとても近い。歩いて行ける距離である。

 いつもと違う道を選んで海まで二人隣合わせで歩く。


「やったー、やったやったー、やったった。やたーー」


 手を大きく上げて喜びを最大に表現する示森。


「でも俺は一人暮らしだからいいが、お前はいいのか?」


「うん、大丈夫。塾行って自習室で勉強してる事にしてるから」


「そんなに海行きたかったのだな」


「うんっ!! とっても行きたかった!! えへへ!! えへへ!! えへへへへ!!」


「らしさが戻ったな」


「そりゃあそうだよ。優木君に話さないって言われたら落ち込むよ」


 俺は示森の発言に首を傾げる。


「なぜだ? お前には多くの友達がいるだろう? 俺がいなくても何の問題も起こらないだろう?」


「……それ本当に言ってるの?」


 珍しく示森が怒り口調。それに睨まれているような雰囲気もある。よくわからないな。


「俺はクラスで嫌われ者だからな。俺がいなくなっても誰も困らない事は明らかだ」


「そんな事ないよ? そんな事ないから!」


 やはり彼女は少々ご立腹のご様子。


「どうした? 急に」


「私、優木君の周りに流されず、一人好きな事に集中する姿好きだよ。とてもカッコよくて私は少なくとも悪口言うような人より、自分が悪いと言えてしまう人の方が好きだよ」


「告白か? 少なくとも悪口を言うように促した奴が言うことではないな」


 ああ、本当は知っている。彼女が他のクラスメイトを庇った事は反応を見れば一目瞭然だった。


「あ、えっっと。そうだね。あはは、何言ってるんだろうね」


 示森が何を思って発言したのか。気になるところだな。


 

 ※ ※    ※

 

 浜辺に着いた。


 もう夕日も落ちてしまっていて空は段々黒に染まり始めていた。

 示森は暗くなった空など気にも留めず、波打ち際まで近寄っていった。

 靴と靴下を脱いだ彼女は海へと足を入れた。


「危ないからあまり深く入るなよ」


 少し海に近づきながら俺は彼女に注意するよう呼びかけた。


「大丈夫だよー! それより優木君も入りなよー」


「遠慮しておこう。濡れたくないんでな」


「残念〜、気持ちいいのにな〜」


 示森は俺の呼びかけを聞いていなかったのかとても楽しそうにはしゃぐ。俺は示森がコケそうで気が気でなかった。仕方なく靴と靴下を脱いでズボンの裾を捲ってあげ彼女に近付いた。


「結局入ってきてくれたんだ〜」


 少し嬉しそうに話す示森が海水をすくいあげる。


 杞憂である事を願ったが案の定、彼女は足を滑らせて倒れかける。


「わっ!」


 彼女の背中に手を回し彼女を支えた。


「だから言っただろうが。そろそろ暗いし上がるぞ」


「う、うん。あ、ありがとう」


 海から上がり、持っていたタオルで足を拭く。靴を履き、歩き出す。




 先程よりも大人しくなった示森は俺のすぐ後ろを着いて歩く。


「そうだ、優木君」


「何だ?」


 後ろをしばらく歩いていた示森が俺の前まで走ってくると、振り返る。

 自然的に俺も彼女の前で立ち止まる。


「また遊ぼうね」


「今日で最後の間違いだろ?」


「ど、どうして?」


「逆に聞くがなぜそんなに関わってくる? 俺は誰にも必要とされていないのを理解している。それ以外に理由なんていらないだろう」


「少なくとも私は優木君が必要だと思ってる」


 落ち込むのか泣くのか笑顔なのか真剣なのか恥ずかしがるのか、表情が豊かすぎて本当に示森はわからないな。


「私は優木君と関われるようにするためにクラスのリーダー目指して頑張ってきたんだけどな」


「どう言う意味だ?」


 示森は顔を緩ませると「秘密〜」と嬉しそうに俺の前を軽快に歩き出した。

 俺と関わるため、か。よく理由がわからないな。




 帰り道の途中。


「だから、教えて欲しかったらまた私と遊んでね」


「別に必要ないな」


 今回は示森のメンタルを心配して付き添っただけに過ぎない。俺も言い過ぎた部分があったので、そうした。でも、もう必要ないように思える。


「ええええ!! 必要ないのおおお?」


「ああ、俺は一人の方が好きだからな」


「ムッ! むうう!」


 今度こそ示森は機嫌を悪くしたようだ。頬を若干膨らませる。


「でも、まあもしもお前が誰にも相談出来ないなんてことがあってまた泣いていたら付き合ってやる。人の涙を無視出来るほどまで俺は落ちぶれていないからな」


「ふふ、そうだね。私が泣いてた……いや、泣いてない!!」


「フッ、泣いてないか。それは失礼した」


「思ってないでしょ? ぷんぷん!」


 示森は強く踏み地面を鳴らす。何かを思い出したかのように再び口を開いた。


「でもまあ、優木君久しぶりに笑ってくれたね。私はその笑顔見られただけで今日誘って良かったって思ってる。だから、ありがとう。中々見られない優木君の笑顔もらったよ」


「笑った覚えはないな。でも、俺こそありがとだな、久しぶりに海へ来た」


「えへへ、じゃあね。また明日。優木くんっ」


 分かれ道、二人の家はそれぞれ違う。俺は軽く手をあげて示森と別れ、帰路に就いた。

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