第3話 不思議ちゃんの泣き顔と笑顔

 示森とは約束通り何も話さぬまま早一ケ月が経とうとしていた。


 俺は今までも一人でいたわけで困る事はない。示森も人気者であるため何も困ってなどいないはずだ。


 通学途中、示森の背中を見つけた。珍しく一人で登校しているようだ。周りには誰もいない。


「ねぇ、示森さんここ最近あまり元気ないよね」


「そ、そうだね。どうしたんだろう? 心配だね」


 女子生徒二人が示森を見つけるなり彼女の体調を気遣った話をする。

 俺に悪口を言った生徒と示森に数学の問題を教えていた女子生徒。

 関係のない事なので、無視して前を歩く生徒たちを追い抜き、学校に向かった。


「ず-ん」


 教室にやって来た示森は口で心情を表現しながら、席に着く。


「ずーーーん」


「ずーーーーーーーーーん」


「ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」


「チラッ」


「チラッチラッ」


 俺が酷いことを言ったにも関わず示森は俺と関わる事にどうやら懲りていないらしい。寧ろ俺と関わりたいというような眼差しを向けられている気がした。

 

 

 他の生徒たちはと言うと示森に声を掛けに行くような勇気はないらしい。


 俺と示森の席は、一番後ろの席と言うのは一緒だが、それぞれ窓側と廊下側の一番端なので、その距離から話しかけたとしても声が届かないか、示森が聞こえる声で話したとすればクラス全員の視線が集まってくるかのどちらかだ。

 


 あまりにも示森が悲しそうにするので俺は口パクでなんだ、と大袈裟に開いて示森に伝えた。


 一応話をしていないので、約束を破った事にはならない。屁理屈と言われようが俺が示森に対して言葉を発さなければいいである。


 示森は顔の表情を輝かせこちらに近づいてきた。


「武藤くんっ、ごめんなさい」


 深々と頭を下げる示森。俺に頭を下げるという光景にクラスメイト達は驚きを隠せないでいた。何故不思議ちゃんで明るく元気な示森が一人の俺に謝る事があるのだろう。そんな疑問がすぐよぎった事だろう。


 クラスメイト達は静かに俺たちの行く末を案じる。


「あと、これ……それだけだから! じゃあ!」


 示森は折られた紙を俺に渡した。


 一瞬暗い表情を浮かべるも、すぐに示森はその表情をいつも通りの明るい表情へと戻し、クラスメイトに声を掛けに戻る。


 何を謝ったのか聞かれていたが、彼女はこの前の掃除当番を俺だけに任せたと、嘘をついた。それが真実かどうかは第三者には分からない。


 軽い掃除をする場合は大きなゴミだけでいいので、掃除当番である二人が大雑把にほうきでゴミを掃く、という事になっている。俺と示森は一度同じ掃除当番になったこともあった。


「ああ、そうか。だから覚えているのだろうか」


 示森の名前だけを知っているのはそういう事だったか。


 ちなみに、一緒に掃除した際、示森は逃げないでちゃんと一緒に掃除を行った。寧ろとても真面目に掃除をしていたくらいだ。

 理由としては確かに嘘をついて言った方がクラスメイトも納得しやすいだろう。



※ ※    ※




 朝に示森から受け取った手紙に放課後残って欲しいと書かれていた。


 従う義理もないが、無視する勇気もなかった。大勢がいる中で彼女は俺に声を掛けた。今回は彼女の勇気に負けたという事にしておこうか。


「あ、やっほー、む、じゃなくて優木君」


 教室の前の扉から示森が現れる。俺は何も言わず頷いた。


「あの、本当にごめんなさい。」


「もういい。だからもう謝るな」


「え……」


 示森は二つの意味で驚いたことだろう。


 一つは俺が喋ったこと、もう一つは彼女を許すという決断をしたことだ。


 一度決めたことをすぐに曲げるなんてみっともないと思うだろう。でも、示森は深々と頭を下げる前、小さな涙の粒を流した。

 俺は涙と行動、更に弱そうな声で謝られると、こちらも許してやる以外に選択肢がないというものだ。


「ほんとっ!? やったああ! えへへ! ありがとう! ゆうちゃん! ああ、ごめんなさい」


 目を輝かせ、ジャンプしてまで喜んでも尚、俺の言ったこと忘れてない……とは言わないが、愛称で呼んだことはすぐ謝ったし見逃してやろう。


「それで用事とは何だ?」


「私、優木君と話したかっただけだから。その手紙に書かれた嘘についても謝罪します。ごめんなさい」


「それ以上謝罪は不要だ。俺は別に謝罪を求めている訳ではない。そもそも嘘はついていないだろう?」


「え……あ、もしかして気づかれた? あはは、流石優木君だね」


「何を企んでいる? 全部お前の計算か?」


「あははは! 計算だなんて、私を買い被りすぎだよ。私は頭が良くないからね! ふふーん!」


 両手を腰に当て少し威張ったような態度をする。


「ドヤることではないだろ」


「あ、確かに……」


 自分でもそのことに気がついたのか示森は顔を赤くした。頬を触り彼女は「ううう」と言いながら顔を覆い隠した。


「もう大丈夫」と自分に言い聞かせた示森は手を顔から離す。


「……何故泣いている?」


 静かに大粒の涙を流す示森。


「え……嘘? あ、あれ、何で。あはは、ごめんね」


「笑って誤魔化すな。俺はお前のことを謎な人物だと捉えていたが、違うのかもしれないな」


「あはは、嘘泣きだよ。私得意だから。それより帰ろ」


 制服の袖で涙を拭い、少し目元を赤くした示森が俺の手を掴んで引っ張った。


 いつもならその手を振り解いていた俺もその姿に従う以外できなかった。二人でオレンジ色に染まる空の下を歩いて帰って行く。

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