第2話 不思議ちゃんは人気者

 五時間目が始まるまでには何とか学校に着いた。

 

 今まで休んだことが無かったので、何もない日に休んむにはとても痛い。遅刻してでも来る価値はあった。


 遅刻を担任教師に伝えるため職員室に顔を出した後、教室まで足を向けた。教室の後ろの扉をゆっくりと開け、一番後ろの窓側の席まで移動する。

 

 鞄を机の上に置き小説だけを手に取った。椅子に腰かけ、鞄を机の左のフックに掛けかける。


 少し視線が俺に集まっていたが、別に気にすることなく本を読み始める。


「お、おはよ。武藤君」


 他の目線を気にせず示森が声を掛けてきた。彼女と目立つ教室で関わるつもりはない。無視して俺は本を読み続ける。


 示森がいつも一人の俺に声を掛けた事で驚いたクラスメイト達が一気にこちらへと視線を向けた。

 

 一瞬で教室は静かな空間へと変わる。とても居心地が悪い。

 

 授業ももう間もなく始まる事だろう。教室から出る事も許されなかった。


「ねぇ、武藤君って怖いよね」


 そんな女子生徒の声が静かな教室に小さく響いた。俺が聞こえていないと思って言ったのだろうが、本人の前でそう言った発言は辞めて頂きたい。気にしなければいいだけの事だが、本人を前に言われた悪口を見逃してやるほど俺は優しくない。


「確かに~。いつも一人だしね」


「言えてるね~。って言うか、今日どうしたんだろうね。いつもちゃんと来てるのに」


「それな、休めばよかったのに」


「武藤君がいたら空気悪くなるだけだしね」


 そんな事クラスメイトからの悪口がいくつも聞こえてきた。女子だけでなく男子からの批判も浴びた。


 ああ、そうだな。俺はこのクラスの邪魔者であったな。


「み、あ、えっと、そうだ! 今日の数学の課題一問だけ分からない所あったんだ! 誰か教えてもらえないぃ~? おねがぁ~い」


 申し訳そうな顔をした後、次の授業の課題について思い出したことがあったらしい示森は、振り返り手を合わせクラスメイトに頼み込んだ。

 すぐに俺への視線が彼女に移動した。


「え、示森さん珍しい~」


「いいぜ~、俺が見せてやるよ~」


「あんた、頭悪いでしょ。私が見せるのよ」


 名前の知らない生徒たちが示森を中心に盛り上がり始めた。俺は気にせず本を続きを読むことにした。授業が始まれば勝ちなのだから。


 今更気づいたことであるが、示森はクラスの人気者なのだな。


「……俺は何故示森の名前だけ知っている、のだったか。まあいい」


 彼女がクラスの中心であるから、何となく覚えていたという事。そんな結論を勝手に下した。


 そして間もなくして授業が始まった。



※ ※               ※         



 放課後、俺はキリの良い所まで本を静かに読んでいた。


「ありがとう。また明日ね。うん!」

 

 クラスメイトと挨拶をかわし、示森がこちらにやってきた。いつも間にか教室には二人しか残っていない。


「ゆうちゃん、一緒に帰ろうよぉ~」

 

 もう一度無視をして本を読み続けてみる。


「むぅ! しするなんて酷いよっ。ゆうちゃん」


 中々言葉繋ぎが上手なようだな。本当に機嫌を悪くしたのかと思ったが、違うようだ。


「俺から言う事は二つだ」


「えっ!? なになに? 私に告白!? いいよっ!」


 声のトーンを何段階か上げ明るく話す示森。


「何言ってる。一つは俺に関わらない方が良いという事だ」


「ゆうちゃん……もう一つは?」


 落ち着きを戻した示森が二つ目の回答を聞く。


「その呼び名をやめろ。以上だ」


「えええ、そんなことぉ~?」

 

 とても変なテンションで落ち込んでいるような気にしていないような、とにかく彼女はよく分からないという事だけが分かる。


「じゃあな、俺は帰るぞ」


 ここにいても読書に集中が出来ない。帰った方が捗るだろう。


「お願い、今日だけでもいいから一緒に帰ろ?」


 よく分からないな。人気者の示森が、急に俺との関わりを急に持とうとする理由が分からないな。


「やめておけ。示森までクラスメイトに色々言われるぞ」


「やっぱり聞こえてた、よね」


「フッ、こんな狭い空間であんなに大声。聞こえないという方がおかしいと言う者だろう?」


「そ、うだよね。ごめんね」


 言ったのが示森ではない。寧ろ示森は話題を変え、俺への視線を自分へと誘導した。何故示森が謝る必要があると言うのだ。


「そ、そう! 今日、ゆ……え、っと武藤君の悪口言うように言ったの私なんだ。追い出されたからその仕返し~って。だから悪いのは私だけだから、ね」


 示森の顔を見つめた。顔は赤かったが何も読み取れなかった。


「そうか。なら尚更俺に関わるな。もう二度と俺はお前には喋らない」


 俺は本を鞄にしまい、鞄のファスナーを閉めた。鞄を背中にかけ、示森の横を通過し教室を後にした。示森はその場に立ち尽くしたままだった。

 もう話さないと言った以上、二言はない。


 示森が始めようとした関係もたった一日で終わる事となった。

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