不思議なあの子が強気なのか弱気なのか分からない

猫山華奈叶

第1話 現る不思議ちゃん

「すぴー、すぴー、すぴー」


「ん、何してるんだ示森しめもり


 目を覚ました俺の隣に寝ていたのは示森麻尋しめもりまひろ

 青髪ロングにピンク色の鮮やかな唇に、とても潤んだ瞳が俺の顔を覗いていた。


 何故か示森は俺の言葉に目を少し見開き口も開いて、少し驚いたような表情をしていた。その表情をしたいのは俺の方だ。


 とても天然、と言うか計算高いと言うか。不思議な俺のただの同級生だ。

 今の状況に動揺していない訳では決してない。はっきり言って心臓が飛び出そうなほど驚いた。

 しかし、動揺した所で何も生まれないと知っている。


 とりあえず起き上がる。


「え? えへへ。武藤むとう君が寝息も全く立てないから私が代わりに言ってたの」


「よく分からないな。そもそも何故ここにいる?」


「これだよ、はーと」


 見せてきたのは俺が先日無くしたはずの家の鍵。同級生だろうと普通に犯罪だ。


「お前は犯罪するようなやつではないだろう?」


「はんじゃいい? あはははー、むっちゃん何言ってるのー?」


 本当に分からないとでも言うように彼女は大声で笑って見せる。

 変な単語が聞こえた気がするが、今は無視しておこう。


「まず鍵を返して貰おうか」


「仕方ないなあ〜、はいあげる」


 示森は寝たまま俺の鍵を前に差し出す。


「あげるとは何だ。これは俺の物だ。言うなら返してあげるだ」


「あはは、むっちゃんって相変わらず堅いよね〜」


 寝転んだままの示森はよく分からないことを言い出す。彼女は未知である。


「全てにおいて理解が出来ないな。そもそも俺の事も、俺の家も何故知っている? 今まで喋った事すらいないだろう? それとも俺が一人暮らしを知って何か盗みに来たのか? フッ、でも残念ながらここには何もないぞ?」


「もう~、ゆうちゃんったら~。ゆうちゃんって、えへへ。ふふっ、ふふふふふ」


 麻尋は右人差し指で俺の鼻にちょんと触れた。

 話がかみ合わない。だから人と話すのは疲れるのだ。嫌なのだ。


「話を逸らさないで貰えるか? もう一度問う。何故ここにいる?」


「べ、べべ別つつつつつつつつつうつつがたがたがたうに?」


 明らかに動揺している、と言う風に見えるだろう。だがこいつは本当に読めない。何を感じて今のわざとらしい態度をしたのかどうか気になる所である。


「答えないのなら警察に通報するがいいのか?」


「ねえ、武藤優木(むとうゆうき)君」


 示森が珍しく見せた真剣な表情。


 どうやら俺の名前をちゃんと覚えてくれているらしい。恐らく同じクラス二年B組の生徒全員俺の名前を知らないだろう。俺は誰とも話したことがない。休み時間には本を読み、一人大人しく過ごしている。


「なんだ」


 また話を逸らしたことに俺は納得していない。だから強めの口調で発言する。


「えっとね、そののね? えっと、私と友達になって欲しいな」

 これは計算で言っているのか。それとも彼女の本心なのか。


「くだらん。仲間遊びを俺はしない。分かったか? 早く帰ってもらおうか」


「何の事かなぁ~? あたしぃ~、分かんないなぁ~。ね、ゆうちゃん?」


「今まで触れてこなかったがゆうちゃんと呼ぶのはやめてくれないか。不快だ」


 例え誰であれ、変なあだ名をつけられるのは不快だ。ただのクラスメイトであるなら尚更不快だ。


「え? 何の事かなあ~? ゆうちゃん」

 流石に意図して言っているとしか見えない。


「白々しい。そろそろ」


「……そっか、ごめんね。お邪魔しちゃって……」


 なんだ? 先程までの強気な発言とは裏腹に今のは、とても弱気な発言だ。


「今回は俺が鍵を落とした事にも責任がある。今回は不問にしてやるが、次回はないからな」


「う、うん。ご、ごめんね、じゃ、じゃあね」


 急いでベッドから出る。しかし焦っているのか彼女は扉の前で盛大に滑ってこけた。


「あばばばば、いったああい」


 示森は扉にぶつけた膝を撫でて何故かフーフーする。


 痛みが治まったのか立ち上がると、急いで部屋から出て帰って行った。大きな音が再びして、「いたああい、トラップが多いよおお」と声がする。そしてまた静まり返る。


 仕方ないので様子を見に部屋を出る。先程と同じように膝をさすっている示森が玄関前に座り込んだ状態でいた。


「大丈夫か?」


「ああ、うんうん。ごめんね。だ、大丈夫だからー」

 

 彼女は急いで立ち上がると、玄関の扉を勢いよく開け出て行った。


「嵐のようだったな」


 示森の背中を見届けた後、寝室に戻る。

 俺は今日が平日であるという事を完全に忘れ、再び眠りについたのだった。

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