ドラゴン 必殺の一撃!

上野蒼良@作家になる

神速の鉄拳

 ――20年前。俺の家は、燃やされた。それは、上海男子功夫大会しゃんはいだんしカンフーたいかい決勝で俺が戦いに行く前日の話だった……。


 それは、上海の町が中国人達の手から離れてしまった頃の事。中国人の住んでいた家からは中国人が出て行かされ、または反抗する中国人を虐殺したり、家ごと燃やしたりして無理やりそこに住んでいた人々を引き離した。そして、いなくなった彼らに変わって自分達――イギリス人が住む。

 当然、店などはそこに住んでいた人々にわざわざ来させて働かせ、自分達はただそれを買う。勿論、イギリス人も他の所で働いてはいるが、それも現地で働く中国人達とは圧倒的に収入に差がある。この地にやって来る白人は皆、お金持ちだったのだ……。


 ロンの家もイギリス人によって燃やされた。彼の家は、カンフー道場と繋がっており、村の中ではそれなりに大きかった。イギリス人の金持ちも土地の広さ目的でそんな彼の家を狙ってやっては来たが、竜の父とそれから次期道場後継者である兄のフーが断固拒否し、そして何度も口論を重ねた。しかし、それもすぐに無駄になった……。交渉が始まってからすぐ竜の父と母は、イギリス人のマフィアによって殺されてしまう。2人は、竜への大会祝いの品を買いに隣町へ行っていたようでその帰りに殺された。後に2人の死体と共に木製の箱も見つかっておりそこに竜宛ての手紙があったのが何よりの証拠だ。また、時を同じくして兄の虎も家ごと燃やされて殺されてしまった。現に彼がいつも寝る時も風呂に入る時もお出かけする時も肌身離さず持っていた父の買ってくれた道着がボロボロの焦げた状態で見つかったのだ……。


 …………唯一、町の人達の助けもあって逃れる事ができた幼い彼は、その後天涯孤独となり、親も兄弟もいない中で竜は生きていく事となるのだった……。
















         *


 上海イギリス租界の隣。中国人居住区に存在する小さな建物。その建物の中から1人の女性が現れる。女は、建物の外の入り口付近に立て看板を置くとお店の中に向かって大きな声をあげた。


「……設置できたよ!」


 女の元気な声の後、建物の中から今度は男の声が聞こえてくる。


「……オッケー。じゃあ、そろそろ店開けよっか」


「はーい!」


 男女は、そんなやりとりの後に建物の中に入ったまま続々とやって来る人々に手作りの料理を振舞った。

 2人は、それぞれ配置につくと男の方はエプロンを着た。彼の見た目は、モデルの女性のように細い手が特徴的で、しかしそれと対をなすように胸部と腹部の筋肉はとても発達したアンバランス差。そして、優しそうなサラサラした黒髪が特徴的だった。彼が、厨房に並んだフライパンを見つめて気合を入れていると、厨房の外から同じく赤いエプロンを着た女性が馬鹿にした笑い方をして男の方を指さして来た。


「……相変わらず、似合わない」


 その女は、長い栗色の髪の毛をポニーテールのように後ろで結んでいて、手は男に並ぶ程細く、その肌は美しい白。そして、セクシーな見た目と大人びた顔とは真逆に子供のような無邪気な笑顔を見せるアンバランス差。

 お互いにアンバランスでしかも左の薬指に新品の指輪をつけているのが特徴であり共通点の2人だった。




 そんな彼女が、男のエプロン姿を煽ると男は頬を朱に染めて怒鳴る様に言った。


「うっ、うるせー! 朝の稽古終わったんだから、さっさと店開けるぞ!」


 そうして、男女は元気よくお店を開店させた。




          *


 この日は特に人が混雑しており、厨房でフライパンを躍らせている男は、体中の汗をタオルで拭きながらお皿に料理を盛り付けて店内を忙しく走り回る女性を呼び、品を渡した。


「……5番テーブル、回鍋肉。持ってって」


「了解!」


 女性は、疲れを感じさせない元気な笑顔を作ってお皿を持つと、そこで厨房に立つ男は女性が店内に戻る前に声をかけた。



「……藍藍ランラン!」


「……?」


「そろそろ昼休憩にしよう。表の看板を片してきてくれ」


「ラジャー!」


 女性は元気よく返事を返した。2人は、今いるお客達にラストオーダーをとると、彼らがいなくなったタイミングでお店のかけ看板をOPENからCLOSEに戻した。2人は、人のいないしまったお店の中で一緒に昼食をとる事にした。女の方が男から炒飯を受け取ると、それを一緒に店内のテーブルで食べた。女が美味しそうに蓮華を口へ運びまくって、蓮華を持たない方の手で自分の頬っぺたを抑えていた。


「んんー! やっぱエプロンは似合わないくせに飯は最っ高だわ!」


「うるせー! エプロン似合わないは、どう考えても余計だろ?」


 男が反論すると、女も方も何かを言おうと男の方を向いて口を開けかける。しかし、ちょうどそのタイミングでお店のドアが開く。外から元気な若い青年たちの声が聞こえて来た。



「……師匠! おはようございます!」


「ちょっと早いけど、早くやりたくて来ちゃいやした!」



 若い青年たちは、全部で3人。彼らはそれぞれボロボロになった薄い青の着物を着て、しかしそれと対極的に眩しい笑顔を浮かべていた。


 2人は、そんな彼らがやって来たのを見てすぐに言い争う事をやめて、炒飯をかけこんだ。男の方が一気に全てを飲み込み終えると、口にまだ米が残った状態で青年たちに告げた。


「よっし! じゃあ、ちょっと早いけど。鍛錬の時間にすっか!」


「「はーい!」」


 青年たちは、そう言うとすぐにお店の奥の更衣室でやはりボロボロの道着に着替えた。










          *


 お店の裏で、毎日の彼らの鍛錬は始まる。彼らは、毎日毎日お昼になると町一番の功夫カンフーの達人と実際に呼ばれている男のお店へやって来て、功夫をやっていた。……といっても、実際に男は青年達の前で功夫をほとんどやらない。青年達が、日々のうっぷん晴らしと暇つぶしにやって来るだけなのだ。彼は、いわばついでにやっているに過ぎなかった。……実際、青年達は男が本当に町の人達が言うように功夫の達人なのか、正直信じてはいなかった。


 すると、鍛錬に疲れて地面にどかっと座る大柄な体の青年が他の2人に向かって言うのだった。


「なぁなぁ、店主さんさぁ……本当に功夫できんのかなぁ?」


 すると、青年の中でも特に前歯がキツツキの嘴の如く主張の激しい男が言うのだった。


「……あぁ、それは俺もちょっと思ってたんだ~。店主さん、すっげぇ良い人だし飯もうまいけど、あんなほっそい手じゃあ、流石に功夫はできんなぁ~」


 それに対して今度は、青年の中でも特に優しそうな老け顔の閉じた瞳が特徴的な男が喋り出した。


「なんだか、嘘くさいよな。この前なんてお前らに内緒で店主さんに功夫見せてって言ったんだけどさ~」


「えぇ! 何、お前俺らに内緒でそんな事を……」


「あぁ……ごめんごめん。悪かったよリス面。……で、まぁ話を戻すとさ、その時にちょっとだけ見せてもらったんだよ。そしたらさ、もう超へなちょこで。なんか、久しぶりだなぁとか言って張り切って足を上げただけで、ぎっくり腰になっちゃってさ~」


「それは、やばすぎる!」


「……あぁ面白いなぁ。店主さん。そう言えばあの人、見た目若く見えるけど何気にもう32だっけ? そりゃあ腰もいっちまうわ~」



「確かそんくらいだよ。まぁ、見た目だけなら32歳ってバカにしてるお前の方が老けて見えるけどなぁ」


「なんだとぉ! 自分だけ体デカいからって調子乗りやがって~!」


 青年達は、笑ってじゃれ合った。すると、お店の中から店主さんが現れて彼らに言った。


「……よーし! そろそろお店再開するぞ!」



 すると青年達は、続々と立ち上がってお店の中へと入って行き、それぞれバラバラに言うのだった。


「「……手伝いまーす!」」



 こうして、お店はここから晩御飯の時間まで賑わいを見せながらその日も何もなく終わったのだった……。









          *


 そんな平和な日々を過ごしていた彼らだったが、ある時その平和は一気に崩れる事になる。ある日、いつも通りお昼の時間頃に店主たちがお店を一度閉めてご飯を食べていると、お店のドアが勢いよく開いた。


「……おいおいどうした? 今日はやけに早いじゃないか? まだ流石に鍛錬はしな……」


 店主が言いかけた所で外からやって来た金髪と黒いサングラス、漆黒のスーツが特徴的な大男達は、ずかずかと店の中に入って来た。


「ちょっと! 今はお休み中! 午後の開店はまだ先よ!」


 女が、怒鳴りつけると男の1人がサングラスをとて軽く頭を下げる。


「……Sorry」


 すると、そう言いながらも大男達は次々とお店の真ん中のテーブルに座り出した。そして、全員が座ったタイミングで今度は身長が低い細い目をした中国人が中に入って来て、店主たちの元に駆け寄った。


「あらあら、ごめんなさいね~。この子達、み~んなお昼ご飯がまだでねぇ。ちょっと多めに見てやってね~。大丈夫。アタシ達決して怪しい奴ではないから」


 その男は、オネエ口調でそう言うと同じく大男達と同じテーブルを囲むように席に座った。そして、店主の方を見て彼に1枚の紙を渡して彼は言った。


「……実は、ちょっと折り入って相談がありましてねぇ~。急いでいるから手短に説明するわ」


 その紙には、大きな文字で「イギリス租界拡張」と書かれていた。











         *


 

 ――その日の夜。店の中では、店主と青年3人。そして、女性がテーブルでご飯を囲みながら話をしていた。彼らは、真ん中に置いてある様々な中華料理の数々を箸でつついた。だが、その反面。彼らの会話は酷く重くしまいには怒鳴りだす者まで現れた。


「……そんなのふざけてますよ! この店が潰されるだって! バカげてる!」


 老け顔の青年が、その穏やかそうな顔とはかけ離れた激しい怒りをぶつける。そんな彼に呼応するように他の青年達も彼に続いた。


「そうですよ! こんなの間違ってる! だいたいここは、上海。俺達の土地だ! あんな奴らの言いなりになる必要なんてないですよ!」


「そうでっせ! 俺、今すぐアイツらの事ぶっとばしに行ってやりやすよ!」


 大きな体の男がそう言って立ち上がると他の青年達も後に続いて立ち上がり、そして店から出て行こうとした。しかし、彼らが出て行こうとしたその直前に、店主は彼らを呼び止めた。



「……待て! 待つんだお前達! 争いは良くない! 相手は私達よりも大きな組織だ。お前達が殴り込みに行った所で、何の意味もない。それにそんなやり方じゃあ昔の彼らと一緒だ」


 店主は優しい声音で彼らにそう告げると青年達は下を向いて悲しそうな顔を浮かべたまま黙りだした。店主はそんな彼らの様子を見て大きな体の男の背中をポンポンと叩いて笑ってみせた。


「……さぁ、今日はもう帰りなさい。こんな時間まで仕事の手伝いをいつもありがとうな。今月はたんまり給料を渡してやるから、楽しみにしてるんだぞ! さぁ、また明日鍛錬の時間に会おう! おやすみ」



 3人の青年は、静かに「おやすみ」と言い、そしてお店から出て行った。










         *



 3人の青年達が、自然と自然の間にある細い道を歩いていた。彼らは、星を見ながらしかし、何処か目線を落とした様子で話をしていた。


「……はぁ、それにしてもさ。あんな事言われたからって素直に受け入れられるわけじゃあねぇよな……」


「分かるぜデカ物。俺もなんかモヤモヤするんだよ。なんかこう、すかっとしないんだよなぁ……」



「分かるよ。俺達、なんだかんだ店主さん大好きだもん。なんたって、地元に道場もなくて功夫ができない俺達に功夫を教えてくれた人だもん。しかも飯うまいし……」




 3人は、どんよりした顔で帰りの道を歩き続けた。すると、道の向こうから柄の悪い見た目の金髪のイギリス人達が彼らの元に現れ、そして思いっきりその大きな肩を出っ歯の青年にぶつけて来た。


「……おい! どこ見てんだ! ふざけやがって!」


 イギリス人の男が、怒鳴り出すと青年達は今のこのモヤモヤした怒りのままに彼らに当たってしまう。


「あぁ? てめぇらがわざとぶつかって来たんだろ? ふざけてんのはテメェだ! ボケ」


 すると、イギリス人達が前に出て来て起こった様子で彼らを睨みつける。――すると、その瞬間に町の中にぽつんと立っていたイギリス製のガス電灯に照らされ、その顔が明らかになる。青年達は彼らの事を知っていた。


「テメェら……!?」


 すると、イギリス人達もわざとらしく笑ってみせて青年達に向かって言うのだった。


「……ほぉ、奇遇だなぁ。まさかこんな所で会うなんて……なんだ? テメェら、やるか?」


 イギリス人達は、正体が分かると更に青年達を煽る様に中指を立てたりしだす。青年達は、そんな彼らの挑発を全て理解できたわけではないが、それでも何か侮辱されているという事を察知し、そして3人はイギリス人5人組に殴りかかった。



「上等だ! 店主さんのためにも、ここでぶっ飛ばしてやらぁ!」


 3人は、勇敢に走り出す。――そして、そんな青年達の勇気ある姿を嘲るようにイギリス人達は、ズボンのポケットに手をつっこんだ状態で余裕そうに彼らとの喧嘩を開始した……。









          *



 ――次の日。店主は早速交渉をしにイギリス人達のいる大きな豪邸にやって来た。そこで彼はイギリス人の使用人に連れてかれて家のあちこちを見渡しながら会議室へと入って行った。



 ──イギリス人のマフィアにしてはやけに中国人っぽい家だなぁ……。



 彼はそう思いながら3人のイギリスマフィア達との交渉を始める。すると、彼らは最初に彼に伝えた。


「……メリークリスマス! ボスは今日、大事な用事があって出られない。だから代わりにクリスマスの忙しいスケジュールの中で私達が話を聞いてあげるわん」


「クリスマス……?」


 店主が聞くと、背の低い中国人は言った。


「えぇ。イギリスでは今日はクリスマスと言って、家族や仲間達とお祝いをする日なの。子供を持つ親は、子供にプレゼントを渡したりもするわ」


 オネエ口調の中国人がそう説明し終えると、店主は改まった顔になり早速話し合いが始まる。店主は言った。


「……頼む。あの店は俺達にとっての憩いの場所。故郷を離れた俺たちが集まれる最後の場所なんだ。俺はお客達の笑顔と弟子どもの未来。それに彼女との結婚のためにもあの店を手放すわけにはいかない! どうか諦めて欲しい……」


 店主がそう言って彼らにも意見を求めようとしたその時、マフィア達はそんな彼の誠実さを嘲るようにサーカスで命乞いをするサルを見て馬鹿にしたような態度で彼に告げた。


「……ハッハッハッ。バカだなアンタ。会議とは言ったが最初からアンタの意見なんて求めちゃいない」


「今日は、この書類にサインをしてもらうためにアナタを呼んだのよ」


「……え?」


 店主は混乱した。しかし、男達は決してやめようとはしなかった。


「ここにサインして。私達、時間がないの。名前書くだけで良いから。学のないアンタにもそれくらいできるでしょ?」



 背の低い中国人がそう言うが、それでも店主だって一歩も引きはしなかった。


「ちょっ! ちょっと待ってくれ! そんなの俺はやらないぞ。最初にも言っただろう。俺は……あの店を……」


 そう言いかけた所でマフィア達は表情を変えた。


「じゃあ、こうなっても良いの?」


 大柄な体のサングラスをかけたイギリス人が指を鳴らすと、ドアの外から出てきたのは中国人3人の死体。それもかなり酷く悲惨な状態で血が肉体に絡み合っており、その姿形はかなり酷いものとなっていた。また、3人の頭には銃で撃たれた後がポッカリ開いており、それもまた残酷さを際立たせていた。


 ──店主はすぐにその3人の中国人が誰であるか理解し。そしてその場で肩を下ろしてポカンと口を開いた。


 そんな彼の様子を見て背の小さい中国人がいやらしく笑いながら店主に言った。


「その状態じゃまともの受答えするのは無理そうね。まぁ、良いわ。1日時間をあげるから今日はもう帰りなさい。明日また返事を聞くわ」


 こうして店主は3人の死体を持ち帰る事もできず店に戻った……。











       *



 彼が家に帰ろうと外をとぼとぼ歩いていると急に青かった空が曇り出す。少しして大雨が彼の上から降り出した。まさか、降るとは思っていなかった彼は当然、傘なんて差しやしなかったが、今はそれどころではなかった。彼は、ざぁっと振り続ける雨にうたれながら、店に戻った。今日は、お店をお休みにしていたので当然、暗い。明かりなんてついていなかった。


 しかし、なんだか不思議だった。店主は、お店の近くに来て初めてその違和感に気づく。――刹那、彼はお店のドアを勢いよく開けた。そして、店の中へ駆け込む。すると、そこにはいつも彼女が綺麗に拭いて整えてあったはずのテーブルはグチャグチャにされてあって、更に乱雑に置かれてあったテーブルと椅子の並びの果てには、全身の服をビリビリに破かれ、体までもボロボロになっていた女の姿があった。



「……あぁ…………」


 店主は、すぐに彼女の元へ駆け寄った。――しかし、それは既に遅かった。彼女の意識は、とっくになくその呼吸も心拍も停止。身体は、雨風激しい外のように冷え切っていた。……よく見ると服の破けている所は、全て胸や股などの箇所のみでしかも、彼女の股からは尋常じゃない程の紅の血が流れていた……。その血は、彼女の左手の薬指にはめられてあった指輪にも少しだけついてしまっており、しかし……彼女は亡くなるその時まで指輪をつけたその手をもう片方の手で大事に持つように包んでいた。



「……うっ、うぅ…………」


 彼女の様子を見て、何かを察した店主は、とても悲しい思いにかられる。いや、最早悲しいだけでは気が済まなかった。彼の中には、死んだ彼女に対する純粋な悲しみ、やるせなさ、絶望……そして、こんな仕打ちをした奴らをこの手でぶち殺してやりたいという思いで溢れていた。



「……誰が、こんな事を……」


 彼は、口ではこんな事を言っているが既に誰がやったかは、見当がついていた。いや、というよりもむしろ……




 ――



 しばらくして男は、立ち上がり2階に上がっていく。そして、引き出しに封印されているようにしまってあった木製の大きくて重たい箱を持ち、エプロンを脱ぎ捨てて、彼は傘もささずに雷まで鳴り出した外へ出て行った……。



















        *



 ――紀元前、紀元後の概念を生み出した我らが主はとても寛大な方らしい。そのためか、クリスマスという行事は老若男女、国籍人種と国境線を超えてどんな善人も悪人も平等に祝う事ができる。上海イギリス租界に住むマフィア達もそれは同じだった。彼らは例年通り自分達のいる場所のみをデコレーションしてクリスマスを楽しんでいた。


「……はーい。アンタたち、中華風フライドチキンよ」


 背の低い中国人がイギリス人達に差し出しのは、油淋鶏だった。イギリス人達はそれを見て小ばかにするように言った。


「……これがフライドチキン? はっ! バカげてる。こんなフィッシュ&チップスのチップスにもならねぇようなものよく食えんな。俺ならテメェの脳みそをフライドしてやる」


「ば~か。こんな奴ら、み~んな脳みそフライしてるに決まってんだろ? なんたって薬中共だぜ?」


「それもそうだなぁ! あっはっはっ! 外の雷でこんがり焼いてやろうかぁ?」


 中国人は、機嫌の悪そうな顔で皿に盛りつけた油淋鶏を手でむしゃむしゃ食った。すると、そんな彼らの豪邸のドアが突如開いた。――その男は、全身ボロボロで頭から血を流した状態で中にいる者達に声をかけた。


「……中国人…………が! 来まし……うっ!」


 言いかけた所で彼はその場に倒れて死んだ。そして、その光景を見て中にいたイギリス人達は慌てだす。しかし、彼らがわちゃわちゃやっている間に豪邸の中に1人の中国人がやって来た。彼は、入るや否や上にいるマフィア達を睨んだ。


「……お前は昼間の…………!? 何? お店を渡す気になったの? それでここに…………」


 背の低い中国人がそう言うと、店主は木製の箱を担いだままズカズカと仲に入って行く。そして、マフィア達のいる階段の踊り場の方へと駆けあがって行こうと彼は階段を上り出した。……クリスマスソング付きで。


「……ジングールベ~ル。ジングーべ~ル。すっずが~鳴る~……」


 マフィア達は、警戒した表情で懐にしまってある銃の用意を開始した。



「……今日は~楽しい~クリスマス~……」


 店主が歌を歌いあげると彼はちょうど踊り場に立つ。そして、4人の大きな体をしたイギリスマフィアを前に殺意を剥き出しにした猛獣の顔で睨みつける。



「メリー……」



 店主が喋り出すと途端に場の空気が凍り付く。マフィア達はいつでも撃てるように準備を終える。



「……」


「……」


「……」


「……」







「…………」













「クリスマス!」


 ――刹那、イギリス人達は拳銃を抜き店主に向かって撃ちまくろうと引き金を引こうとする。しかし、そのコンマ数秒前。店主は、持っていた木製の箱を勢いよく開けて中から鉄製の銀色に輝く新品同然のヌンチャクを取り出し、それを彼らの手元に向かって勢いよく、かつ正確にそして超スピーディーに当てて、銃を全て弾く!



 驚いたイギリス人達は、武器をなくした裸の状態で唖然としていた。しかし、それもたったの一瞬。目の前に見える店主の手はやせ細っており明らかに弱そうだった。いや、どう見ても弱い。



「やっちまえ!」


 イギリス人達は、声高々に店主へ殴りかかった。――しかし……!




「アタァ!」


 甲高い声をあげて店主は、イギリス人達を手に持ったヌンチャクでボッコボッコに殴りつける。その強烈な鉄のパンチに彼らは痛みと共に驚きを隠せない様子でいた。


 ――まさか、あのやせ細った男があんな一撃を……? 




 しかし、店主の猛攻は止まらなかった。彼は、リズミカルにそのヌンチャクをグルグルグルグル回しながら向かってくるイギリス人を鉄崑と華麗な身のこなしでかわしつつ、懐や頭などの急所に的確に打撃を叩き込む。その動きは、正しく洗練された武闘家のそれで、少し上で見ていた背の低い中国人もそれに驚いていた。……いや、というよりも驚いていたのは彼の身のこなしに関してだけでなかった。中国人は知っていた。あの体裁きを……。彼もまた、昔は功夫を少しだけ習っていた者。だから知らないはずがなかった。……昔、この近辺で10年に1人の逸材と言われていた男の事を……。イギリス人の租界化がなければ、おそらくその年の功夫大会で優勝していたであろうその男の事を……。


「……あっ、あなたは!? あの……道竜タオロン!? そんな! あの火災で死んだはずじゃ!?」


 しかし、彼は生きていたのだ。現に目の前で竜は、ヌンチャクをイギリス人達の脳天に何度も何度も的確に打撃を加え続けていた。




「……アチャァァァァァァァ!」


 気が付くと彼は既に4人とも倒していた。倒れて頭が血まみれとなったイギリス人達を見下ろして、そのまま階段を駆け上がろうとした。しかし、その時だった。



「待て……。ボスの部屋には行かせんぞ……」


 イギリス人の1人が立ち上がる。彼は、往生際悪くファイティングポーズをして竜の事を睨んでいた。対して竜は、少しだけ悲しそうな顔をして男の方を向く。……そして、ゆっくりゆっくり両者は近づいた……。


「……」


「……」


 彼らは睨み合う。……そして、



「ダアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!」


 イギリス人が彼の小柄な体を上から熊のように襲い掛かろうとしたその次の瞬間、竜はヌンチャクで額を強く打ち付け、そして男の股間に向かって思いっきり蹴りを入れる。――更に、今度は逆の足で思いっきり飛び蹴りをし、男を踊り場の地面に叩きつける。イギリス人が朦朧とする意識の中で横になると更に追い打ちをかけるように竜は彼の体の上に向かって思いっきり乗りかかる様に飛び上がる……!


「ホォォォォォウゥワチャァァァァァァァァァ!!」


 そして、骨が鈍い音を上げてイギリス人の意識は完全に逝ってしまう……。その様子を見ながら竜は、ズボンのポケットからハンカチを取り出し、彼に言った。


「…… パーティーはちゃんと風呂の後にやんな?」



 一連の出来事を上のボスのいる部屋の前で見ていた小柄な中国人はビクビクと体を震わせていた。すると、段々と竜がこちらに近づいて来る。…………気づくと竜は男のすぐ傍まで来ていて、そのドアを開けようとしていた。小柄な中国人はすぐにドアから離れた。


「……あっ! すっ、すいません! すぐに退きます! 退きますから! だから殺さないで!」


 彼が、恐怖に染まった顔でそう言うと竜は、彼の耳元まで降りて来て、そして耳元に囁きかけるように言った。


「……テメェは、殺しはしねぇ。安心しな」


 そして、竜は男の腹を撫でる様にして彼を優しく出迎える。男は、ついうっとりした目で竜を見るが瞬間、竜の顔が一気に豹変する。



「……これで、十分だかんな」


 刹那、お腹を撫でていた竜の手が硬い拳に変化し、その小柄な中国人の腹に向かって思いっきり全身の気を溜めた拳を前へと突き出す。


「んぐぅ!」


 すると、その瞬間に中国人の体の中の骨がボキボキと悲鳴を上げて、彼は軽く吹っ飛ばされてしまう。そして、近くにあった壁に激突して、そのまま口から大量の血を吐いて男がそこから目覚める事はもうなかった。それを確認して自分の手を悲しそうに見つめる。


「……」


 ――少しの沈黙の後に彼は、ついにそのドアを開けた。










         *


「ついに、ここまで来たか……」


 そんなセリフを吐いてきたのは、社長席に座って窓の外の景色を見ていた男だった。


「……お前が…………」


 彼は、椅子に座る男の後姿を睨みつけた。そして、言った。



「……まさか、イギリス人どもを引き連れてるのが中国人だったとは……心底驚いた」


 すると、今度は椅子に座っていた男が椅子を動かして言うのだった。



「驚くのは、それだけじゃないぞ。竜。…………なんたって、久しぶりの再会なんだからなぁ」


 椅子がクルっと回り終えるとそこに座っていたのは、やはり中国人。しかし、その中国人は竜のよく知る人物にそっくり……どころか、同一人物だった。自分とそっくりな細い手。サラサラした黒髪。彼は、その姿を見て一瞬にしてそれまであった怒りが遠退いてしまう。



「……兄…さん?」


 そのあまりの衝撃に彼は、ヌンチャクを落としてしまう。鉄の痛快な音が部屋一体に響いた。……竜の兄、フーは言った。


「……大きくなったな。竜」


 それに対して、竜は……。


「兄さん。どうしてなんだ? 兄さんは死んだはずじゃ? それに、どうして……?」




「竜よ。俺は確かにあの日、燃やされた。しかし、私はまだ死ねなかったんだ。いや、死にきれなかった。どうしても生きていたかった。俺には、まだ生きてする事があるとあの時に分かったんだ……」


「兄さん……それは、こうなる事だったのかい?」



「……竜」



「兄さん……」



 虎は、デスクに置かれた1枚の企画書を片手でグシャっと少しだけ丸めてから深刻そうな顔を一瞬浮かべてそれから、竜の目を真っ直ぐ見て言い放った。



「…………そうだ! 俺は、小さい頃からお前が憎かった! 憎くて憎くてしょうがなかったんだ! 次男だってのに俺よりも功夫がうまくて、おまけに父さんに気に入られて……町じゃ一番モテモテ。竜! 俺はお前が憎かった! 憎くてしょうがなかった! だからいつか、お前に復讐してやりたい一心でマフィアの長になってやった! そして、テメェの店をぶち壊しに行ったんだ! へっへっへっ! ざまぁみやがれってんだ!」



 その言葉を聞いて竜はこれまでで一番と言って良い位の最早赤ん坊が泣きだす数秒前のような悲しみに満ちた顔を浮かべた。すると、虎は更に続けた。


「テメェが、時代遅れな功夫をやっている間に俺はこんな武器を身に着けたんだ!」


 虎は、懐から拳銃をとりだす。そして、それを竜に見せびらかすように、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように笑いながら彼に見せた。


「……これさえあれば、もうあのくそったれ功夫はいらねぇ! へへへっ! 悔しいか? あぁ?」


 そう言うと、虎は机から離れて竜の周りに向かって弾を5発放つ。弾丸は、全て竜には当たらずその周辺に当たった。社長室のあちこちに数穴が開く。それを見て竜の表情に少しずつ怒りの色が見えだす。



「……そんな事のために、藍藍を……アイツらを…………」


 虎は、それでも煽り続けた。



「……悔しいか? 悔しいよなぁ?」


 虎は、竜の鼻にデコピンをして煽る。そして、ついに彼は言い放った。



「…………だったら、俺の拳銃とテメェの拳で勝負だ。どちらが先に殺せるか? やろうぜ? なぁ? テメェのそのしょぼい拳で俺を殺してみせろよ?」



 虎は、耳を傾けて煽るようなペテン師の笑顔でそう言うと、竜は真剣に怒りの炎を全身に纏わせて強い声音で言った。


「分かった……」



 虎は、笑った。返事を返す事なく笑って竜の傍を離れる。その時、決して彼に背中を向けなかった。そして、一定の距離を保った所で両者は西部劇のガンマンのように睨み合った。虎は、当然いつでも撃てるようにハンマーを下ろした状態で手を下げた。彼の顔は、まだ邪悪に笑っていた。



 ――人の拳が、近代兵器に敵うか……? 普通なら無理だろう。敵いっこない。そんなのは、飛んでくる銃弾よりも早く動く必要があるわけなのだから。普通の人間ではまず、不可能だ……。


 しかし、これを可能にする技が竜たちの通っていた道場の流派には存在した。――究極最終奥義。それは、この世の何よりも速く。そして、誰よりも強く。どんなものよりも固くなれる。精神を研ぎ澄ませ、功夫を極めた者だけが使えるたった一瞬だけの最強の技――。しかし使えば、その一瞬の間のみ、この世の誰よりも何よりもどんなものよりも強くなれる……。一瞬だけ世界一の強さを得られる究極の技だ。




 ――成功すれば、勝てる。だが、勝負は一瞬……。負ければ俺も……。




 思いかけた所でやめた。竜には、既に覚悟なんてものは決まっているのだ。彼は、すぐに究極最終奥義の構えをとって虎と睨み合った。





 ――この一瞬だけ、俺はこの世の誰よりも強い……!



 竜は、心の中で思い出していた。




「……竜! 兄さんがこれからすげぇ技を見せてやる!」



「何々!? すっごーい! 僕にもできるようになるかな?」



「竜なら楽勝さ! 兄さんに任しとけって!」


「うん! 僕、この技を覚えて最強の武闘家になってみせるよ!」








 ――兄と弟。虎と竜。革命と伝統。兵器と人。力と強さ……。今その全てがぶつかり合う……!

















「……」






「……」




 ――2人が、それぞれ動き出す!






「……!」


「……!」






 勝負は、拳銃の放たれた音と共に幕を閉じた。彼らは、お互いに同じ場所に立ったまま。ビクともしない。しかし、彼らの視線は全く別々の方向を向いており、竜はずっと下を向いていた。そして、すぐに自分の腹部を抑えだして苦しそうに声を上げる。



「……うっ、うぅ…………」



 彼がそうやって藻掻きだしたのを耳で聞いていた虎は、上を向いたまま静かに竜へ告げた。



「謝謝……。竜」



 そして、彼は笑った表情のまま倒れて行った。彼が、倒れた時にちょうどデスクに頭が激突し、その影響でデスクにあった書類の数々がバサッと宙に舞った。――竜は、その様子を見ながらお腹を抑えて静かに虎の元に駆け寄った。しかし、すぐに彼の脈が止まっている事を知った。


「……兄さん」


 ――貴方が教えてくれた技です……。



 今度こそ、虎は死んだのだ。竜は、ぼーっと虎の死体を眺める。最早、今の彼にはもう何もなかった。心の中は、空っぽで満たされており、兄の死体を見ても涙が出てこなかった。


 ――すると、部屋中を舞っていた書類の1枚が虎の体に被さる。竜は、それを見て最初は何もしないでいたが、段々気になってきてそのくしゃくしゃになった紙をどかそうと掴んだ。


 ──そういえば、これはやり合う前に兄さんが机の上で握りつぶした紙……。



 竜は気になってそれを広げて見てみた。すると、その紙にはこう書いてあった。






















『上海道場復活! イギリス租界拡張でなくなってしまった道場を復活させよ』




























        ~劇終~












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ドラゴン 必殺の一撃! 上野蒼良@作家になる @sakuranesora

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