僕の専属家政婦山内さんは土鍋でご飯を炊くのです(G’s こえけん応募作)

和響

第一話 初めての台所

 僕の名前は関川流生せきかわるい。三十一歳、独身、小説家志望の引きこもり男性。僕は親が残してくれた遺産で働かなくても食べていける。まだ誰ともお付き合いしたことがない僕は、正直、人と関わるのがそんなに得意な方じゃない。だから、このまま彼女ができなくてもいいかなって思ってた。


——思ってたんだけど……。


 最近、引きこもって生活している僕に気になる人ができた。僕が良くお弁当を配達してもらうオーガニックレストランで働いている女性だ。なぜかお弁当を注文すると、必ず彼女が僕の家に来る。最初こそ緊張したけれど、毎日配達にやってくる彼女に、僕は少しずつ心が惹かれている。彼氏がいるかどうか、……は、よくわからない。そんな山内さんがある日、僕に言ったんだ。


「関川さん、いつもお買い上げありがとうございます。実は私、来月でこのお店を辞めるんです。それで、あの……。もしも嫌じゃなかったら、私、関川さんのご自宅で家政婦として雇ってもらえませんか?」


「え?」


「見たところ、昼間は誰もご自宅にいなくて関川さんだけのようですし、高級マンションにお住まいならもしかして私を雇ってくれる余裕があるかな、なんてお思ったんですけれど、……だめ、ですか?」


「いや、だめ……と、いうか……」


「ではお試しで一日私を家政婦にしてください。だめ……ですか?」


「あ、うんと……、確かにお金の余裕はあるけど……、でもそれって、家の中に入るってこと、だよね……?」


「もちろんです! もしかして、関川さん、私が家の中に入ってご飯を作ったら、いや……ですか?」


「や、全然、やじゃないよ! むしろ、嬉しいかも……だけど……。や、でも、それって……」


「良かった! じゃあ、明日まずはお試しで、私、ご飯作りにきますね! それでは、失礼いたします! 本日もお買い上げありがとうございました!」


「あ、はい。どうも。って、ちょっと、やま……! あ、行っちゃった……」


 そして次の日、本当に山内さんは僕の家にお試し家政婦としてやってきた。



——ピンポーン


「あ……、山内さん……」


「関川さん、おはようございます。今日は一日、よろしくお願いいたします」


「あ、えっと……。本当にきたんですか……?」


「はい。もちろん! ほら見てください。ちゃあんと、調理器具も食材も買ってきました」


「あ、本当だ。やけにでかい風呂敷ですね……。って、そこじゃなくて、僕まだパジャマだし……」


「まだ、パジャマ。ダメですよ。もう外はすっかり動き出している時間なんですから。ささ、早く開けてください。お昼ご飯、遅くなっちゃいますよ?」


「えっと……」


「はやく、あけてください」


「でもそれって……、家の中に僕と山内さんがふたりき……り……って、ことですよ?」


「二人きりは、……いや、ですか……?」


「あ……、嫌というか、そんな男の家に女性がというのがですね……。や……、ちょっと、そんな悲しそうな顔されても……」


「悲しいです……。関川さんは私のこと、やじゃないって思ってたから……」


「い、嫌じゃないです! それは間違いなく、嫌じゃないんですけど……、もうわかりました。そんな顔される方が嫌なんで、……どうぞ……」


「ありがとうございます! 今日はハンバーグを作ろうかと思ってやってきたので、はやく入れてもらわないと、お肉が溶けちゃうところでした」


「そ、そうですか……。じゃ、どうぞ……」


 やばっ! 女の人と家で二人っきりとか、ないない。でももう来るって言ってるし。僕もロック開けちゃったし。マンションのエントランスから僕の部屋まで来るってことは、結構すぐにきちゃうじゃん。まあ、部屋はそこそこ片付いているけど、って、僕、この状況に頭が追いついていない気がするけど、ううんと、大丈夫か!?


——ピンポンピンポン


 あ、ドアチャイム……もうきちゃった?……こ、心の準備が……ええい。しょうがない!


——ガチャ。


「まさか、本当に来るなんて思ってませんでした……」


「まさか、本当にやってきました。てへ」


「てへ、……って」


 か、可愛い。なんなんだ、この胸のときめきは。いつもの制服じゃないだけで、女の人ってこんなに可愛く見えるのか? 別に白いティーシャツにジーパン履いてるだけなのに。それに、肩まで伸びた髪がいつもと違って緩く結ばれてるのが、なんだか、女の人って感じだ。


「では、早速お台所にお邪魔させてもらいますね」


「あ、うん……、どうぞ……」


 うわぁ、ドアを開けた僕の腕の中をすり抜けていくとか、緊張するようなこと、最近の女性はするものなのか? それに通り過ぎた後の甘いシャンプーの香りがまだ腕の中に残ってて、ドキドキしてしまう……。って、僕も部屋に戻らなきゃ。


——バタン


 あ、もうキッチンに山内さんが……。なんか本当いろいろ持ってきてるみたいだな。ボウルに、フライパンに、ど、土鍋?! あ……こっちを振り向いた。


「関川さん、そのいかにも部屋着なお洋服、なんか、……いいですね……」


「え!? あ、そうか……」


 はずっ! 毎日同じ格好だから、改めてそう言われると、めちゃ恥ずかしいじゃん。


「ぼ、僕、すぐに着替えるんで、勝手にやっててください!」


「はい。そうさせてもらいますね。今日はお野菜もいっぱい買ってきたので、ハンバーグの他に、人参のポタージュ、サラダなんかもご用意いたします」


「に……んじん……は、ちょっと苦手です」


「大丈夫です! ミキサーで細かくすればニンジンってきっとわからないですから。じゃあ、……失礼します」


「あ、はい……」


 ニンジン、嫌いなんだけどなぁ。って、急いで着替えなきゃ。ああ、でも毎日おんなじようなスウェット着てるから、普通の服ってどんなだっけ? 洋服を買いに行くこともないから昔着てたやつ引っ張り出してくるしかないか、……って、おいおい、ティーシャツにズボンって、僕シンプルすぎやしないか? でも、今着てるのよりはマシ……のはず。


「関川さんこの辺のもの勝手に使っていいですかぁ?」


「あ、はーい、どうぞー」


 ま、いいな、これしかないんだし。白いティーシャツに紺色のチノパン。ああ、こんなことなら髪型とかもちゃんとしとけば良かった。結構伸びたよな。美容院なんてずっと行ってない気がするし。えっと、せめて、髪の毛をこうして、後ろに結ぶとか。結ぶもの、結ぶもの、……ま、いいか。輪ゴムでも。ボサッとしてるよりはマシのはずだ。


「わぁ、関川さん、素敵!」


「え? す、素敵!?」


「はい、なんか都会的な装いですね! いつも私が配達で来る時はさっきみたいな格好ばっかりだったから。うん、なんかいいです! 私、そういう感じ、好き……かも。髪の毛、結ぶのいい感じですね。えっと、でも、それって、茶色いから、輪ゴムじゃないですか?」


 輪ゴムってすぐばれたー!


「輪ゴム、髪の毛巻き込んで痛いですから、私の持っているあまりのゴム貸しますよ。はい、ちょっとここのソファに座ってください」


「え? ……と? あ、ありがとうございます」


「輪ゴム外す時、ちょっと痛いかもしれないですよ? 我慢してくださいね」


「あ、はい……」


 別に後ろにまわって髪の毛さわればいいのに、なんで山内さんは僕の目の前にいるんだ? あ、嘘……僕の顔を腕が包んで……。


「はい、もう少しで取れそ……」


「いてっ!」


「あ、ごめんなさい、髪の毛巻き込んでるところ引っ張っちゃったみたいで」


「や、大丈夫です」


 や、山内さんの唇が僕の耳のすぐ横に……。彼女はなんとも思わないのだろうか? 僕は、この状況に頭が追いついていかないのに……。もしかして、山内さんはもう何人かの男の人と付き合ったことがあって、こういうシチュエーションに慣れてる……? くそ、そんなこと思ったら、なんか胸がギュッとなるじゃないか。や、もしかしてこういうのは普通なのか? 僕がまだ誰とも付き合ったことがないというだけで、こういうのは普通の男女間では恋人じゃなくても普通のことなのか? 別に彼氏と彼女じゃなくても?


「はい、取れました。痛かったですか?」


「だ……、大丈夫です……」


「はいこれ、これで結ぶと痛くないですよ。これ、百均で売ってるものなんですけど、私の使ったもので良ければ、このままあげるので使ってください」


「え、そんなのなんか悪いんで返しますよ」


「大丈夫ですって。百均だし。じゃあ、私、台所戻りますね」


 うそ、なにその笑顔。なんでそんなに嬉しそうに僕にゴムを手渡して台所に戻っていくんだ? ただの黒いだけのゴムなのに、ゴムが熱い。ゴムが熱いんじゃなくて、これは完全に僕の胸が熱いんだ。山内さんのさっきまでいた場所の余韻を感じてしまう……。


「土鍋でご飯を炊くので、その間にハンバーグ作りますねー」


 い、いけない。ぼうっとしてしまっていた。


「あ、ありがとうございます」


「今からお米を洗って、それから浸水するので、浸水時間は——」


「二十分?」


「正解です」


 あれ、なんで僕いま普通に答えてたんだ!?



 この日から一ヶ月後、彼女は僕の専属家政婦になった。この展開は、ありなのだろうか?






to be continued……

 



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