【その2】あんたって、「サイテー」

 母はあっという間にってしまった。ガンが見つかった時点で、ステージ4、余命3カ月と宣告された。入院して治療を開始したと思ったら、すぐに逝った。不謹慎ではあるが、病院からの請求金額が少なくて助かった。父と2人で、簡素な葬式を行った。


 当時中1の私が、母を失った悲しみにひたっている暇はなかった。生前の母が生命保険に入っていたわけもなく、ただ家計収入が半分になり、借りているアパートの家賃を支払うだけで精一杯だった。部活動に費やす金もなく、幽霊部員となった。友達との交際も一切絶った。といっても、私の周辺では、ウチは父一人娘一人の貧乏家庭として認識されていた。


 父が変わり始めたのは、去年の秋頃だった。私は中2だった。


 夕方大体同じ時間に帰宅はするが、私の夕飯を用意した後、外出するようになったのだ。どこに行ってるのか、分からなかった。ただ、帰宅するとすぐに風呂に入り、私の夕飯の用意を終えると、すぐに出掛けるようになった。

 父が帰宅するのは決まって翌朝。私の登校と大体同じ時間。毎朝、父と入れ替わりで過ごすようになった。


 父が一体何をやってるのか、判明するまでそれ程時間は掛からなかった。ある日の夜、宿題をしていたら、1台のスマホが着信音を鳴らした。父はこっそり、スマホを入手していたのだ。その日はたまたまアパートに忘れていったらしい。

 機械的な着信音を鳴らし続けるスマホを、私は初めて手にした。「明美」という名前が表示されていた。私は「電話に出る」という表示をタップした。


 「あ、あたしだけど、今日はどうすんの。もう部屋には着いてるんだけど」

 ー あの…、私は武志たけしの娘で亜矢子あやこといいます。父は今不在なんですが…


 「えーーっ?!タケシさん、結婚してて子供もいるんだ。…ふーん、知らなかった。…じゃあいいわ」…プーッ、プーッ、プーッー…


 …しばらく動けなかった。状況を理解するのに相当の時間を要した。父への疑惑は、続いて掛かってきた「みすず」からの電話で決定的になった。


 「ちょっとタケちゃん、今ホテルの駐車場で待ってんだけど、時間過ぎてるわよ。早く来てちょうだい。あたしそんなに時間ないんだけ…」

 …プーッ、プーッ、プーッー…

 一方的に電話を切った。娘の存在を隠し、複数の女性と付き合っている模様だ…。

 あの男…もはや父ではない。ママがいなくなって、寂しいのは私も一緒よ。なのに…いくらなんでも、いくらなんでも、ひどくない?


 あんたって、「サイテー」


 以降、父とのコミュニケーションを一切絶ったのだ。


(その3「職場で倒れたって…自業自得なんじゃないの?」へ続く)

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