第38話 ワンルーム
「あの、ちょっといいですか?」
ちょうど、二人掛けのソファを家具屋で予約してしまって店を出てから頭を抱えているところで、一人の女性に声をかけられた。
「……誰?」
素早く、神岡が塩対応。
ただ、ナンパとかではなく。
「すみません、街を歩くカップルの方々にアンケートのご協力をお願いしてるんです。テレビ番組で使用するのですが、お顔とかは出しませんので」
首から下げたバインダーを俺たちに渡してくる。
見ると、アンケート用紙が一枚。
「……あの、俺たちは」
「せい君、私答えてもいい?」
「え、いや、でも」
「いいよね?」
「……まあ」
そもそもカップルじゃありません、と言いたかったけど。
まあ、休日に仲良く買い物しててそうじゃないと言われてもって話か。
それにアンケートくらいなら別にいいか。
「ふふっ、二人はいつ出会ったか、だって。せい君覚えてる?」
「まあ、入学したときに出会ってはいるんだろうけど。知り合ったのは三学期の話だよな」
「ぶー。せい君のこと、一年の一学期からずっと見てたもん。だから高校入学してすぐ、だね」
「……そうなの?」
「うん。でね、次の質問だよ。あ、付き合ったのはどういうきっかけからか、ですって」
「いや、だからそれはだな」
「きっかけはせい君の方からの熱烈なアプローチだよね。そう書いておくね」
「……」
熱烈なアプローチをした覚えはないが。
すでに神岡の中ではそう脳内変換されてるのだろう。
うーん、まあアンケートだからいっか。
「せい君、最後の質問。将来結婚してると思いますか、だって」
「まあ、未来のことはわかんないだろ」
「んーん、わかるよ? 他のことはわかんなくても、せい君と結婚する未来だけは確定事項だから。あれ、それともいやなの?」
「そ、そうじゃなくて。ほら、俺がこの後死ぬ可能性だって」
「そうしたら一緒のお墓に入るから。籍は入れてなくても事実婚として取り扱ってもらうように遺言残して死ぬの」
「……」
普通に怖い。
それに、そんな遺言残されたら自殺の原因が俺になっちゃうし。
いいことねえなあまじ。
「はい、できました」
「ありがとうございます。ええと、ご協力いただいたお二人には、ペアでつけられるストラップを渡してます。どうぞ」
渡されたのは鞄につけるくらいしか使い道のなさそうな、猫のようなマスコットの描かれたストラップ二つ。
赤と青、色違いのそれを受け取ると神岡はそのまま赤い方を鞄につける。
そして俺の鞄に、勝手に青い方をつける。
「ふふっ、おそろいだね」
「お、おい」
「あらあら、仲がいいんですね。それでは私はこれで」
アンケートの結果を持って、女性はそのままどこかへ行ってしまった。
「せい君、なんか二人でいるといろんなイベントが起こるね。ふふっ、楽しい」
「あのさ、テレビとかじゃないからよかったものの、そういう取材とかだったらどうするつもりだったんだよ」
「え、その時は私たちの仲が全国区になるだけだよ?」
「……」
「あのアンケートって多分明日の夜にやってるバラエティのやつで使われるんだよね。明日は一緒にテレビ見ないと」
「でも、あんなアンケートに意味あるのかな。ていうか何人くらいに聞くんだろ」
そもそも意味あるのかどうかもわからないアンケートの行方を気にしても仕方ないが。
遠くに行く女性を見ながらそんなことを考えていると神岡が俺の手をぎゅっと握る。
「さっ、この後は物件の内見だから」
「え、内見?」
「うん。一応せい君にも見てもらっておこうかなって」
そういえば同棲させられる予定だったんだということを思い出してまた気分を下げながら連れていかれたのは、駅が見えるほどの距離にあるきれいなマンション。
そのオートロックを鍵で開けてエレベーターに乗って、止まったのは最上階の七階。
七〇七号室の前で神岡の足が止まる。
「ここだよ。景色いいでしょ」
「ほんとに金持ちなんだな。こんなマンションの部屋持ってるとか」
「んーん、マンション全部うちのだよ?」
「え、そうなの? 分譲じゃなくて?」
「うん。ちゃんと防音にしてるから心配ないよ」
なんの心配かは置いといて。
そのまま一緒に部屋に入ると、薄暗い廊下が。
そして奥に進むと、小さな部屋が一つだけ。
「……ワンルームじゃん」
「え、そうだよ? せっかく一緒に住むんだから一緒の部屋じゃないと意味ないし」
「ぷ、プライベートってものはないのか?」
「隠すことないもん。せい君はあるの?」
「い、いや別に」
「毎日ここでエッチなことするんだし、そういう本も動画も必要ないもんね。あと、スマホは見られても平気だよね? やましいことがないんだから」
「だ、だけど見られるのは気持ちいいものじゃないというか」
「私のも見ていいよ? だからロックとかしてたらスマホ燃やすから」
「ろ、ロックは落とした時の防犯用というか」
「ちゃんとGPSで位置管理できるからすぐ見つかるよ?」
「……」
何を言っても無駄な様子の神岡に、これ以上何か言う気にもなれず。
内見、というか死刑宣告のような部屋の下見は終わる。
そして帰路につく。
いつもより足取り重く。
実家の前まで帰ってくると、いつもはなんとも思わなかったその家が、やけに恋しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます