第37話 ゴールは目前?

「せい君、連休初日の朝からイチャイチャだったね」


 朝食を食べる間、随分とご機嫌な様子の神岡を見ながら俺は黙り込む。

 顔が見れないのである。

 見たら思わず「かわいい」とか言っちゃいそうで。


「……」

「どうしたの? ご飯おいしくない?」

「そ、そんなわけないよ。うまいさ」

「よかった。あと、陸上大会のメンバーはもう決まった?」

「まあ」

「楽しみだね。私、全力で勝ちにいくから」

「う、うん」


 ついこの間までなら、絶対に負けるもんかって気分だったのに。

 なんか今は五分五分って感じだ。


 勝っても負けてもどっちでもいいというか。

 なんなら負けて、神岡の要求に従わざるを得ないくらいでちょうどいいとか。


 朝から考えることはそんなことばかりだ。

 でも、決めたのは俺だ。


 一度決めたことを自分の都合で曲げるなんてことは俺自身許せない。

 決まったことには従う。それが俺のモットーだ。


「はあ……」

「せい君、ため息は幸せが逃げていくよ? 今日は連休初日だから楽しいことしよ?」

「まあ、そうだな。で、何をしたいんだ?」

「んー、ずっとちゅうしててもいいけど」

「い、いやそれはだな」

「ふふっ、嘘だよ。それは夜いっぱいできるもんね」

「……」


 いっぱい。

 何をいっぱいするんだ?

 あ、いかん変なことを考えてるぞ俺。


「せい君、とりあえず今日はお買い物かな」

「あ、ああ買い物か。ええと、何を買うんだ?」

「んー、タンスとか日用品とか、あとはベッドも見に行きたいかな」

「ひ、引っ越しでもするのか?」

「うん、よくわかったね。言ったっけ?」

「い、いや、聞いてないけど……ん、引っ越し?」

「そうだよ、連休明けからすぐ近くのアパートに引っ越しするの。パパが持ってる建物だから家賃いらないし」

「ほ、ほう。それはそれは」


 なんだ、引っ越しとは初耳だが。

 しかし朗報も朗報、これでこの歪な同居生活ともおさらばだ。

 

「あとせい君もいるものあったら言ってね」

「俺? いや、俺は別に」

「えー、二人のお部屋なんだから二人の趣味が合う部屋にしたいじゃん」

「二人? もう一人は誰のことだ」

「何言ってるの、せい君と私で住むんだよ?」

「ああ、なんだそういうこと……か!?」


 変な声が出た。


「ふふっ、実家でもいいけどご両親が帰ってきたらちょっと過ごしにくいもんね。二人っきりになれるように、ちゃんとおうちも手配した私って偉い?」

「ま、待て。なんで勝手に同棲みたいな話で進んでるんだ」

「え、今だって同棲してるじゃん?」

「そ、それとこれとでは……第一うちの親が」

「いいよって言ってたよ? なんなら電話してみる?」

「……いや待て、それ以前に高校生同士で同棲なんてそんな不健全なことが」

「名義は私だから。せい君は毎日お泊りにきてるってことにすれば何も問題ないよ?」

「そ、そういう問題じゃなくてだな……ま、まだ付き合ってないだろ」

「同棲してから結婚考える人って最近多いじゃん。付き合うのだって、一緒に住んでみて考えたらいいと思わない?」

「……」


 んなバカな。

 どこの世界で付き合う前に同棲始めるカップルがいるってんだ。

 

「せい君、もう決まったことだから。決まったことを曲げるなんてこと、せい君はしないよね?」

「……」


 さっきの俺の心の声を聴かれていたとでもいうのか。

 まさにさっき俺が思っていたことそのままを言われて、言葉が出なかった。


「じゃあ着替えてくるから。せい君も準備してて」

「……」

「あれ、聞こえてない? お耳」

「あー聞こえてる聞こえてる! 着替えてくるから!」


 お耳をそっとナイフで削がれてはかなわないので部屋に逃げ帰って支度を整える。


 一度、俺は現在の状況を把握すべく深呼吸して思考をまとめる。


「……いや、もう詰んでないか?」


 今いるのは俺の実家だから言い訳がきいたが。

 二人だけで引っ越しなんて、言い訳の余地もない。


 それだけは避けなければ。


 しかし、どうやって避ける?


 神岡は決めたことを曲げたり意見を取り下げる人間じゃない。

 だから何を言っても強硬手段に出るだろう。

 うーん。


「せい君まだー?」

「あ、ああ今行く」


 急かされて、玄関へ。

 とりあえず買い物をしながら何か案がないか考えるしかない。


「せい君、私服もかっこいいね」

「そ、そうか? ただのシャツとジーパンだけど」

「んーん、そういうシンプルなのが似合う人って元がいい証拠だよ。私も、どうかな?」

「ん、まあ、似合ってるんじゃないか?」

「ほんと? どの辺が?」

「え、ええと、白のワンピースって、案外似合う人いないのに、似合ってるなあとか」


 突然服の感想を求められて困る。

 女子の服装をほめたことなんてないから、なんとなくそれっぽいことを言ってみた。


 すると、


「……女の子のこと、結構見てるんだ。へえ、せい君は誰のワンピース姿を見たの?」


 キレられた。


「い、いや違う……そうじゃなくて」

「じゃあ誰との比較かなあ? ねえ、誰と?」

「だ、誰でも、ないって。い、一般論だ」

「……ふーん。それじゃ、誰のことも見てない?」

「も、もち、ろんだ」

「ふふっ、よかったあ」


 外出前から冷や汗ものだった。


 最近では特に凶器を持ち出されずとも反射的に神岡に委縮してしまう。

 調教されてしまったのだろうか。


 こんな調子で同棲を回避なんて果たして……うーん。


 そして、もちろんこんな調子で外出したものだから、とんとん拍子で話が進んでいった。


 家具も寝具も、神岡が手際よく予約を進めていき。

 止めようとしても睨まれて委縮して。


 そんな買い物は着々と。


 俺をゴールへと導いていく。

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