第34話 空を見上げれば

「えー、それでは連休中はくれぐれも羽目を外さないようにしてください」


 と、担任の挨拶によってお開きとなった学校は明日から大型連休に入る。


 五月の黄金週間。

 しかし俺にとってはただ勉強を学校ではなく家でするだけの時間なので大して変わりは……なかったんだが。


「せい君、連休だからいっぱい遊べるね」


 神岡と過ごす連休ほど憂鬱なものはない。

 

「連休中も勉強だ。こういう時に遊び惚けるか勉強するかで差がつく」

「えー、でも健全に楽しむ学生の精神にのっとるなら、連休中はしっかり遊ぶ日も必要だと思うけど」

「イベントに対して一生懸命になれるかどうかという意味だ。連休は多田の休みだよ」

「でも、それなら学校は休みにする必要ないよね? 休みになるってことは、やっぱり休みにしかできないことをするべきだと思うけどなあ」


 こんな議論を教室でする俺たちを、帰り支度をするクラスメイトたちが見ながらくすくすと笑っていた。

 痴話げんかくらいに見られているのだろう。

 まあ、それはもう慣れっこだ。


「さて、そんなことより帰宅だ。それと、連休中も学校には来るからな」

「え、なんで?」

「生徒会室にある資料は持ち出し禁止だ。仕事するなら学校に来ないと」

「ふーん。それじゃ行く時は私も一緒に行く」

「まあ、それは別にかまわんが」

「でも毎日じゃないよね? たちまち明日は何する?」

「だから勉強を」

「ダメ。明日はデートです。本来ならこの後のデート終了後にせい君と結ばれる予定だったのを先延ばしにされて怒ってるんだから、それくらい聞いて」

「……わかった」


 まあ、あまりこっちの意見ばかりを押し付けて暴走されては困る。

 デートくらいで気がおさまるのなら、だ。

 

「それじゃ買い物行こうか」

「ヤダ」

「な、なんで?」

「買い物とか、そんなのは結婚してから毎日するから」

「そ、そう……じゃあ何をしたいんだ?」

「学生らしいデート、ということで。プラネタリウムを見に行きたいなって」

「ぷらねたりうむ? ああ、そういえば近くにできたんだっけな」


 最近この町にできた新しい施設だ。

 しかしあそこは……


「デートスポットだと聞いているが」

「だからいいんじゃん。あれ、デートじゃないの? ねえ、違うの?」

「ち、違わないから、だからそのくぎとハンマーをしまえ!」

「ふふっ、よかったあ」

「……」


 あやうく藁人形にされるところだった。

 リアルにくぎを刺されてはたまらないので、放課後はプラネタリウムへ行くことになった。


 学校を出て徒歩十分ほど。

 駅の真裏にある大きな建物がそれ。

 最近は駅前も賑わってきたけど、あまり遊ぶ施設ばかり増やされては困る。

 うちの学校の生徒たちの学力低下は町の発展と比例しているような気さえする。


 ふーむ、役所に文句でも……いや、聞いてはくれまいな。


「さて、それじゃ入るか……ん、一人二千円とはまあまあだな」

「大丈夫。ここ、ただで入れるから」

「ほう、なにか無料チケットでもあるのか?」

「んーん、ここうちの店だから」

「ああ、なるほ……ど?」


 見上げると、大きく書かれた『神岡科学館』の文字が。


「ふふっ、税金対策だって言ってたけど結構本格的だよね」

「……金持ちの道楽か」


 つまりここは神岡家の施設。

 敵の陣営にどっぷり足を浸からせるというのもどうかと思うが、タダという言葉にも負けて俺は中へ。

 まあ、興味はあったし実際宇宙に関しては俺も多少造詣がある。


「ほう、結構本格的だな」

「うん。パパは宇宙大好きだから。せい君も好き?」

「まあ、な。自分で望遠鏡を買って天体観測なんかもしてたことはあった」

「へーすごいじゃん。パパと趣味合うかも」

「そう、かな。まあ、とにかくプラネタリウムだな。もうすぐ時間だし」


 ちょうど、プラネタリウムが始まる時間が迫っていた。

 もっと館内を回りたいところだったがそれ以上に早く終わらせて帰りたかったのでプラネタリウムのコーナーへとまっすぐ進む。


 中に入ると、広いドーム状の建物を見上げるように置かれたペアシートが十席ほど。


 星形や、貝の形をしたクッションが並んでおかれている。


「わーっ、すごいなあ。ペアシートだよ」

「……誰もいないな。なあ、別々の席っていうのは」

「は?」

「い、いえ……」


 今回は普通に怖かった。

 武器がなくとも俺が怯えてしまうほど、神岡の低い声が響く。


 渋々、なるべく距離を取りながらペアシートに横たわると俺の左隣に神岡が寝転ぶ。


「ふふっ、腕枕して」

「手がしびれるだろ」

「して」

「う、うん」

「わー、せい君の腕の中で星空を見上げるなんてロマンティックだなあ。早く始まってほしいね」

「……」


 俺の左の二の腕を枕にする神岡と俺の顔の距離は、横を向けば鼻先が当たるほどに近い。

 当然、神岡のいい香りがする。

 少し動くたびに彼女の髪の毛がさらさらと俺を刺激する。


「……集中できん」

「せい君、ドキドキしてる。ほら、心臓がどくどくって」

「ち、近いから仕方ないだろ」

「でも、せい君可愛い。早くせい君の子供がほしいなあ」

「……」


 そんなことを言われて、昼間に言われた『せい君の〇〇が欲しい』という言葉を思い出してしまう。

 きっと、神岡なら俺の欲望のままを受け入れてくれるのだろう。

 そして俺は俺で、一度そういう関係になったら最後、神岡という沼から抜け出すことはできなくなるだろうと。


 わかっていながらも、知りたくなる。

 神岡の言うとおりになればどうなるのか。

 男としての欲望と、生徒会長としての理性が頭の中で格闘する。


 そして、


「あ、暗くなった。始まるね」

「……」


 プラネタリウムが始まった。

 天井いっぱいに、疑似的な夜空が広がる。

 とても綺麗で、そしてとても感慨深い。

 真横に美女を置いて見上げるプラネタリウムという、一種の優越感が俺を支配していく。


 もう、このまま神岡とくっついた方が楽なのかなあ。

 ほら、ちょうど織姫と彦星の解説してるけど、昔っから誰だって恋愛くらいしてるよな。

 してないと俺もこいつも、この世にいないもんな。

 だから別に、彼女くらい作ったって……。


 ……だ、だめだ。欲に負けそうになる。

 彼女を作るのはまあいいとして、しかし相手が神岡というのが問題だということを忘れるな。


 忘れたら最後、俺は学校を立て直す生徒会長ではなく、学校一のヤリチン会長になってしまう。


 それだけは忘れないように。


 歯を食いしばって、勝手に神岡へ伸びそうになる手を必死で抑えながら。


 プラネタリウムが終わるのを待った。

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