第33話 負けない

「えー、というわけで陸上競技大会は急遽、連休明けに開催する方向で調整いたします。段取りは例年通り変わりませんので、陸上部の皆さまはご協力をお願いします」


 朝の全校集会で俺は陸上競技大会の日程変更を皆に告げる。

 

 開催するのは陸上競技におけるメイン種目全般。

 各種目にクラスから一人ずつ、そしてこの大会では陸上部が審判を行ってもらうことになっている。

 まあ、本職が出たのでは勝ち目がないから仕方のない処置だ。

 あと、夏の大会を控える運動部たちも欠場が多いため、実質は一般生徒によるかけっこ大会という感じなのだが。


「せい君、早速種目別の希望者を募るプリント、印刷しといたよ」

「ああ、ご苦労。これをまとめてから、今日の放課後は陸上部の部長と打ち合わせだ」


 その中でも、なぜかリレーだけはどのイベントにも引けをとることなく盛り上がる。

 というのも、ここで勝ったチームの、特に男子はなぜかモテるのだ。

 足が速いやつはモテるという、小学生みたいな現象が起こるのだ。

 だから足に自信のあるやつは積極的に参加するし、勝てる奴同士でチームを組みたがる。

 そして俺は過去の統計データをきちんとチェックしているが、なんとも驚きのデータがそこにはあった。


 生徒会長側チームがなんと、過去二十年無敗なのだ。

 そしてその理由もまた、俺にとっては追い風。


 暗黙のルールで、まず会長側からスカウトができるということになっているそうだ。


 それは前会長が残してくれた会議議事録に書かれていた。

 だからそれに乗っ取れば、スポーツテストのタイムの早い順に男女をかき集めれば俺が勝てるように自動的にそうなっているのだ。


 ふっ、少々せこい気もするが貞操を守るためならなんだって……いや、そもそも俺って童貞でいたいんだっけ?


 いやいや、今はそんなことを考える前にだ。

 神岡からの猛追を振り払って、正常な生徒会運営に戻さねばならない。

 やるしかない。

 

 俺は神岡と一緒に生徒会室へ戻る間も、ひそかに闘志を燃やし続けていた。


「せい君、なんかやる気いっぱいだね」

「まあな。勝負事は何においても負けたくないからな」

「ふーん。でも、負けたらちゃんと言うこと聞いてよ?」

「わかってる。お前こそ、約束守れよ」

「はーい。あ、これうちの学年のスポーツテストの結果です。どうぞ」

「ん、ああ。随分準備がいいな」

「だって、このリレーメンバーは会長側から先に選ぶんでしょ?」

「なんだ知ってたのか。だったら」

「いいんです。これはルールですから」

「ふむ」


 随分と潔いというか、それが逆に不気味だったが。

 目を通したところ、改ざんされた形跡もない。


 考えすぎがと、頭の中でピックアップを済ませて神岡に書類を返したところで生徒会室に着いた。

 

「せい君、私は先生にプリント配布してきますので」

「ああ、わかった」


 そして久しぶりに一人になる。

 安らかな時間だ。

 こんな時間がもう少しで我が手中に……なんとしても頑張らねば。


「さて、学年で一番足の速い人間は多田か。あと、藤光と……女子は児玉に福島、高橋だな」


 リレーは男女六人で行う。

 そして俺は結構足は速いほうだ。

 だからアンカーまでにある程度の差でバトンを持ってきてくれれば勝てる。

 

「よし。さっさと準備を進めるか」


 ピックアップした連中のクラスを調べ、そして勧誘の準備をする。

 女子との会話はNGということなので、女子への勧誘は通知書を持って完了ということにしよう。


 あとは……当日までリレーメンバーの安全を確保しなければならない。

 神岡のことだから、ケガをさせたり毒を盛ったりなんてことも考えられないわけじゃない。


 当日ベストコンディションで戦えば百パーセント勝つ。

 俺の作戦にほころびはない。

 ふふっ、勝ったな。


「せい君、戻ったよ」

「あ、ああ早かったな」


 なんて笑いそうになっていたら神岡が戻ってきた。


「なんか機嫌いいね。そんなに陸上大会楽しみ?」

「まあな。今回はようやく行事に参加できるわけだから」

「リレーはアンカー対決だね。みんなに注目してもらうようにポップも作成中だから」

「ほう、それはいい。大々的に広告して学校のモチベーションを上げるのはいいことだ。最近は学校行事に対しても冷めた見方をする生徒が多い。しかしそれでは健全な高校生活とは呼べん。学生は学生らしく、健全かつ思いっきり楽しむべきだと思っている」

「そうだね。だからしっかり盛り上げるよ」

「ああ、頼む」

「うん」


 どういうことだろうか。

 陸上大会までの間、という約束ではあるもののこうしてちゃんと距離をとれば神岡はまともに見える。

 むしろ頼れる右腕という感じだ。

 ずっとこうしてくれていれば、俺だって多少はこいつのことを……いや、絆されてはいかん、今は限定的におとなしいだけなのだ。

 それに負けたらもう、何をされるかわかったものじゃない。

 心を鬼にするんだ。

 健全なる学園の構築の為に。


「よし、それじゃ教室へ戻るか」

「うん。せい君、そういえば約束なんだけど一個だけ追加いいかなあ?」

「ん? まあ、聞かないことはないが」

「今回の勝負はせい君の有利なルールで戦うわけだからさ、負けたら付き合う以外にもお願いきいてくれる?」

「な、なんだ? 金ならないぞ?」

「ふふっ、お金なんかいらない。せい君のが、ほしい」

「……は?」

「もう、わかってるくせに。ね、せい君の、たっぷり私に注いでくれる?」

「な、何を言ってるのか俺には」

「もう」


 ちょっと苛立つ神岡は、耳元で小さくつぶやく。


「せい君の、〇〇」

「なっ……」

「いいよね?」

「そ、それは」

「いいよね? これだけせい君有利なんだから」

「……わかった」


 と、言いながら。

 俺はとんでもないことを耳元で言われて、はっきりいって興奮させられていた。


 つまり俺が負けたら神岡に……い、いかん精神が汚染されていく。


「あれ、どうしたのせい君? 負けないんだよね?」

「あ、当たり前だ。俺は勝つに決まってる」

「負けたらすっごく気持ちいいこと待ってても?」

「…………ダメだ」

「ふーん」


 負けたらどうなるんだろうと。

 不安というより、変な期待が勝ってしまいそうになったのはここだけの話。


 そして、少し興奮した下半身をなだめてから俺はゆっくりと教室へ戻っていった。

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