第32話 くりぬかれるのは嫌だ
とりあえず、学校にはやってきた。
やってきたまではいいものの、今朝の神岡の発言が頭から消えず、隣の席の神岡を見ながら悶々とさせられて授業どころではなかった。
『帰ったら続きを』というその言葉、さすがの童貞男子な俺でも意味は理解できる。
キスのその先。
それを帰ったらしようと神岡は言ったのだ。
ただ、それは四回目のデートが終わったその先だという約束になっている。
だから四回目のデートさえ防げば俺の貞操は守られると、そう思っていたのだけど。
今はどこか期待している自分がいる。
一体あのキスの先に待っているのはどんな快感なのかと。
思わされて、そんな邪念を振り払う。
そんなことをずっと繰り返しているといつの間にか昼休み。
一体何の授業を受けたのかすら覚えていなかった。
「せい君、生徒会室に行こ?」
そしてチャイムが鳴りやまないうちに神岡は俺を誘ってくる。
「……仕事をするため、だよな?」
「もちろん。副会長として、二学期の行事予定もさっさと片付けておこうかなって。そうしたら、せい君とゆっくりできるし」
「ふむ」
信用に足る言葉かどうかは置いといて、生徒会室に何日も行かないのはさすがに怠慢すぎるため、今日は二人で生徒会室へ。
危険は承知だが、仕事の為ならリスクも仕方あるまい。
会長席につくと、まず資料に目を通す。
「さて、二学期は文化祭に体育祭もあるが、それ以外にハロウィンやクリスマスの際に不要な持ち物を学校に持参させないよう、注意喚起も必要となるな。あ、それならまず夏休みの過ごし方についても」
「せい君、いきなりはりきりすぎだよ? ね、そういえば夏休みは旅行とか行かない? 何泊かで」
「うちの学校は外泊には先生と親の許可が必要だ。諦めろ」
「むー。それじゃ先生の許可があればいいの?」
「まあ、男女で旅行なんて理由なら絶対に否認されるがな」
「避妊はするよ?」
「そうじゃない。ていうかなんの話だ」
「ふふっ、今日の帰りは放課後デートだから。帰った後、せい君のお部屋にお泊りだと思うと楽しみだなって」
「……先に帰れ」
「ヤダ」
「じゃあ先に帰る」
「そんなことしたら死ぬ。そのあとせい君殺す」
「逆だろ。呪い殺すつもりか」
「んーん、私の血を飲ませて窒息死させるの」
「こわっ!」
なんかよくわからん会話で話が逸れてしまった。
そうじゃなくてだな。
「とにかく仕事をさせてくれ。お前も俺と付き合いたいと思ってるなら、せめて相手のことを考えた行動をだな」
「せい君こそ私のことちゃんと考えてくれてる?」
「な、なんで俺がお前のことなんか」
「婚約者だよ? 親公認だよ?」
「……」
それはお前が勝手に言い出した話……ん?
「待て、親公認ってどういうことだ?」
「んふふっ、昨日せい君が寝てる時に一緒に撮った写真、お母さんに送っちゃった。そしたらね、こんな返事がきたの」
「な、何を勝手なこと……なになに、『末永く息子のこと、よろしくね』だと?」
「えへへ、末永くだよ。未来永劫だよ?」
「……」
なんか勝手に話が前に進んでる。
いや、ていうかこれ以上親を巻き込むな。
両親が帰国したときにめちゃくちゃになるだろ。
「せい君、さっき言ってた仕事は私が三十分くらいで終わらせるのでせい君はこの後どういうデートをするかだけ考えてて」
「い、いや俺も仕事を」
「ダメ。せい君は私の機嫌を取るのが仕事。わかった?」
「……」
神岡の機嫌を取るのが俺の仕事だと?
いや、俺は何のために生徒会長になったんだって話だ。
さすがにそれは容認できん。
「おい、やっぱりそれはダメだ。俺に仕事させないっていうなら俺はお前とは付き合えない」
「じゃあ、仕事させてあげたら付き合ってくれるの?」
「そ、それは……」
「ほら、せい君っていつも自分の言い分ばっかじゃん。私の言い分も聞いてくれないとフェアじゃないよ」
「そ、それをお前が言う?」
「だって、せい君は私にキスまでしておいて、それで付き合うのは先延ばしとか、やってることがヤリチンだもん」
「い、いや、だからそれは約束を守ってやっただけというか」
「約束されたら誰とでもキスするの? ねえ、するの?」
「……すみませんでした」
キスをした俺が悪い。
だからもう、何も言うことはなく。
頭を下げた。
下げながら、しかし最後の足掻きを見せるために案を講じる。
「わかったらいいの。ね、せい君はこの後デートどこに行くか考えて」
「……それは考える。ただ、お前の言い分は聞くから、俺の言い分も聞いてくれ」
「なあに?」
「ええと、付き合うまではエッチなことはしない。あと、付き合うにあたっては、俺と勝負をしないか?」
「勝負? またボウリングとか?」
「いや、そうじゃない。二学期のイベントを一つ前倒しにする予定のものがある。陸上競技大会、そこで決着をつけよう」
なぜかうちの高校では、運動会の後に陸上競技大会という趣旨がかぶったイベントを伝統のようにやってきた。
まあ、廃止するほどではないが時期をずらせないものかと一年生のときからずっと思っていたので今回、生徒会長の特権を使って一学期にそれを行うことにする。
「いいですけど、さすがに女子とかけっこは卑怯じゃないかな?」
「はは、そんな露骨な不正は行わないさ。知らないのか、最後に行われる男女混合リレーについてだが、あれは学年の代表者数名ずつが二チームに分かれて行う。そして、この学校の伝統でアンカーは決まって生徒会長と副会長が務めるようになっているんだ。うってつけの勝負だとは思わないか?」
「あ、そういえばそんなのありましたね。ふーん、それじゃせい君と私のチームで競って、私が勝ったら付き合ってくれるってこと?」
「男に二言はない。それで負けたら潔く交際でも婚約でもこんにゃくでもなんでも受け入れてやるさ」
ここまで啖呵を切って、あとで後悔しないかとも思ったが。
この作戦には自信があった。
だから続けて調子に乗る。
「万が一紫苑が勝ったらそれこそ、俺は毎日紫苑とのデートプランを考えてお前の為だけに尽くす男になってやる。ただし、負けたら俺とお前は生徒会長と副会長という仲以上は何もない。それでいいか?」
「ふふっ、せい君がそこまで言うってことは何か秘策があるんだ」
「な、何を言う。公正な勝負だ」
「うん、いいよ。私が勝ったらせい君の彼女。わかりやすくていいね」
「……それじゃチーム決めについては例年の通りにやることとする。わかったな」
「うん」
というわけで、仕事こそ進まなかったが延命した。
とりあえず次の陸上競技大会まで、俺は貞操の危機を守ったのだ。
が、しかし。
「せい君せい君」
「なんだ、さっきの約束通りなら今日はデートしても何もしないぞ」
「うん、知ってる。でも、デートはするよね?」
「ま、まあそれは別に」
「考えた? どこに行くか」
「い、いやまだ」
「あれ、考えてないの? んー、お仕置きしちゃう」
「ま、待て。そのとがったものをしまえ! こ、こっち向けるな!」
「アイスピックのぴーちゃんだよ? せい君、目開けて?」
「ひ、ひっ!」
この日、少し神岡の機嫌は悪かった。
散々に脅されて、帰り道ではソフトクリームを奢らされることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます