第26話 深いところで繋がってるそうです

「会長、お待たせしました」


 落ち着かなくなって風呂からあがると、さっきのクラスメイトたちが共同スペースでくつろいでいて、俺を見るや否やコーヒー牛乳をねだってきた。

 で、渋々奢ることになって。

 買ってやったというのに神岡とのことをしつこく聞かれてうんざりしているところに、神岡が髪を拭きながら俺のジャージを着てやってきた。


「あれ、お友達ですか?」

「……クラスメイトだよ、わかるだろ」

「いえ、会長以外目に入りませんので。じゃあ行きましょ」

「……ああ」


 あからさまに男物のだぼだぼしたジャージを着た神岡を見て察したようににやける同級生たちの前から早く去りたくて、俺は神岡を連れてさっさと銭湯を出た。


「……最悪だ」

「どうしたんですか? 会長、銭湯はお嫌いで?」

「クラスメイトの前であんなこと言うなよって話だよ」

「なにかおかしいこと言ってました?」

「……事実だけに余計質が悪い」


 まあ、それもこれも俺の責任だけど。

 頼むからあのコーヒー牛乳一本で手を打ってほしい。

 噂を広めないでほしい。


「会長、帰ったらさっきお話してました予算会議ですよ。下地はできてますから目を通してもらうくらいでいいですけど」

「ああ、わかった。今日は仕事終わったらもう寝る」


 それもこれも銭湯に逃げようとした自分が悪いんだってことで納得するようにして。

 帰ってから神岡の作った資料に目を通した後、すぐに就寝。


 今日はぐっすりと眠れた。



「おい、会長と神岡さんってもうやりまくってるらしいぞ」

「えー、でも二人ともいつもいちゃいちゃしてるからあり得るよね」

「会長も案外隅に置けないというか、やることやってんだあ。さすがあ」


 朝。

 学校中に俺と神岡のうわさが巡っていた。


「……なんで?」


 昨日の連中には口止めをしたはずだ。

 いや、賄賂が弱かったのかもしれないけど、だけどあいつらは言いふらすような連中ではないと思っていたんだが。


「会長、きっと昨日女湯にいたクラスメイトの子たちが広めたんですね」

「ああ、なるほどそれは納得……なんだと?」

「いえ、昨日お風呂でクラスメイトに会いまして。いっぱい会長との幸せな日々のお話を聞いてもらったんです」

「……何を話した?」

「んー、毎日お泊りしてることとか、お部屋で体をくっつけてお勉強してることとか、会長のベッドの枕はテンピュールだったとか」

「ジーザス!」


 女子から広められる噂はこれはこれは早いもので。

 朝の時間だけで学年中に浸透していた。

 もちろん尾ひれがつきまくって。


「会長と神岡さんって同棲してるんだってー」

「しかも一緒にお風呂入ってるらしいぜ」

「私聞いたんだけど、なんか会長が寝不足気味なのって朝までしてるからだそうよ」

「しかも絶倫だとか」

「神岡さんを副会長にしたのもうなずけるわね」

「なんか婚約したとか」


 もう、噂がハチャメチャだった。

 あちこちから聞こえる俺のスキャンダルに頭が禿げそうだった。


 で、昼休みになる頃には学年の垣根を越えてその噂は広まっており。


 そしてついには上級生からのクレームまで、入ってきた。


「おい、会長さんとやら。神岡に手出してんのかお前」


 昼休みに。

 上級生の強面四人組が教室に来た。


「な、なんのことでしょうか?」

「とぼけんな。俺たちに風紀だのなんだの偉そうに言っておきながらお前だけ可愛い彼女とやりまくりって、どうなんだよそれはよ」


 仰るとおりである。

 ぐうの音も出んし、ど正論である。


「面目ないです……」

「毎晩してるってなあ? どうなんだそれは」

「いえ、それは誤解です」

「五回!? 毎晩そんなにしてんのかお前」

「い、いやそうじゃなくてですね」

「てめえ! 俺らあの子狙ってたの知ってて自慢してんのか? ぶっ殺すぞ」


 だからしてないって。

 ていうか狙ってるんならどうぞ連れてってくださいって。

 もう頼むからそういうわけのわからん逆恨みをやめてくれ。


「会長、誰ですかその人たちは?」


 そんな時、トイレに行っていた神岡が戻ってきた。

 なんという間の悪さだ。


「い、いやこの人たちはだな」

「あ、神岡じゃん。おい、会長とやりまくりなんだって? 俺たちにも分けてくれよたまにはよ」

「あ、まずいですって」

「うっせえヤリチンは黙ってろ」

「……」


 童貞なのに。

 ヤリチンと言われた。


 童貞なのに。

 いや、今は童貞なのは置いておこう。

 それよりしつこく神岡に絡むのはやめておけ。

 死ぬぞ……。


「何言ってるんですかこの人たち? 私の体は会長のものですから。会長以外の人に触らせるなんてありえません」


 で、神岡も神岡だ。

 俺はお前の体をもらった覚えなんかねえって。


「な、なんだと……もうそんな深い仲なのかよ」

「ええ。会長には心も体も犯されまくりの侵されまくりです。会長とつながってる時の幸福度は私をダメにしちゃうんです」


 だから誰がいつどうつながったんだよ。

 犯してねえよ!


「ぐっ……う、羨ましい」

「ていうかそこ退いてくれません? 私、今から会長とお二人でご飯なんです。あ、そのあと色々しちゃいますけど」

「な、なんだと。学校で?」

「学校に限りませんよ。昨日なんか……ふふっ、この後は恥ずかしくて言えないです」

「ち、畜生! お、覚えてろよこのヤリチン生徒会長め!」


 血の涙を流しながら、上級生は敗走した。


 で。


「会長、なんだったんですかあの人たちは」

「……お前のせいでいろんな人が傷ついていくよ」

「ふふっ、会長以外の人がどうなろうと私は知りませんし。さて、ご飯行きましょ」

「……俺も含まれてるんだけどなあ」


 この後、おいしく神岡のお弁当をいただいた。


 そして放課後になる頃には、俺のニックネームが定着しつつあった。


 まんま、『ヤリチン会長』。


 最悪だった。

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