第27話 直接より間接的な方が

「会長、今日は生徒会室に行きますか?」


 放課後になってすぐ。

 俺に向かって振り向く生徒たちは皆笑いながら「またなヤリチン会長」と。


 そんな現状に頭を抱えている俺に素知らぬ顔で神岡は話しかけてきた。


「行くよ。こんな汚名をきさされたまま黙っていられるか。名誉挽回のチャンスは生徒会長としての仕事っぷりで見せるしかあるまい」

「さすがですね会長。でも、どうせヤリチンだと思われてるんですからいっそのこと、しちゃいません?」

「しない。したらほんとにただのヤリチンだろうが」

「あはは、別に童貞じゃなくなったからって、ヤリチンとは限りませんよ」

「それはそうだが……いやダメだ。今日は仕事に専念する」


 なんかもういいかもとか思わされたけど、やっぱりだめ。

 このままじゃ何もかもが神岡の思惑通りだ。


 俺はこの通り結構我が強い。

 だから誰かの言いなりというのは正直癪に障るのだ。


 俺が神岡を手籠めにするのならまだしも、絆されて流されてがっちゃんこなんて展開は男の名が廃る。


 ……古風というか、前時代的だと言われる考え方だろうな。

 しかし曲げない。

 いくら性感帯を開発されて、思わぬ性癖まで発見されたとしても俺は負けぬ。


 今日は仕事モードだ。



「か・い・ちょ。ふっ」

「ひゃあ!」



 生徒会室にて。

 昨日目を通した部費の予算振り分けについての資料作成中に耳に息を吹きかけられたところ。


「な、なにをする」

「会長、好きなくせに。なんか耳、ぴくぴくしてましたよ?」

「し、してない。お前がくすぐるから」

「かぷっ」

「みゃあっ!?」


 甘噛み。

 もう、昇天しそうなほどの快感が走ったが堪えた。


「……や、やめてくれ。仕事をしたいんだよ俺は」

「そんな資料、私が帰って作っておきますので」

「ダメだ。俺は生徒会長なんだから人任せにするわけには」

「はむっ」

「うひょえっ!?」


 甘噛み。

 もう、なんかが先走っていた。

 

 しかし理性まで吹っ飛ばすわけにはいかないと。

 懸命に神岡を振り切ってパソコンから離れる。


「……いいから仕事しろ。じゃないとクビにするぞ」

「そんなことしたら、やり捨てされたって言いふらします」

「な、何もしてないだろ」

「トイレに連れていかれました。で、目の前でパンツ脱がれました」

「そ、それはお前が勝手に」

「でもしたのは会長です。さあ、私と付き合うかその汚名をかぶるかどっちかにしてください」

「なんか二択がすり替わってるぞ」

「あーんもう、引っかからなかった。会長ってやっぱり頭いいですね。そういうところも好きです」

「……」


 結局立派な生徒会室を用意してもらっても何もしていない。

 どころか最近は神岡に振り回されて、はたから見ればイチャイチャしてるだけである。


 まったくもって乱れている。

 しかしどうすればいい?

 どうすれば納得するんだこいつは。


「なあ、どうしたら仕事してくれるんだ」

「会長の子供を身ごもらせてくれたら考えます」

「重いわ! ていうか二人とも退学なるわ!」

「それでは会長の彼女にしてください」

「ま、まあそれなら……い、いやいやいかんいかん!」

「ちぇっ、バレたか」


 子供がほしいなんて願望からの落差でつい首を縦に振りそうになって慌てて踏みとどまる。

 危なかった。

 神岡を彼女にするなんて、もう完全にこいつの支配下に落ちることと同義だ。


「神岡さん、いい加減だな」

「あ、それじゃまずその呼び方をどうにかしてください。他人行儀なのは嫌です」

「そ、そうか。では、神岡?」

「紫苑です」

「し、紫苑さん」

「さんはいりません」

「し、紫苑?」

「しいちゃん、でもいいですよ?」

「いや、それは」

「しーにゃん、とかは?」

「し、紫苑でいこう」

「むー。まあいいですよ。それじゃ紫音で。次、苗字で呼んだらちょん切りますから」

「り、了解……」


 敢えて呼び捨てや名前呼びを避けていたのは周りに神岡と親密な関係だと思われたくなかったからだが。


 付き合うよりはまし。

 付き合うよりはまし。

 突き合うよりは、ましだ。


「会長、私も会長の呼び方を変えてもいいですか?」

「別にそれはいいが、変なあだ名はつけるなよ」

「うん、せい君とかどう?」

「うっ」

「どうしました?」

「い、いや」


 ちょっとドキッとしてしまった。

 せい君、なんかいい響きだ。

 それに神岡の少し萌えな声が俺の妄想を掻き立ててくる。


「せい君」

「ぐっ」

「んー? もしかして会長、ドキドキしてます?」

「し、してない。誰がするもんか」

「せ・い・きゅん」

「きゅんっ!」


 いかん、キュンキュンしてしまった。

 ダメだ、冷静になれ。


「ふふっ、かわいい。せいきゅんって呼んじゃう」

「だ、ダメだ。せめてせい君にしろ」

「じゃあせい君。ふふっ、紫苑って呼んで」

「し、紫苑」

「なあにせい君?」

「ドキンッ!」


 なんかまた俺の変な一面が顔をのぞかせる。


 生まれてこの方、堅物みたいに生きてきた俺は女の子から名前で呼ばれることなんてなかった。


 小学校の時のあだ名はずばり『メガネ』。

 中学校の時はみたまんま『委員長』。しかも委員長じゃなかったのに。


 で、高校では一年の時は友達がほぼおらず、ようやく生徒会長に当選して認知度が上がってからは『会長』と。


 俺のことを薬師寺と呼ぶ奴すら少ない現状だ。


 だからなのか、可愛い声で『せい君』などと。


 呼ばれては俺の何某が反応してしまう。


「せい君せい君」

「あーもうやめろ! やっぱり会長にしてくれ」

「やだー、せいきゅん」

「ぐはっ」


 耳を直接責められるより。

 耳を通じて責められる方がよほどくるものだと。


 知ったところでどうということはなく。


 今日も夕日がゆっくり沈んでいった。

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